先日お邪魔しました、佐々木紺さん主催の神戸BL句会にてかかり真魚さんの投句された句
「冬野にはいつも女装のジュンがをり」
を元にした解凍小話です。
「ジュンって誰なんだよ!」
「ジュンは着物姿で冬の野原に立ってて、身体が弱くて学校に行けなかった世間知らずの子なんですよ!笑」(ら)
「らいさんそれ小説出来てる!笑」
「よし、帰ったら書きます!」(ら)
そんなわけで、続きから僕の考えたジュンのお話です。
ジュンの名前は確かジュンノスケといったけれど、漢字でどう書くのかは知らない。ジュンはやや古風に思えるその名前を随分と嫌っていて、家族にも身近な人間にも『ジュン』とそう呼ぶように言っていたのだ。
ジュンについて僕が覚えていることは、今やおぼろげな記憶しかないままで、ほんとうに『ジュン』が存在したかすらも定かではない。
なんせ、僕の手元にはジュンの写真一枚すら残ってなどいないのだ。
「座敷わらしって、きみも聞いたことがあるだろう。もしかしたらジュンはそれだったんじゃないかと、未だに時々思うんだよ」
ブランデーを一匙入れた紅茶を傾けながら呟く僕に、自分用に入れた、蜂蜜を一匙加えたホットミルクをゆっくりと含みながら、妻は答える。
「あなた以外には、ジュンと一緒に遊んだ相手は居なかったの?」
「あいにく、きょうだいが居なかったからね」
ジュンの思い出を共有する相手が僕には居ない。秘密の宝物のように隠し持ったまま大人になり、唐突に思い出したようにひとりにだけ打ち明けた相手――それが僕の妻だ。
「今日みたいに、触れた先からナイフで切りつけられるみたいにきんと冷たい冬晴れの日にはなんでだかいつも、ジュンを思い出すんだよ」
蝋燭で出来たみたいに血の気がなくて透き通ったなめらかな白い肌、着物から覗いたぽきんと折れそうな頼りない細い腕、手袋は嫌いだと言ってやせがまんをするせいで、いつも真っ赤に腫れていた傷ひとつない指先、腰まで伸ばした艶やかな長い黒髪、柴犬みたいな黒目がちでいつも微かに潤んでいた瞳、ぽっちりと小さな赤い唇、こちらを振り向きながら名前を呼ぶ、少し掠れた声、おばあさんお手製の赤いマフラーを頭からぐるぐるに巻いた姿。
「前も後ろも分からないような雪に閉ざされた一面真っ白の冬枯れの野原にぽつんと立って、ジュンは僕が来るのを待っているんだ。着物の上に綿入りのどてらを羽織って、マフラーをぐるぐるに巻いてね。赤い首巻きはうんと長く編みすぎたせいで、頭を覆って首にぐるぐるに巻き付けても余って、腰のあたりまでうんと長く垂れ下がっているんだ。雪が降っても傘を差したがらないせいで、ジュンの頭や肩にはいつも雪が積もって真っ白でね。まるで、雪の野原にぽつんと落ちた椿の花みたいだったよ」
「よしなよジュン、身体を冷やすといけないと怒られただろう?」
迎えに行く度に言われる言葉はいつも同じ「おまえが来るのが遅いのが悪い」の一点張りだ。
「どうして家の中で待てないんだい」
怒られるのは僕の方なのに、ジュンはなにも分かっていやしないのだ。
「そんなのつまらないじゃないか」
ぷうっとわざとらしく頬を膨らませ、ジュンは答える。
「おまえとの鬼ごっこを楽しんでるんだよ。家の中でぬくぬく捕まえられるのを待っている鬼がどこに居る?」
「……鬼にさらわれたって知らないよ」
「そしたら鬼の軍団の姫様にでもなるさ、ここに居るよりもずっと退屈せずに済むだろう?」
「ジュン……」
心底困った表情を浮かべる僕を前に、黙ったままマフラーの先をぎゅうっと引っ張りながらジュンは答える。
「それより、大事なことを忘れているよ?」
やれやれ、と深く息を吐き、僕は答える。
「――ジュン、みいつけた」
「あはは、やっぱり今日も僕の負けだ」
笑いながら、首筋にぎゅうっと腕を絡められる。真っ白なアスパラみたいに頼りなく細くて節くれたジュンの指は、いつも氷みたいにきいんと冷たい。
「毅郎、ジュンだよ」
小学校四年生の冬だった。
毎年盆と年の瀬に訪れる雪国の片田舎の祖母の家の客間で読書感想文の課題図書を黙々と読んでいた僕の前に、祖母に手を引かれて現れたのがジュンだ。
あ、人形が歩いている。一目見た瞬間の印象がそれだった。
血の気を感じさせないなめらかでろう引きみたいな白い肌、腰まで伸ばした長い黒髪(顎のあたりで段のように切り揃えられて、前髪は眉毛の下でまっすぐに揃っている)、時代劇のドラマの中でしかみないような、晴れ着ではどうやらないらしい着物姿、いやに興味深げにこちらをじろじろと見る黒豆みたいなぱっちりした瞳、白い肌に浮き上がるようなぽっちりと小さな赤い唇が妙になまめかしく、そこだけ花が咲いたみたいにいやに鮮やかに見えたのをよく覚えている。
「ジュンはここいらの地主さんの出屋敷さんのおうちの一人息子でね、おまえとおなじ四年生だ。そうは言っても、身体が弱くて生まれてこの方学校には行ったことがないんだよ。良かったら話し相手になってやってくれないかい。色々教えてやれば、きっと喜ぶだろうに」
「……なにを読んでいるんだい」
ちらり、とこちらを一瞥するまなざしの冷たさに、背中に氷を入れられたかのような心地を味わう。
同じ歳とは思えないどこか非現実的な佇まいと、男のくせに女物の着物を着ている――それも、不自然なところなどひとつもないくらいによく似合っているのだから余計に――不可思議なそんな姿を前に、どこか緊張を隠せないまま僕は答える。
「アーサー・コナン・ドイルの探偵小説だよ。学校の図書館で借りたんだ」
「へえ?」
眉を僅かに動かしながら、面白い? とジュンは尋ねる。外国の話は苦手だよ、カタカナの名前はどれも区別がつかないんだと、笑いながら。
「面白いよ。時代も国も違う異世界で冒険している気分が味わえる」
「それ、人は死ぬの?」
「……まだ半分近く残っているから、どうかは」
「なんだ、つまらない」
ぷい、と拗ねたように顔を背け、ジュンは答える。
「出てくるみんなぜんぶ、ろくな死に方をしないでのたれ死ぬような話が読みたいな。全員不幸な目にあって呪われて、変死体で発見されて誰にも弔われないようなのが最高だ。そういう本があればすぐに持ってきてくれ」
「……そんなもの読んでどうするんだい」
眉をしかめる僕を前に、涼しげにジュンは答える。
「決まっているだろう、指をさして笑ってやるのさ。充実した人生を見せつけられるよりも、よっぽどせいせいする」
幼心に浮かび上がるのは、絶望という二文字。
望みが絶たれる。そういう状況を描いた物語に裏腹に癒される人間が居るのだということを、僕は一〇年足らずの人生でその時初めて知ったのだ。
ジュンは生まれつきうんと身体が弱く、お医者様には十歳まで生き延びられれば奇跡だろうと言われていた。
身体が弱いため、学校にはいけないジュンには家庭教師をつけて勉強をさせた。数式や元素記号をひと一倍忌み嫌い、本を読むことだけは熱心だったジュンはジュンの父親の書庫の本を手当たり次第読んでいる。
この地方の習わしにより、身体の弱い子は丈夫に育つようにと、女の子の着物を着せて育てられる。物心がついてからも、同年代の少年のようにズボンを履き、髪を短く切りそろえることをジュン自身が酷くいやがったため、ジュンはずうっと女の子の着物を着て生活をしている。
変わり者のジュンは近所の子供たちからは「おかまおばけ」呼ばわりで、相手をする子どもはひとりも居ない。
祖母の話を要約すれば、即ちそういったことらしい。
「毅郎は優しい子だ、この子は人を差別したり悪口を言ったりは絶対にしないよ」
気が弱くて人の顔色を伺っているだけなのに。おばあさんはいつも、都合がよい方によい方に捕らえてくれるから、ふがいない僕はおばあさんの前では「優しい子」扱いなのだ。
しわがれてしみだらけの血管の浮いた手が僕の手を掴んで、ジュンの白い手の上に無理矢理に重ね合わせられる。冷たくてごつごつして、うっかりぽきんと握りつぶしてしまわないか怖くて仕方がなかったのに、お構いなしにぎゅうぎゅうきつく絡めてこられて、心臓ごと掴まれたみたいだったのが随分と印象的だった。
それからは毎年、冬休みが始まるのとほぼ同時に僕は祖母の家に向かわされ、ジュンの相手をして年を越した。
「毅郎はいつくるんだ、いつくるんだと十二月に入ってからはそればっかり言ってね」
荷物を置きながらコートに積もった雪を払う僕を前に、熱いお茶を啜りながら祖母は答える。
「毅郎との鬼ごっこだって張り切って、今し方家を出て行ったよ。どてらを着せてマフラーも巻いてやったけれど、この寒さだからね。早く見つけてきてやってくれるかい?」
お手製の膝掛けをかけ、ストーブの前で両掌をすり合わせる祖母を前に、僕は気づかれないようにやれやれと息を吐く。この寒い中長旅を終えてようやく着いてきたばかりなのに、暖かい部屋でどうしてゆっくりさせてくれないんだ。
だいたい、身体の弱いジュンをひとりで雪の吹きすさぶ野原に放り出す大人たちの神経がわかりやしない。倒れでもしたらどうするんだ。
ぷりぷりと不機嫌になりながら、今し方足跡をつけたばかりの雪道を踏みしめ、僕は鬼ごっこの鬼役を果たす。
「ジュン、どこに居るんだい? あまり身体を冷やすと風邪を引いてしまうよ。早く暖かくして部屋で遊ぼうよ? ジュンに言われた本と、カードゲームだって沢山持ってきたんだよ?」
声を張り上げるようにしながらざくざくと雪道を踏み進み、赤いマフラーを探す。
雪道にぽとりと落ちた椿の花――に見えたのならまだいい方で。時折僕には、白く染め上げられた枯野を染める赤が、ジュンの吐き出した血に見えるのだ。
「ジュン、ジュン――」
どうして赤い色の毛糸なんて選んだんだろう。ジュンの白い肌の下に流れる血みたいな赤、ジュンの命を燃やし尽くしてしまう火みたいな赤、雪の上にだけ咲く花みたいな目に痛いほどまぶしい赤。
「ジュン、寒かったろう?」
遠くに見えた赤を必死に息を切らせて追いかけたその先、葉を落としきった枯れ木の下でジュンは僕を待っている。
「遅いよ、毅郎」
マフラーに埋もれる髪の毛がさらりと揺れる。艶やかに流れる黒髪の上にはらはら落ちる雪の白さとのそのコントラストが、いやに目にまぶしい。
「お仕置きをしないとね」
手袋をしたがらないせいですっかりかじかんだ手で、ぎゅうっときつく抱き寄せられる。いつそうされても、ジュンの身体は触れるとすぐに骨にたどり着いてしまう頼りなさで、氷細工みたいにぽきんと折れてしまわないか不安になる。
「毅郎、また背が伸びたね?」
答えながら、氷みたいな指先で喉仏のあたりをなぞられる。
「それに、声が前よりも低くなった気がする」
「ジュンだってじきにそうなるさ」
さもあたりまえとばかりにそう答えた途端、不機嫌そうに頬をぷうと膨らませてジュンは答える。
「なりたくないよ、僕は今のままがいいんだ」
栄養が行き届いていないのか、ジュンは同じ年頃の子よりも発育が遅い。頼りない薄っぺらく小柄な体つき、かぼそい声――いつまでも艶やかな黒髪の長髪と女物の着物のよく似合う「ジュン」で居られるのは、「ジュンノスケ」として男である入り口に立たされる前の、どこか未発達なか弱さがそうさせていたのは確かなのだ。
「僕はこのままがいいんだよ」
ぶあつい毛糸編みの帽子の下に隠した耳に指先でしきりに触れながら、ジュンは答える。
「声が低くなったり、髭が生えたりなんて考えるだけでぞっとするよ。僕はいまのままがいいんだ。毅郎は虎刈りにして詰め襟なんて着た僕が見たいと思うかい?」
「……それはちょっと」
「だろう?」
ふふ、と笑いながらジュンは答える。
「でも、毅郎は別だよ。毅郎はうんと男らしい大人の男に成長してもらわないと困るからね。そうしていつか僕をお嫁にもらってもらうんだ。なぁに、どうせ長く生きれないんだからね。死ぬまえに思い残すことがないようにってそう頼めば、花嫁衣装の白無垢くらい着せてもらえるさ。毅郎は今のままでは背丈が足りないからね。もっとうんと背が伸びて肩幅も立派になって、紋付き袴が似合う男らしい姿になってもらわないと」
僕に釣り合うだけの立派な男に成長したらプロポーズしてくれよ? 黒豆の瞳でじいっとこちらを見つめて告げられる言葉は真剣そのもので、どう答えていいものか、思わず口を噤んでしまう。
「こら、毅郎。乙女の一世一代の告白に仏頂面はないだろう?」
不機嫌顔を張り付けたまま、氷の指先でぎゅうっと耳を引っ張りながらかけられる言葉を前に、僕は答える。
「……ジュンはいつ乙女になったんだ」
失礼な、とこちらを睨みつけるジュンの、肩や髪に積もった雪を払う。
だって、ジュンはジュンだ。男でも女でもない、ただのジュンだ。
「ジュン、」
か細い身体を、潰してしまわないようにとゆるゆると抱き寄せる。女の子の身体を抱いたことなんてないから、いつもひんやり冷たくて、ごつごつと骨が浮き上がったジュンの身体とどう違うのかなんて分からない。
でも、どうせなら知らないままでいい、知らないままで居たい。ジュンが僕だけをほしがってくれるみたいに、僕だってジュンだけがほしいままでいたい。
「毅郎……?」
いつになくか細い声を塞ぐみたいに、淡く触れるだけの口づけを微かに交わす。ちいさな花みたいだったジュンの唇は、少しかさついて、それでもうんとやわらかくてあたたかだったことをよく覚えている。
それが確か、十三歳の冬。
僕がジュンに逢った、最後の年の記憶。
記憶の中のジュンがいつも雪に閉ざされた冷たい枯野に居るのは、即ち、雪の降りしきる中でしか僕がジュンの姿を目の当たりにしたことがないからだ。
「ジュンはどこに出かけてるの?」
耳をつんざくような蝉の鳴き声に辟易しながら西瓜にかじり付く僕を前に、庭に水を撒きながら祖母は答える。
「夏の間は避暑地の親戚の家に預かってもらっているんだよ。あれは暑さに随分と弱いからね」
「なぁんだ」
折角なにをして遊ぶか――ジュンは虫取りにも川遊びにもいけないだろうから、オセロとトランプと、後はお話でも書いて遊ぶのが良いだろうと、いらなくなったノートだって沢山もらって鞄に詰めてきたのに。
ジュンのことだから、夏の間は浴衣でも着ているのだろうか。そういえばこないだ図書館で読んだ本に出てきたお金持ちのお嬢さんは挿し絵の中で、白いひらひらしたやわらかそうな裾の翻るワンピースにつばびろの帽子をかぶっていたのがめっぽう似合っていたな。
僕がお金持ちだったなら、ジュンにあんな洋服を幾らでも着せてあげるのに。そこまで思いついたところで、ジュンを着せかえ人形か何かのように思っている自分に辟易してしまう。
幾らどこの誰よりも綺麗でお人形のようだからと言ったって、ジュンはジュンなのに。
ジュンが女の子の着物を着ているのは、ジュンがそれを好きだから、ジュンが着たいから。
僕がジュンに似合う服を着てほしいと願うのは、行きすぎたお門違い。
「寂しがってるだろうからね、電話でもしてやりなよ」
「はぁい」
気が乗らないまま答えながら、皿の上にぷっぷっと種を吐き出す。
そんなの意味ないよ、声なんて聞いたら余計寂しくなるだけだよ。僕は夏服のジュンが見たいのに。この目にまぶしい青空と入道雲、耳をつんざく蝉のけたたましい声、ぐんぐん伸びる向日葵の下で得意げに笑うジュンを、分厚い冬の着物やどてらに覆い隠されていない白くてほっそりしたジュンの手足を見たいだけだよ。
また冬になれば会える、だから大丈夫。繰り返しそう言い聞かせても、ジュンが居ないのなら景色は見る見るうちに色あせる。
世界よ、早く白く塗りつぶされてくれ。僕の前に、目にまぶしいあの赤を早く。
「それで、その子は結局どうなったの?」
すっかりぬるくなったはずのカップのふちを、まるで卵をあたためるみたいにそうっと両手で優しくくるみながら、どこか怯えたような様子で妻は尋ねる。
憂いをかき消すような調子でからりと笑いながら、僕が投げ返す言葉はこうだ。
「――地に落ちた花が踏みにじられた、なんて終わりだったらやりきれないんだけれど」
ふかぶかと息を吐くようにした後、僕は答える。
「年が開けて少しした後の春先に、祖母が列車の脱線事故に巻き込まれて命を落としてね。風邪をこじらせて寝込んでいたらしいジュンには会えず終いのまま葬儀は一通り終わって、まもなくしてから、祖母の家は売り渡されてしまったよ。だから、それ以降ジュンには一度も会っていない」
「……会いに行けばよかったじゃない。子どものうちなら無理でも、大人になってからなら、幾らでも」
微かに声を震わせるようにして投げかけられるそんな言葉を前に、ふるふるとかぶりを振り、僕は答える。
「そんな勇気、あるわけないよね?」
さすがにその先には言葉も見つからないのか、張りつめたよるの波に、しんと沈黙の幕が降りる。ぎこちなく目線を逸らした先、窓の外にはいつしか、闇夜の隙間を縫うように、はらはらと儚い粉雪が舞い降りるのが見える。
「――眠るわね、そろそろ」
かたり、と椅子を引き、空になったカップを手に取りながら妻は答える。
「あなたはまだ起きているの? 明日休みだからって、あまり夜更かししすぎないでね」
母親みたいな口の聞き方だね、という言葉を喉の奥にぐっと飲み込む。ほんとうに近々、この冬を越える頃には――いや、もう既に彼女は事実、そうなのだけれど。
「君の方も、身体を冷やさないようにね」
答えながら、ニットカーディガンの袖口からそっと顔を覗かせる指先――血色がよく、ジュンのそれよりもずっとやわらかであたたかな感触なのを知っている――を、目をこらすようにじっと見つめる。
節くれてごつごつして、それでも、お人形さんみたいにいやにつるつるして――家事をすることも重い物を持つこともきっとなかったはずの、漂白されたみたいな白く頼りない、氷のようなあの指先を僕はふいに思い出す。
あのまま大人になれたのなら、ジュンの頼りなかった掌もまた、僕と同じ大人の男のそれになっていたのだろうか。そんなの、おおよそ信じられない話ではあるけれど。
「雪か……、」
頼りなくそうつぶやきながら、窓辺にそっと立って外の世界に目をこらす。父が育ったあのうら寂しい小さな寒村と違って、高層ビルがにょきにょきと立ち並び、地上がいやに明るくて星の姿がすっかりかき消されてしまうこの街では、雪が降り積もることはほとんどない。
冬枯れの野原から永遠に追い出されてしまった僕はもう、雪の中にぽとりと落ちた椿の花を、時に血のようにあかあかと鮮烈だったあの色を探して、息を切らして走り回る必要はないのだ。
積もればいいのになと、それでもそう思ってしまう。たとえ幻でも、もしかすればもう一度ジュンに会えるような、そんな気がしてまうから。
ねえジュン、君はいまはどうしているのかい?
君は結局、大人にはなれたのかい?
僕はもうすぐ父親になるんだよ。君が聞いたらどう思うのか、是非とも聞かせてくれないかい?
瞼を閉じればそこには、あたり一面を覆い尽くす冬枯れの白き野原が広がっている。
そこにはいつだって、着物姿に赤いマフラーをぐるぐる巻きにしたたった一輪の儚くも力強い花、ジュンの姿がある。
大丈夫、大丈夫。ほら、いつでも会える。
ジュンは今でもずっと、あの時とひとつも変わらないまま、あの場所に居てくれる。
なんにも失ってなんかいない。いつだって会える。
だって僕は、まだジュンに「さようなら」を告げていないままだ。
冬野にはいつも女装のジュンがをり
かかり真魚
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