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調弦、午前三時

小説と各種お知らせなど。スパム対策のためコメント欄は閉じております。なにかありましたら拍手から。

ゼロ




ほどけない体温、海吏と忍と周。
本編のアフターエピソードです、読了後にどうぞ。







 ごめん、デリケートなこと聞くけど。
 いやにらしくもない神妙な面もちと共に切り出されたのは、こんな一言だ。
「伏姫はさ、春馬くんに話したんだよね。ほんとのこと。そん時さ、やっぱしんどかったよね?」
「……まぁ、そりゃ」
 なんでそんなこと、今更。いつもどおりに思いっきり不機嫌を張り付けた顔でにらみ返してでもやりたいのに、ひどく思い詰めたようなまなざしでこちらを見つめるその姿にはどこか痛ましさが滲むようで、喉に石でも詰められたかのように言葉なんてひとつも出てきやしない。
「ごめんその、思い出させたいわけじゃなくて」
 ぱきぱき、と指を鳴らし、どこか所在なさげに冬枯れの木々を見上げるようにしながら忍は答える。
「周がさ、俺に話してくれた時。大事な話がある、聞いてほしいって。それで言われたんだよね」
 微かに潤んだように見える瞳を細めながら、傍らの男は続ける。
「女の子が好きになれない。自分はなんかおかしいんじゃないかって、ずっと死にたかったって」
 他人事のそのはずなのに。発せられた途端、刃物を突きつけられたかのように鋭い痛みが胸を突き刺すのを感じる。
 同じだ、と思った。辿った道も、選んだ答えも――それぞれに当然異なっては居るけれど、ありありと胸に迫り来る身を切られるようなこの息苦しさはきっと、彼の感じていたという「それ」ともどこか似通ったものだったはずだ。
 動揺を隠せないこちらの様子に気づいたのか、ぎこちなく視線を逸らすようにしながら、忍は言う。
「正直さ、あ、過去形なんだってほっとしたとこはあったよ。そーゆー問題じゃないって言われるかもだけど。周もさ、ちょっとは楽になりたくて、それで俺に話してくれたのかなって。たまたまでも、その役割に俺が選んでもらえたんならちょーうれしいなって。なんていうか、そゆ風に都合良く解釈したくもなるじゃん。でもさ、おんなじくらいすごい怖かった。そんなつもりなかったけど、こやって言わせたことで周のこと追いつめてるんじゃないかって。周、これからどうするつもりなんだろって。もしかして周、このままひとりにしたら死んじゃうんじゃないかなって」
 微かに震わせた声で、それでも、きっぱりと強い意志をそこに潜ませながら、言葉が紡がれる。
「ほんとうのことって、言えば楽になるってもんでもないよね。だってさ、お互い傷つかないために言わないでいることの方がほとんどじゃん?」
「……瀧谷」
 差し伸ばそうとしたおぼつかない掌を、遮るようにそっと、ひらひらとかわされる。らしくもない、本当に。いつもみたいに悪態のひとつでも吐いてやりたいのに、無様な吐息がただ、気まずい沈黙の波間に溶けていくだけだ。
「周のこと傷つけたって思って――でも、俺は周にそばに居てほしかったんだよ。周のこと絶対ひとりになんかしたくなかった。だから一緒に帰ろうって言ったし、キスしよって言った。俺は周と居たいよ、周が必要だよって、ちゃんとわかってほしかった。でも、結局あの時からずっと周のこと巻き込んでるだけなんじゃないかって。俺が周のこと好きだから、わがまま言って無理矢理つき合わせてるだけなんじゃないかってずっと思ってた。てか、いまでも思ってる」
 まくし立てるように告げられる言葉には、いつにない悲壮感が滲む。
「……ごめんね?」
 いつも通りの強気のにやけたような笑顔は、今日ばかりは不器用にふちが滲んで、どこかいびつだ。

 おんなじだ、と思った。
 いつか、傍らの男のまなざしのその先に居る相手が打ち明けてくれた戸惑いや息苦しさと、目の前に差し出されたそれはまるでおなじだ。
 大切な相手とただ一緒に居たい。そのせいでどれだけ相手を傷つけているのかなんて痛いほどにわかっているのに、手放すことなんて出来るわけもない。
 それは自身が幾度となく感じてきた躊躇いや迷いとも、少しずつ形は違えど、綺麗な相似形を描いているようで。

「――あのさぁ」
 躊躇いながら、それでもきっぱりと振り切るように、海吏は答える。
「僕だってそういうの、聞かされると傷つくんだけど」
 まざまざと震える瞳を、それでも怯むことなくじっと見つめながら、その先へと続く言葉を紡ぐ。
「でも同じくらい、聞かせてくれてうれしいよ。上辺だけで話してることなんて、結局は気持ちの上澄みしか伝えられないじゃん」
 どうしていまさらこんな風に遠慮なんてしてるんだろう。少しも怯まないでまっすぐに向かってくるのがこいつだったのに。そんなところが大嫌いで、それでも、だからこそ赦せたのに。言いしれようのないもどかしさに、指先がひきつって微かに震えるような、そんな錯覚すら味わう。
 それでも、わからないわけではないのだ。自分じゃない誰かの心ごとぜんぶがほしくなることはいつだって、相手を傷つけて後戻り出来なくなってしまわないかの後悔の連続だ。
「安心してよ、今更嫌いになんてなんないから」
 わざとらしく素っ気なくそう答えれば、ちらり、と横目に投げかけられる視線に、いつものあの好奇の色がほんの少しだけ取り戻されていることに気づく。
 いじけたような口ぶりで、忍は答える。
「それってさ、最初っから俺のこと、嫌いだから?」
「……そうかも」
 ひでえ。くすくすと笑いながら漏らされるその一言はそれでも、端からどんどんくすぶった思いを溶かしていくかのようなたおやかさに満ち満ちていて。
「周くんは瀧谷が好きだよ」
 戸惑いの色に揺れるまなざしを、それでも目を凝らすようにしてじっと見つめながら、海吏は続ける。
「周くんは瀧谷が好きだよ。どうやったらずっと一緒に居られるんだろうって、幸せになんか出来ないのにって、ほんとう悩んでて、それでも一緒に居たいからって」
「ありがと」
 力なくつま弾かれる言葉は微かに滲んで震えていて、ひどくおぼろげだ。それでも、そんなあやふやさは、胸をひたひたと満たしていくようにあたたかで。
「伏姫はさぁ――」
 ちら、と、こちらを横目に睨みつける少しだけ強気な、いつものあの色を取り戻したかのようなまなざしを向けながら、傍らの男は答える。
「案外優しいよね、俺に。それってさ、ほんとは俺のこと好きだからって思っていいわけ?」
 少しひきつった唇の端を、それでも強気に持ち上げたかのような笑い方に、ざわざわと胸をくすぐられてしまうのはきっと仕方のないことで。
「なわけないじゃん」
 周くんは好きだよ。付け足しみたいにそう答えれば、どこか強ばりを隠せなかったその表情に、見る見るうちにほどけたような笑顔が広がる。
「なに、ライバル宣言? 言っておくけど、俺の方が周のこと好きだからね?」
「知ってるよ」
 答えながら、分厚い上着越しにこつんと、傍らの男の肘をつつくようにする。

 ほら、何にも怖くなんてない。こんなにも耐え難いくらいにあたたかい、ただそれだけだから。

 気づかれないように微かに吐き出したため息は、白く凍えながらゆらりと凍てついた冬空のもと、たおやかに溶けていく。








「きょうさー、ガッコで伏姫と話してたんだけど」
 しゃく、しゃく、しゃく。メンチカツにたっぷりと添えたキャベツの千切りを小気味よい音を立てて咀嚼する恋人を前に、忍は続ける。
「伏姫ねえ、周のこと好きなんだって」
「な……」
 途端に、手にしたままの箸先が僅かに震える。わぁかわいい。わかりやすい。こんな表情、自分しか知らないはずだけれど――導いてくれた彼に、感謝にも似た気持ちがこみ上げてくる。
「俺の方が周のこと好きだからねって、そう言ってあるからね。だいたい、俺の方が周と仲良しだし」
 ソースのよく染みたメンチカツ(かけすぎだ、と怒られたので少し量を減らした。周は時々お父さんみたいで、そんなところもいちいちかわいい)、キャベツの千切りの山、白ご飯。あいだに味噌汁を挟みながら、順番に三角形を描くみたいに口にしながらそう切り出せば、同じように食事を共にする恋人のうつむいたままの顔が、見る見るうちに微かに赤く染まるのがわかる。わぁかわいい。(二回目)
「……仲良しってなんだよその言い方」
 ぶっきらぼうに答える姿を前に、にんまりと笑いながら忍は答える。
「だって、仲良しじゃん」
 身体的なコミュニケーションをしばしば積極的に楽しむ程度には。
「そんでさ周」
 ずずっと味噌汁を啜りながら、持ちかけてみるのはこんな提案だ。
「そういうわけだから、この後もっと仲良くしない?」
 言わんとすることの意味を理解したのか、こちらを見つめるぐらりと揺れたまなざしの色が、僅かにくすぶった熱の色に滲む。
「ご飯の片づけならちゃんとするし、いい子にするから」
  多少のおねだりはさせてもらいますが、まぁ勿論。
「……おまえがいい子だった試しがあるかよ」
 しゃく、しゃく、しゃく。千切りキャベツを咀嚼する音を響かせながら、照れ隠しのようにぶっきらぼうに投げかけられる言葉に、いとおしさがみるみるうちに膨らんでいく。
「そういうとこが好きなんだよね?」
 しゃく、しゃく、しゃく。答える代わりみたいに、リズミカルなそんな音色だけがそうっと返される。わぁ、ほんとうにかわいい。(きりがないので数えるのはもう止めた)

 赦されている、受け入れられている、求めてくれている。そんな風に実感させてくれるのは、いつだってこんな瞬間だった。
 ほら、こんなにもいとおしくてたまらない。こんなにも大切だ。色や形は少しずつ違っても、ちゃんと同じ気持ちを寄せ合っている。だから、こんな風に一緒に居られる。
 痛みを伴うような、上澄みじゃない思いを分かち合いながら側にいるから――だから、こんなにもいとおしい。

「……手加減しねえからな」
 照れ隠しのように、ぼそりと恋人は答える。
「手加減しねえからせいぜいいい子にしろよ、それなら仲良くしてやる」
「そうこなくっちゃ」
 にんまりと笑いながら、ずずっと音を立てて味噌汁を啜る音を響かせる。

 こんな風にして、近づいていくのだ。ゼロ距離メートルよりもずっと近い場所に。心と身体のその両方で。






海吏は忍にはいつまでも塩対応。

読んで下さってありがとうございました!

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