「ねっ、伏姫くんの好きな人ってどんな子か聞いてもいい?」
ちょ、リサコ。つんつん、と肘の先で小突くそんな仕草を前に、当の本人はと言えば、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら答える。
「いや、答えたくなかったらいいんだけどね。こないだの見ててさ、カッコイイなーって思って。あたしが伏姫くんのカノジョだったら泣いちゃうなって。あんなに大事に思って貰えるってどんな子だろって」
ね、サエもいいなーって言ってたじゃんね? 目配せを前に、どこか気まずそうにこちらから目を逸らしながら視線のその先で彼女は答える。
「ごめんね伏姫くん、この子すぐ調子乗るからさー。まぁさ、正直すごいスッとしたし、伏姫くんカッコイイねー、カノジョ超羨ましいね、ヤバいよねって女子がみんな噂してたのはホントだよ? だからって根掘り葉掘り聞いていいわけないのは分かってんだけどさぁ」
長く伸ばして丁寧にストレートアイロンでブローしたであろう手入れの行き届いたロングヘアを、これまた丁寧なグラデーションに染め上げ、ラインストーンをびっしりと散りばめた随分と豪勢な爪でそっとかきあげるようにしながら答える親友のその陰にそっと隠れるようにしながら、どこかばつが悪そうに遠慮がちに微笑むその姿を前にすれば、思わず微かな笑い声をあげてしまうのをこらえきれなくなる。
ニッコリと笑顔を作りながら、僕は答える。
「綺麗な人だよ。それに、すごく優しい。でも何より、気の毒な人だと思う」
「どういう意味……?」
ひょい、と親友の後ろに潜ませた半身だけをこちらに覗かせ、ぐるんときついカーブを描く重たそうな睫毛をしばたかせるようにしてそう尋ねる彼女を前に、僕は答える。
「僕なんかに関わって、離れてる間もずっと待っててくれて、困らせてばっかりいるのに全部赦してくれて。はっきり言ってあんな気の毒な人居ないと思う。それでも、どうしても好きだから」
目を合わせたままの彼女たちからは、どこか不可解さを訴えかけるような曖昧な微笑みが浮かべられる。そりゃそうだよね。僕だってうまく説明なんて出来っこない。
「……伏姫くん」
ぱちぱち、と上目遣いのその姿勢のまままばたきを数度繰り返したのち、どこか遠慮がちに、彼女は答える。
「幸せだと思うよ、その子。伏姫くんにそこまで思ってもらえるくらい好きになってもらえて、世界一幸せだと思う。だからさ、気の毒なんて言われてるの知ったらたぶん傷つくと思う」
たぶんじゃないや、ゼッタイだ。あたしだったら泣くと思うな。嬉しいのと、そこまで思いつめさせて申し訳ないのと半々で。
どこか控えめに見えたその態度とは裏腹のきっぱりとした言葉に、胸をすっと突き刺されるかのような心地を味わう。それでも勿論、不快な気持ちなんて一欠片も無いに決まってる。
この清々しいまでのまっすぐな強さを、どこか眩しく感じるほどで。
「リサコ……」
ちょんちょん、とぶかぶかのカーディガンの袖を引っ張るようにして制するその態度を前に、ひとまずはさっと首を横に振って笑顔を作ってみせる。
ねえ、上手く笑えてるかな? 君に見せられないのが残念なんだけれど。
心の中だけでそっとそう唱えながら、きっぱりと僕は答える。
「ありがとう、今度ちゃんと相手に話してみる。川名さんに言って貰えなきゃ気づけなかった気がする。なんていうか、聞いてくれてありがとう」
「伏姫くん……」
窓の外からは、運動部の規則正しい号令の掛け声がキビキビと勇ましく響く。
「ありがと、話してくれて」
照れたように聞こえる少し掠れたその声に、まるで背中をそっと押して貰えたようなやわらかな心地をそうっと味わう。
「なんか、ごめんね。長々立ち話させちゃって。用事とかなかった? 平気?」
ほら、リサコも調子に乗ったこと、ちゃんと謝る。
親友に促されるそのままにぺこぺこと頭を下げてくれるその姿に、思わず笑い出しそうになるのをそっと堪える。
見た目が少し華美だから、言葉遣いが如何にもそう見せるから、そんな理由でどこか彼女たちを敬遠していた自分の愚かさを改めて思い知らされる。
隣の席のこの女の子たちはこんなにも優しくてチャーミングで、そして何より、こんな僕の気持ちにもまっすぐ穏やかに、あたたかに向き合おうとしてくれる強さの持ち主だったなんて。半年以上同じ教室で机を並べて過ごしていたのにずっと知らないままだった。
そっとかぶりを振って、僕は答える。
「川名さん、気にしなくていいから。あと、山口さんも色々ありがとう。色々頑張ってね、二人とも」
本心からそう答えれば、どこか安堵したかのようなやわらかな微笑みが返ってくる。
「じゃあまた、教室で」
「うん、またねー」
廊下の向こうまで歩いたその先、随分と影が小さくなってからも、二人はいつまでもいつまでも手を振ってくれている。
その温かさがどこか苦しいだなんて贅沢な想いを噛みしめるようにしながら、僕はただぼんやりと瞳を細めることくらいしか出来ないままだった。