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調弦、午前三時

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【解凍小説】アシタハレカナ、クモリカナ

先日お邪魔させて頂きました神戸BL句会にて、佐々木紺さんの投句された句

寒晴や生活力のない男

の解凍小話です。続きから。




「ねーねー、お年玉くんない?」
 かれこれ三ヶ月ぶりに、思い出したように来た連絡の第一声がそれだ。
 まぁそうは言ってものこのこと指定された場所に現れているあたり、俺も焼きが回ったというのかなんというか。


「おー、度会(わたらい)。きたきた」
 駅前デパートの屋上、両手で包み込むように持ったカップ酒を手にしたまま恩田はいつも通りの気安いそぶりで声をかける。
 この寒い中、わざわざ屋外に呼び出さなくたっていいのに。毛玉だらけのマフラーをぐるぐる巻き付け、すり切れたぺらぺらのロングコートにこれまた毛玉の浮いたウールのパンツ、ゴム製の蛍光ピンクの便所サンダル(流行のクロックスのぱちものの、雑貨屋の店先で数百円で売られているやつだ)、無造作ヘアにはほど遠いぼさぼさの頭に無精ひげ――まったく、正月だというのにちっとは小綺麗にして新しい年を迎えようという気概のひとかけらもこいつにはありやしないのか。いや、そんな常識をこいつに要求すること自体、お門違いなのだけれど。
 痩せぎすの身体をぶるっと震わせ、そのくせ、にやにやといやに上機嫌な様子で笑いかけるその姿は、見ているこちらの方がよっぽど寒々しい。
「……おまえなぁ」
 さて、何から始めればいいものか。迷うこちらを前に、にいっと得意げに笑いながら恩田は答える。
「度会も呑むー? あったまるよぉ」
「それ買う金があるならこっちにたかるな!? ていうか金はどうした!? 年越し用資金にっておまえの為におろして封筒に入れてやった金はどうした!?」
「ああ、これのことー?」
 ぺらぺらのコートのポケットから軍手をはめた指先で取り出されるのは、頼りない紙片数枚だ。
「何十倍かになって帰ってくるからおまえに松坂牛でも奢ってやる予定だったんだけどねー、世知辛いねえー」
 くしゃくしゃになったはずれの万馬券数枚を前に、海よりも深いため息を吐き出すことくらいしか出来ない。
 ああ、どうせこうなることくらいとうにわかっていたのに。なぜ俺は実家への帰省用の切符やら新しいオーバーやらまともな靴やら、はたまた餅や注連縄飾りやらに変えておかなかったのか。
「ていうかさぁ、度会」
 少しも悪びれることのない様子でポケットにはずれ馬券をしまったその後、薄汚れた軍手をはめたままの掌をひょい、と差し出しながら恩田は答える。
「とりあえず五百円ちょーだい。ぴかぴかのやつ。あとね、ぽち袋も買って? 美華絵にお年玉あげるって約束したんだよねー。あ、もちろん俺の分もね?」
「かわいい姪っ子にやるのが他人からたかった金であることを恥ずかしいとは思わないのかね、恩田くん」
 やれやれ、と思いながらところどころ塗りが剥げたベンチ(尻をぺたりと下ろすと、それだけできいんと冷たい)に腰を下ろし、ひとまずは腹いせとばかりに、手にしたカップ酒を奪ってやる。
「え、なに。間接キッス? 度会くんってばー」
「呑みかけなんているかよ、ほしけりゃ買ってくるっつうの」
 ぶつぶつと呟きながら、かじかんだ指先に暖をとるようにと、少しぬるくなったカップ酒の瓶に指をこすりつける。正月のデパートはこんな田舎とは言っても、どのフロアも初売りセールに群がるうんざりするような人だかりであふれかえっていたというのに、さすがにこの寒い中屋上に出る酔狂な人間は他にそう居ないらしく、ここだけは下界のにぎにぎしい喧噪から切り離されたように酷く静かだ。
 店内放送のお正月のBGM(あの琴やら笛の音色やらがひょろひょろ雅やかに鳴り響くやつだ、正式名称は知らないけれど)がうっすらと鳴り響く中、視線の先にはきいんと清冽な空気と、目にまぶしいほどの快晴の青空にたなびく雲、色とりどりのアドバルーンがふわふわと浮かぶ。
 各フロアごとくに渦巻く人の欲望の権化をすべて司り、神様を気取って悠々と下界を見下ろす気分、だなんて言ってもおかしくはないくらいだ。ほら、正月なんだからいろんなあれやこれはおまけして。
 ――問題は、かたわらに居るのが乞食紛いと言っても大げさではないこんな男だという点だけれど。



 時は三年と少し前、駅のホームの隅にひっそりと立てられた喫煙コーナーまで時間と空間は遡る。

 カチ、と乾いた音を立てて橙の炎を点らせ、煙草の先にそうっと火をつける。ぢり、と微かに紙が焼け焦げる音と匂いに誘われるままに口をつけ、ふぅ、と煙を喉の奥へと吸い込む。
 家路へと着く足をほんのひとときだけ止め、ようやく手にした自由時間を前にほっと一息つく為の安らぎのひととき――毎日の、さながらの日課を今日は運良くひとりで悠々と過ごしていた、そのはずだった。

「ねえお兄さん、火ぃくんない?」
 切れかけた蛍光灯が目障りに点滅する中、薄暗がりに照らされた男は、さも当然とばかりに馴れ馴れしく声をかけてくる。
 こういう輩は嫌いだ。視界の端に写った姿といかにも軽薄なその声に即座にそう判断し、ぷい、と視線を背けて無視を決め込む。
 ぼさぼさ頭に無精ひげ、首のところが伸びきったよれよれのTシャツ、毛玉の浮いた貧乏くさいカーディガン、民族調の柄のしわや折り目だらけのぶかぶかのズボン、とどめの裸足にゴム草履。
 ヒッピーだかなんだか知らんが、パジャマならともかく、そんな格好で平気で人前に出て見ず知らずの他人に声をかけられるその神経のずぶとさはどうなんだか。しかも相手はあからさまに会社勤め帰りの勤勉な労働者だというのに。
 初めから視界になど入っていない、とばかりにわざとらしく視線を逸らし、ふかぶかと煙を吸い込むのに集中するこちらのことなど気にも留めない様子で、無遠慮なその視線はじろじろとこちらへと突き刺さってくる。
 一体何なんだか、珍獣じゃあるまいし。寧ろ珍獣はおまえの方だろうが。つくづくあきれながら、長く伸ばした前髪の隙間から微かに覗いたぎらぎらした瞳をぎろりと睨みつけてやれば、途端に「あー!」と間抜けな声がこちらへと飛び込んでくる。
「あんた度会だよな、度会行久(わたらいゆきひさ)。彰陽高校二年D組の! 出席番号は……覚えてないなぁさすがに。おまえ覚えてる?」
「はぁ……?」
 あからさまに顔をしかめるこちらを前に、洗濯に失敗して縮んだのか、つんつるてんの袖丈のカーディガンからにょっきり伸びた腕でばんばんと無遠慮にこちらを叩きながら、フーテン風の男は答える。
「え、誰かわかんないの? 恩田だよ、恩田隆道(おんだたかみち)! 中学高校一緒だったろー? やー、ぜんぜん変わってないって言いたいとこだけど老けたよなー? でもなんていうの、おまえそのまんま大人になったって顔してんなぁ! その目つきの感じ、こやって間近で見るとあのころとやっぱ変わんないわぁー! なぁそれよりさぁ、火! そのポケット入ってんの煙草の箱だよね、ん中に一緒にライター入れてたりとかしないわけ?」
 さも当然とばかりにスーツの膨らんだポケットに手をのばそうとする掌をぺし、とはたけば、返ってくるのは1ミリもひるむことのないにやにや笑いだ。
「……おまえなぁ!」
 こんな奴だったっけ? ていうか、卒業以来まともに会っても居なかった同級生にとれる態度か、これが。こいつ、なんかおかしいんじゃないか? ポケットの中から取り出されたぐっしゃぐっしゃの煙草の箱(外国製なのか何なのか、ここいらじゃ見たこともない銘柄のものだ)を取り出す姿を前に、ひとまずは渋々とライターを差し出す。
「ていうかなに、度会ってばリーマンなの? えー、スーツ似合ってんじゃーん! てかおまえここの駅最寄り? なんで会わなかったんだろなー、ふっしぎー。これってやっぱさぁ、これから駅前の呑み屋とかでいっぱいひっかけていく系? 運命の再会にカンパーイみたいな?」
 煙草の灰を落としながらべらべらと喋る姿に、相反して見る見るうちに力が吸い取られるような心地を味わう。
 なんなんだこいつは、一体なんでこんな振る舞いが平気で出来るんだ。自分のことをみっともないと惨めとかそんな風には思わないのか。ろくに話した覚えもないせいでどんな奴だったかなんて思い出せやしない中、痩せぎすの身体や、頭蓋骨に薄く皮膚が張り付いたようなその顔つきの中でぎらぎらといやに好奇心旺盛に光る瞳の中にあの頃の面影を探してみようなどと思うのに、記憶があまりにもおぼろすぎて、どのくらい変化を遂げたのかなんてわかるわけもない。


 その後すぐ、引きずられるように連れて行かれたガード下の焼鳥屋で聞かされた恩田の近況はこうだ

 ――高校を卒業した後、実家暮らしのまま十年近く町工場で働いていたが、不況のあおりを受けて工場は倒産してしまい、その後はふらふらと日雇いなどで気まぐれに働いていた。
 家を売って田舎に移り住むという老いた両親の意向に従う気にはなれず、ひとまずは都会に出ればなにかしら仕事もあるだろうと財布に残った小銭をかき集めて鈍行列車を乗り継いでこの街までたどり着いた後は、日雇い派遣や住み込みのパチンコ屋で適当に日銭を稼いでいた。
 半年ほど前に呑み屋で隣に座った老人と意気投合し、今は駅裏の古本屋で老人に変わって店番や帳簿付け、蔵書整理、買い付けの手伝いなど商い全般を手伝っている。

 大学卒業後、有名大手企業とはとても言えないけれど、そこそこ恥ずかしくはない会社に勤め、ほそぼそと出世もせずに下っ端サラリーマンとして安寧の日々を過ごすこちらとは、全くもって大違いだ。

「まぁさ、ここで会ったのもなんかの縁ってことでさー! これからもひとつよろしく頼むってことで! ね!」
 さも当然とばかりにぐいぐいと腕をつつき、七味唐辛子を焼き鳥だけならまだしも、熱燗にまでふりかけてぐびぐびと煽る姿を前に、力なく苦笑いを洩らすことくらいしか出来ない。ここで払う金だって一銭も出す気ないよな、こりゃ。
 痩せぎすの骨の浮き上がった手首に巻かれた数珠をちらちらと目の端で見ながら、ひとまずは隠すふりもしないまま嫌みたっぷりのため息をついてやるのに、目の前の男にはへこたれる様子など微塵も感じられない。


 こいつはこの三十数年ばかりを、人としてどうやって生きながらえてきたのか。
 行きがかり上無理矢理覗かされることになった恩田の私生活を目の当たりにした俺がまざまざと思い知らされたのは、そんな感慨だ。
 
 恩田は電子レンジの電磁波を信用しない、あれは毒を浴びせる機械だと言い張り、コンビニ弁当を冷めたまま食べる。(ぼそぼそして脂が固まってまずいに決まっているのに)
 恩田は公共料金や電話代を自動引き落としにしていない上、期日までの支払い手続きすらまともに出来ないせいで、しょっちゅう電気やガスや携帯電話が止まる。(見かねた俺が年会費永久無料のクレジットカードの契約手続きと、そこからの口座引き落としの処理をやってやったくらいだ)(結果、「手元にあると怖い」と渡されたカードはなぜか俺が預からされている)
 恩田は銀行ATMを使えない。(市民の金を吸い込んで国の国家機密の陰謀に使う為の悪魔の機械だの、あの合成音声のねーちゃんは信用出来ないだのわけのわからないことを言っている)
 恩田は洗濯すらまともに出来ないせいで、手持ちの数少ない衣類はでろでろに伸びているかつんつるてんに縮んでいるか、はたまた、色移りでまだらなむら染めに染まっているものばかりでまともな状態のものは一枚たりともありやしない。
 恩田は服を試着するのを嫌うらしく、手持ちの服はいやにぴちぴちかぶかぶかのどちらかで、ジャストサイズで身体にあわせた服など一着も持ち合わせていない。
 恩田はひげを剃るのを恐がり、家庭用のはさみで伸びたところをじゃきじゃき切るだけなので、常に無精中の無精としか言えないまばらな状態に髭が伸びている。
 そんな恩田のことだから当然床屋など行けるわけもなく、はさみとカッターでざくざく切ったという散切り頭は特に散髪直後には目もあてられないアバンギャルドさだ。(あまりにもあれだったので、ある時期からは給料袋から取り出させた千円札を手に駅前のクイックカットに放り込んでやるようにしているが、毎回金がもったいないと文句を言う)


 ……仮にも客商売なのに、このフーテンの出来損ないとしか言えない身なりが許容されているのはどういうことなのか。
 少しは人間らしい生活をさせてやるべきなのではと、親心にも似た気持ちで矯正手当を試みたものの、徒労にすぎないことを思い知らされ、最早三年の月日が経っていた。



 おかあさん、観覧車は?
 観覧車はなくなっちゃったのよ、残念ねえ。今度遊園地に連れて行ってあげるから、その時に乗りましょうね。

 母親に手を引かれるちいさな娘の姿を、瞳を細めるようにじいっと見つめながら、恩田は呟く。
「……子どものころさぁ」
「うち、貧乏だったから遊園地なんて行ったことなかったのね。父ちゃんはいっつも肘がすり切れてポケットも破れた上着着て、俺の履いてるズボンも膝あてのパッチまみれで。当然休みの日も遊びなんて連れて行ってくんなくて、父ちゃんはまいんちろくに休まないで土日もずうっと働きづめで。で、動物園とか遊園地なんて当然行ったことなくてさぁ。動物園ってのは近所のうさぎやら鴨やらが居る入場無料のしょっぼい公園で、遊園地っていうのはデパートの屋上なわけね。でもさ、乗り物に乗るお金なんてくれるわけもなくて、いっつもお金なんて入れないまま、音も鳴らないし動かない機械にまたがってそれでもキャーキャー騒いで、お金が入れらんないから何にも見えない双眼鏡覗いて。でも、何回かに一回だけはかあちゃんと弟と三人で観覧車に乗せてもらってさぁ。別にいっつも見慣れてる街の景色で、物の数分で終わっちゃうっていうのに、窓に張り付いてじいって見ててさぁ」
 視線のその先、ほんの数ヶ月前までは老朽化した観覧車のあったはずの跡地は、申し訳程度の花壇になっている。
「ここでこうしてぼーって観覧車みてんの、好きだったんだよね。でも、なくなっちゃった」
 ひとりごとめいた様子でいつになくぼんやりとそう呟きながら、ありもしない観覧車の姿を探し求めるかのように、そっと目を眇めて見せる。
「……恩田」
 ぎこちなく言葉を探しながら、手持ちぶさたにコートのポケットに手を突っ込んでもぞもぞと無様に手を動かすこちらを前に、にいっといつものあの得意げな笑い顔を浮かべたまま、恩田は答える。
「最後にさ、度会と乗ればよかったよね? 自撮り機能? で顔寄せてツーショットなんて撮っちゃったり」
「……気持ち悪いだろ、おっさんふたりで」
「いいじゃん別に、誰かに見せびらかすためってんじゃないんだし。あー、でも俺らどっちかが変死体で発見されたらニュースで流れる写真がそれになんのかぁ。やばいなーそれ、トリミングしても2ショットってばれるもんねえ。ホモかよとかネットで言われちゃうわけだー」
 けらけらと空元気な様子で笑う乾いた笑い声が、きんと冷えた冬の空気に紛れることなく、いびつなままゆらりと流れていく。
「おまえなぁ――」
 ぎろり、と横目に睨みつけるこちらを前に、一歩も怯まない様子で投げ返される言葉はこうだ。
「度会はさ、寂しいから俺とこうしてるんだよね?」
「恩田……、」
 どうしてそんなことを、こんな唐突なタイミングで。答える気はないというせめてものポーズがてらにぎこちなく目線を逸らしながら、ひとまずはかじかんだ掌をポケットにつっこみ、「新年初売りセール」(つい数日前までは「歳末大売り出し」だったのに)の垂れ幕を揺らすアドバルーンをぼんやりと見上げる。
「ひとりで寂しいよりは、ふたりで寂しいほうがましだよね、なんていうか。いや、わびしいって言うほうが近いの? 日本語ってむつかしいなー」
 いつもと違い、すんなりと鼓膜をすり抜けてはくれない妙にしみじみとした哀愁を称えた言葉を前に、ひとまずは投げ返す言葉も見つからないままにぐるぐる巻きにしたマフラーを口元までずり上げ、ずっと洟をすする音を響かせる。
「でもさー、こうしてんのも悪くないよねえ。なんかさぁ、平和だなって感じするじゃん。世間はみんな休みで、テレビつけても外に出てもみんな晴れ着でわいわいしてて、そういう時に電話一本で駆けつけてくれる相手が居て、さみいねーって言い合えてさぁ」
 どこかここではない遠い場所を見つめるまなざしと、ふわふわと風に揺れる少し癖毛の髪。ただのろくでなしの風来坊――だなんて良いもんじゃない、どこにも属さない道ばたの雑草みたいなこんな男に、それでもこうして居るだけで、どこか安心感にも似た想いを幾度となく差し出されてきたのは確かで。
「恩田、」
 手袋をはずし、チノパンツの後ろポケットに入れたままのマネークリップをもそもそと手で探り、そこから手にした三人の福澤諭吉を無造作に取り出しながら、俺は続ける。
「いいか、全額おまえにやるわけじゃないぞ。まずその金を持って駅ビルに行け。ユニクロで良いから全身まともな服を買え、それも無地のまともなデザインの、ジャージじゃないやつな。それから、残りの金で散髪屋に行け、髭もちゃんと剃ってもらうように。そこまで出来たらおもちゃ屋で美華絵ちゃんにプリキュアのおもちゃを買ってやるように。もちろん友紀子さんに電話して持ってないやつにすんだぞ? いいか、俺が着いてくからな。パチ屋で全額すったりしたら承知しねえぞ。後、残りの金は一円も残らず俺に渡すように。おまえの口座に振り込んどいてやる」
「度会……?」
 パチパチ、といやに動きの鈍いまばたきを投げかけてくる男を前に、手にしたカップ酒の飲み口をぐるりと回して反対側にしたのを確認してから、一気に流し込むように呑み、俺は答える。
「そのために呼んだんだろ? 美華絵ちゃんだってこんな汚いおっさんに会わされたって困んだろ。ホームレースの誘拐犯だって通報されたらどうすんだ?」
「度会……」
 どこか放心したような状態でただ名前を呟かれる、そんならしくも態度を前に、おおげさなしかめっ面を浮かべて俺は答える。
「ていうか恩田。おまえ、なんか忘れてないか?」
 ツン、と肘をつついて催促をするこちらを前に、ぎこちなく洩らされる言葉はこうだ。
「アケマシテオメデトウ……」
「ございます、な。言うだろ、親しき仲にも礼儀ありって」
 見上げた空の上では、低い場所を飛んでいく飛行機がきいんと音を立てて通り過ぎていく。
 こんな年明け早々からご苦労様、どこへ向かうのはわからないけれど、みなの行き着く先に希望がありますように。
 柄にもないけれど、そのくらいたまには言わせてくれ。正月なんだし。

「あけましておめでとう、恩田」

 今年もどうか穏やかに、この奇妙な友情(らしきもの)が続いていきますように。
 そんなことを心のうちで密かに願っているだなんて、まさか口にするわけなどないけれど。



寒晴や生活力のない男 佐々木紺






生活力のない男はわたしのイメージではまほろ駅前の行天(薄汚い松田龍平)かやまだないとの「コーデュロイ」のミフネリュウセイか、な感じだったんですが、よしながふみの「それを言ってはおしまいよ」の作詞家の男、BBCシャーロックのホームズさん……など、色々説が出たのも面白かったです。(貧乏or経済力がないわけではないけれど、生活全般に関する能力が欠けてる…?)
朝丘戻の「カラスとの過ごし方」のカラス先輩も生活力のない男ですね。
(わたしと大人光久について三時間くらい語ってくれる人を随時募集します。笑)

と、死ぬほど余談で終わりましたが紺さんありがとうございました!

拍手

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