ほどけない体温、周くんと忍。日々のいとなみに潜むもの。
口にしたもので血や細胞、体は作られている。それなら心は何が作り出しているんだろう。そんなことを、時折ぼんやりと考えることがある。
まどろみながら、手を伸ばせばすぐに触れられる場所に携えられたかのような恋人の身体に触れる。
すっかり肌になじんだ薄手のパジャマの生地の下には、うっすらと熱を帯びた滑らかな肌。やわらかな皮膚のその下には、ずっしりとした骨の感触。
いきているものだけが伝えてくれるその気配が、この手の中でありありと輪郭を描き出す。
「……なにしてんの」
くぐもって半分のふちのとろけた声に耳朶をくすぐられるのを感じながら、おぼろげに言葉を漏らす。
「周だなぁって思って」
「なに……」
ぶっきらぼうに投げかけられる言葉に、心ごとさわさわと揺らされるのにただ身をまかせる。怒っているんじゃなくて、すこしだけ照れてくれているだなんてことは、もうずっと前から知っている。
にいっと精一杯に得意げな笑顔を浮かべるようにしながら、投げ返す言葉はこうだ。
「きょうね、ごはん作ったじゃん。だからね」
さわさわ、と額に張り付いた髪をなぞりながら、続く言葉を紡ぐ。
「この骨とか血とか細胞とか、みんなちょっとずつぜんぶ周でしょ。そんなかに俺もちょっとだけいんだなって、そう思って」
「……おまえもだろ、いっしょに食ってんだから」
「ねえ?」
答えながら、くすくすと得意げに笑う。
「お揃いなんだよね、きっと」
口にしたもので、身体のすへては作られる。まるっきり同じなんかじゃなくたって、この身体はすこしずつ同じもので出来ている。
「周もね、ごはん作ってくれんじゃん。俺の身体もちょっとずつ周のくれたもんで出来てんだよね?」
うっとりとまぶたを細めるようにしながら答えれば、慈しみだけを溶かしたようなやさしい笑顔が返される。
大切にしている、だなんてとても言えないこの身体も、誰よりも大切な相手がすこしずつ形作ってくれているのだと思うと、いままでよりもずっといとおしくなるのだから不思議だ。
げんきんだな、だなんて笑われることくらい、覚悟しているから。
「どの辺がおなじなんだろうね。周、わかる?」
「……わかったらすごいな」
くぐもった声で答えながら、差し伸ばされた掌は伝うように背骨に触れる。
大きくて滑らかな手と、すこし骨ばったしなやかな指先。身体と心が知ってくれているいとおしい感触に、ただうっとりとまぶたを細める。
「……あったかいね」
「ん、」
ささやき合いながら、ぬるい吐息を吐き出す。この二対の身体の内で、それぞれがすこしずつ忍で、すこしずつ周で。すこしずつ同じもので形作られているそのはずなのに、ふたつの身体はそれぞれに違う形で、すこしも溶け合ったりなんてしない。
それでも、だからこそこうして隣り合ったまま、何よりものあたたかささを分かち合えることを誰よりも知っている。
輪郭を失わない身体を、こうして穏やかにぬくもりを預け合えるようにと差し出してもらえたことの限りない喜びだっておなじだけ。
溶かし合うことは出来なくても、すこしだけ同じ身体にならなれる。
皮膚のうちで揺らぐぬくもりは、こんなふうに心ごと寄せ合うようにして渡し合える。
そのすべてを、誰よりも大切な相手が許してくれたから。
「……もっとおんなじになろうね?」
うっとりとまぶたを細めるようにしながら囁けば、答える代わりみたいにくしゃり、とやわらかに髪を撫でてくれる。
すこしずつおなじで、すこしずつ違う。輪郭を保ったままのふたつの身体に、とろとろと同じぬくもりが広がっていく。まどろみのふちに降りていくのを感じながら、静かに打ち震える心のうちをじいっと見つめる。
初めは言葉で、その次がきっと身体で――すこしずつ手を伸ばしあいながら、お互いを預け合うことを知っていった。
いつかこの身体がまるっきりおなじになって、その輪郭すらおぼろげに溶け合って――心だけを見せ合って愛し合えるようになるのだろうか。
そうなれる時がきたら、とそう夢想するこんな時間に、言葉にならないいとおしさはいつだって、なによりも満ちている。
「ね、周?」
「……ん、」
すがるような心地で、おぼつかない指先を結び合う。溶け出さないその先を伝って、言葉にできないあたたかさだけが満ちていく。
「……またあした、な」
「うん」
ほどけないようにと指先を結び合う。すぐに解けてしまうはかない約束なのを知っている。だからなんども繰り返し結び直す。途切れてしまわないように、やさしい願いを込めながら。
折り重なりあったふたつの身体のあいだでゆらめくちいさな星はまたひとつ瞬いて、音もなくかすかに消える。
あたらしい朝のはじまりを、ふたりにもたらすために。
Twitterで気分転換に書いたものを再編集しました。
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