周くんと忍と雨をめぐるお話。
あまぶんイベント内企画、
444書、お題:雨に参加させていただいたものです。
土曜の朝、8時23分
雨が降ると繰り返し思い出す夢があるのだと、恋人は言う。
「すごい雨が続いてて、窓の外ぜんぶ水浸しで海の底みたいになってて──ガラスに桜の花びらがついてて。出れないね、どうしよって周と話してて」
くぐもって掠れたささやき声を洩らしながら、ほんのりと熱を帯びた指先は髪をそっとなぞりあげる。
「あたま痛くない? 平気?」
「ちょっとだけ」
湿り気を帯びたささやき声は、耳朶をあまくくすぶらせる。
「朝飯、オムレツでいい? チーズときのこの」
「ベーコンもいれよ、切り落としのぶあついの」
「食ったら薬飲もうな、しんどかったら休んでていいから」
「だめだよ、ずっこいじゃん」
「ずるくない」
咎めるように答えながらゆるやかにたわんだ身体をきつく抱き寄せ、浅く息を吐く。不揃いなふたり分の鼓動と呼応するように、窓の外ではまばらな雨音が響く。まるでいまこの時にしか鳴らせない特別な音楽のように。
「……やまないね、雨」
「そうだな」
雨がふたりをこんなにも容易く閉じこめてくれるから、あともうすこしだけこのままで。
土曜の朝、9時12分
長雨が続く季節が訪れるたびに悩まされるのがこの厄介な偏頭痛だ。
おおむね健康に生まれた体に染み付いたたったひとつのこのバグは、共に長く過ごすことになる相手には隠しようもないものになってしまう。
「おいしーね」
「ん、」
いつものように食卓を囲みながら声を掛ければ、向かい側からは遠慮がちな言葉と満足げな笑顔が返される。
いつの間にかあたりまえになっていたささやかな幸福が、きょうもまたこうして繰り返される。
「片付けやっとくから、ゆっくりしとけよ」
「だめだよ」
共同生活の最低限のルールはきちんと守らせてもらわないと。めいっぱいに抗議の声をあげれば、封じるようにやわらかな声がそこにかぶさる。
「だめじゃない。言ったろ、無理すんなって」
嗜めるような言葉とともに、手慣れた手つきで差し伸ばされた掌はくしゃりとやさしく頭を撫でる。
「周……」
ぽつりと遠慮がちにささやきながら、喉の奥でだけ、封じられた言葉をつぶやく。
(だめだよ)
ますます好きになっちゃうじゃん。
飲み込んだ言葉は、あまく心を痺れさせる。
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