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調弦、午前三時

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あいのゆくえ





「ほどけない体温」から12年後の「もしも」のいまのお話。
周くんと忍とりんちゃん(と春馬くん)



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「うんありがとー、りんちゃんもげんきでね。気をつけてね。ほんとありがとう」
 鈴の鳴るような高く澄んだかわいらしい声とともに、いつもとは異なったトーンのあまくやわらかな響きの声が響く。
 スタンドで立てたタブレットの四角い画面の向こう側に映し出されるのは、愛くるしい『ガールフレンド』の姿だ。

 しばしば逢瀬を重ねていたちいさなガールフレンドとも、世の中がこうも急激な変化を起こしてしまえば以前のように気軽に会うことも叶わない。
 かくなる上は、こんなふうに離れたまま『おうちデート』(もちろん、すぐそばでのパパママの見守りつき)を楽しむほかないのが現状だ。
 それにしたって文明の発達ってすごいな、手紙のやり取りだけで気持ちを繋ぎとめ合ってきた平安貴族がこの光景を見たらどんな気持ちになるんだろう。
 すっかりぬるくなったコーヒーカップにちびちびと口をつけながら、近代ならではの回線越しでの愛のやりとりをぼうっと眺める。
「あまねくんともお話する? うんわかった、ちょっとまってねー」
 画面の前を退席すると、ぼんやりと本をめくっていたこちらへとお呼びがかかる。
「周、りんちゃんが変わってって」
「いなくていいの、おまえは」
 ぱちぱち、とまばたきをしながら問い尋ねれば、わざわざ部屋着からよそ行きの服装に着替えた恋人からは、まっすぐな言葉がすとんと落とされる。
「周くんとふたりでお話したいんだってさ」
「はぁ、」
 とはいえ、お姫様のお呼びとあらば致し方ない。気持ち程度に髪を整え、ひょい、と覗き込んだ画面に向かってぎこちなく手を振る。
「こんばんは、りんちゃん。ひさしぶりだね」
『あまねくんこんばんは』
 途端に返されるのは、先ほどまでとは打って変わってのどこかこわばったよそ行きの顔つきで繰り出されるぎこちない言葉だ。……そりゃあそうだ、先ほどまでバーチャルデートを楽しんでいた『王子様』とは打って変わって、こちらはさほど彼女とは親密な間柄とは言えないので。

 古くから親しんだ友人の、今年で六歳になる娘――それが、画面の向こうでぎこちなく笑顔を向けてくれるちいさなお姫様の正体だ。
 この世に生を受けてまもないほんのちいさな頃からのお付き合い――とはいえ、お世辞にも幼い子どもと接するのが得意とは言えないこちらに反し、誰とでもすぐさま心を繋ぎ合うことのできる特異な才能に恵まれた恋人とこのちいさなお姫さまは、たちまちに親密な間柄を築いていた。
 ちいさなお姫様と彼女の王子様、そしてその恋人――はたから見れば奇妙でいびつな三角関係は、それでもなんとも和やかに続いているのだから不思議だ。
『こないだね、がっこうにいったの。ようちえんで仲よしの子もいたけどはじめて会う子もたくさんいたの。でもちゃんとこんにちは! ってあいさつして仲よくなれたの』
「そっか、りんちゃんはえらいね」
 緊張を隠せない面持ちで告げられる言葉に精一杯に答えて見せれば、画面の向こう側ではパッと花開くような笑顔が広がる。
 ゆるめの三つ編みに結った髪に、リボンのついたヘアゴム。フリルのたくさんついたうすい水色のカットソー。画面越しとはいえ、大好きな王子様にひさしぶりに会えるのだから、とめいっぱいにおしゃれをした姿に思わず頬がゆるむ。
 すっかり大きくなったなぁ、ほんとうに。
 道行く誰もが振り向くようなまばゆい魅力を放つ女の子に成長していく日だってそう遠くないんじゃないだろうかなんて、身内(と呼ばせてもらおう)のひいき目は大いにあるだろうけれど。
『あさがおを育ててねって言われたの、お花が咲いたらあまねくんとしのぶくんにも見せてあげるからね』
「そうなんだね」
『りんはあさがおもかわいいからすきだけどばらもすきなの。あまねくんとしのぶくんといっしょに見たばらのお花がまた咲いてるんだよってママに写真を見せてもらったの。でも今年はいっちゃだめなのよ。きれいだったでしょ?』
「……おぼえてるよ、すごくきれいだったね」
 ちょうど薔薇が満開になる季節だから、と、ちいさなお姫さまをエスコートして新宿御苑を訪ねたのはたしか去年の今ごろのはずだった。
 めいっぱいにおしゃれをしてはしゃぐお姫さまのちいさくて頼りない掌を握り締めながら広い園内を歩いて回ったこと、忍の作ったおおきなシャボン玉にはしゃいでいたこと、品の良いご婦人に声をかけられ、おすましポーズでおじぎをして応えてみせていたこと――ほんの一年前の何気ない思い出の断片ひとつひとつが、まるでおとぎ話の中の出来事のように遠く思える。
『りんはいっしょに見たかったの。だからあまねくんもよかったらおしゃしん見てね』
「うん、ありがとう」
 ところどころがおぼつかないようすで、だからこそ精一杯に伝えられる言葉に思わず胸がいっぱいになる。
 楽しみにしていたはずの予定はぜんぶいつ来るのかもわからない未来に持ち越し、友だちはもちろん、大好きなおじいちゃんおばあちゃんやボーイフレンドにも会えない、今年からは小学校に上がったのに、かろうじて行われた入学式以来、まともに新しい学校にも通えていない。
 ――不自由を強いられているのは社会全体とはいえ、このちいさな身に降りかかるにはあまりにもの重荷のはずだ。
「りんちゃんさ、薔薇の花は秋にもまた咲くんだよ」
『ええ〜〜』
 途端に画面の向こうのお姫様のぷっくりとかわいらしい頬はあざやかなばら色に染まる。
「いまはちょっとだめだけど秋になったらもう大丈夫かもしれないよ。その時にまた一緒に行こうよ」
『うん!』
「忍くんとふたりのほうがいい?」
『あまねくんもいっしょがいい』
 どこかしらはずかしそうに、それでもきっぱりと告げられる言葉に心はおだやかにあたためられる。


 大好きなボーイフレンドで憧れの王子様の忍くんは大きくなればきっと自分と『けっこん』してくれるに違いない。
 純真無垢な夢を打ち砕いたライバルのはずのこちらを、それでもすこしも疎ましく思わずにこんな風にトリプルデートに誘ってくれるあたり、このお姫様のまぶしいほどの思いやりには、なんど接したって心が洗われるようだ。
『しのぶくんとデートのやくそくたくさんしたからあまねくんともやくそくするの』
「うん、ありがとう。りんちゃんはどこにいきたい?」
 遠慮がちなささやき声をあげるようにして、お姫様は答える。
『りんはおさかなさんといるかさんがみたいの』
「そっか、じゃあこんどはみんなで江ノ島にいこっか」
『やくそくね?』
「うん、やくそく」
 ちいさな小指を掲げて見せる姿を見ながら、自らのそれを画面の前にそっと掲げる。
 遠い距離に隔てられて触れられてなどいないはずのそれが、なぜだかひどくくすぐったい。


 ひとしきりのぎこちないやりとりののち、『ぱぱにかわるね』の一言が出た時に感じたのは失礼ながら、ひとさじばかりの安堵感だった。
『ぱぱー』
 入れ替わりで現れた部屋着姿の見慣れた顔に、思わず安堵の笑みが微かにこぼれる。やっぱりいいな、遠く離れていても、こうして顔を見られるだけでなんだかすごく安心する。
『ごめんねりんに付き合わせちゃって、ふたりとも忙しかったでしょ?』
「そんなことないよ、すごくうれしかったし」
『りんさぁ、昨日からもうずーっとわくわくしてたんだよ。繋ぐ前にわざわざ着替えてから部屋の中でくるくるまわってはしゃいでてさ、声が聞こえた瞬間きゃーって真っ赤になってて』
 画面の向こうからはうっすらと、かわいらしい声での「いっちゃだめー!」が聞こえてくる。
 いやはや、そんなに楽しみにしてくれていたとは。おそらくは大好きなボーイフレンドのおまけ要因とはいえ、こちらとて余りあるほどの光栄だ。
「ずっと家だよね、ご苦労さま」
『家族でゆっくり過ごせるチャンスだと思えればいいんだけどね、やっぱいろいろ寂しいし不安みたいで。ほんとありがと、ずっとだけど、ほんとすごい助かってる』
「おやすい御用だって」
 なにせ、元気をもらっているのは断然こちらのほうなので。
「かわいそうだよね、それにしたって。みんなおなじような状況っていえばそうなんだけどさ」
『一年どころか、一日の重みが俺らとは段違いなわけだし』
 待望の一年生になるのだと、真新しい制服に若草色のランドセルでくるくる回りながら得意げな笑顔を見せてくれたひとときを思い返し、ぼんやりとため息を吐き出す。
 あの頃には不穏な影こそあれど、ここまで大きく暮らしを塗り替えられてしまうだなんてことはまるで想像もつかなかったのに。
『こないだやっと登校日でさ、分散登校だからクラスの子全員とは会えないし、下校の時間も離れて歩きなさいって言われて。それでもすっごい楽しかった、ってしきりにいうんだよね。友だちとこんなことした、こんな話した、先生はこんな人だったって。どうにもなんないし、みんなすっごいがんばってくれてんだってわかっててもさ、なんか涙ぐましいよね』
「……ほんとうに」
 とっくに仕事は在宅に切り替わっていたし、外出はもっぱら散歩と数日おきの買い出しのみで、徒歩圏内にしか足を運ばないだなんて日々にもすっかり慣れていた。
 人とは一定の距離を保つことを強いられ、同居する家族以外とは触れ合うこともままならない。マスク無しでは入店拒否、だなんてお触れ書きもすっかり見慣れてしまった。
 近いうちに、フェイスシールドだなんて近未来の装備品に見えたものも必要最低限の義務とされてしまうのだろうか。
『言ったんだよね、忍くんたちにちょっとだけでも会いに行く? 車で行ってベランダから顔だけ出してもらうくらいならいいんじゃないのって。したらさ、ちょっとだけ悩んだ顔してからぶんぶん首振っていいって。会えない時間があいを育てるからがまんするのって』
 どこでおぼえてくんだろね、そういうの。笑いながら答える顔に、複雑そうな色がわずかに滲む。
 ああ、『おとうさん』なんだなぁ、ほんとうに。
 幾度となく目にしてきたこんな淡い色合いは、いつだってひどく眩しい。
「中途半端に会っちゃうと余計恋しくなんじゃないの」
『ロミオとジュリエットじゃあるまいしってのはちょっと思ったけどね』
 情熱的な恋に溺れた若いふたりがその後に辿る悲劇を思えば、ここで自制心を働かせた若干六歳のちいさなお姫様の判断は賢明なものだったと言えるのかもしれない。
『テレビでやってたんだよね、大好きなおばあちゃんに久しぶりに会った孫がいつもみたいに抱きついたのが拍子でおばあちゃんが亡くなって、そのままろくに会えないまま見送らなきゃいけなくなったって。不安ばっか煽っちゃかわいそうだからなるべく見せないように気をつけてたんだけど、たまたま間が悪くて、トイレにって起きてきたタイミングで目に入っちゃったみたいで』
「あぁ……、」
 力なく放たれる言葉の端からは、取り返しようなどない後悔の念がひたひたと溢れる。
『子どもなりに考えたんだと思う、やっぱり。ずーっと難しい顔して写真とかもらった手紙とか眺めててさ。じゃあお話だけでもしようかって、まだしばらく会えないから元気にしてるよって教えてあげようよって言ったら、最初は戸惑ってたけどおんなじだけすっごい喜んでて』
 ありがとう、ほんとうに。噛み締めるように繰り返し告げられる言葉に、あたたかな波のような想いがしずかにこみ上げてくるのを感じる。
『カイに話したらさ、不謹慎かもだけど懐かしいなって言ってた。日本に帰ってきてからはずっとLINEとSkypeでやりとりしてたからって』
 隣り合いながら、手の届くすぐそばで誰よりも大切な相手と共に生きていくために――生まれ育った国から遠く離れた海の向こうへと旅立って行った大切な友だちの名前を口にするその表情の奥には、懐かしさとともに、言葉に言い表しようのない幾重にも折り重なった感情の色が浮かぶ。
「ロックダウン中なんだっけ、向こうは」
『そろそろ緩和されるみたいだけど今年いっぱいは自主的にロックダウンしていかなきゃだめだろうなって』
 夏には顔を見せようか、だなんて話があったはずだけれど、当然それもとうぶんは持ち越しのはずだ。
『海吏くんたちはしばらく会いに来れないしお手紙もちゃんと送ってもらえるかむずかしいみたいだよ、って言ったらさすがにちょっと落ち込んでて。でもすぐにニコって笑って、パパも寂しいでしょ? りんは平気だからねって逆に慰められて』
「すっかりお姉さんじゃん」
『こっちが焦らされるよね、すごいハッとするようなこと言われることだって多いし』
 ゆっくりと言葉を選ぶようにしながら告げられる言葉と画面越しに伝わる表情のその奥からは、誇らしさと寂しさ、その両方を溶かし込んだかのような複雑な色がじわりと滲む。
『平気だって言い聞かせてもずっと不安だったってさ。いまよりずっと回線も遅くて、ざらざらした平面に映る顔も、スピーカー越しの解像度の低い声も、ぜんぶ作り物の人形劇みたいで、もどかしくなるばっかりで、でもそれすらも取り上げられたらどうしようってずっと不安で―それでも、いくら時間がかかってもちゃんと会って確かめに行くって未来があるのは信じられて。いまだってそうだって信じてるけど、状況がまるっきり違うじゃん』
 ――いまこうして他愛もない話をしている間にも戦い続けている人がいること、その中であえなく命を落としてしまう人がいること、その魔の手はいつ自らに及んでもおかしくないのだということ。
「約束したよ、これがぜんぶ終わったらデートしようって。忍ともいっぱい約束したんだけど、俺ともしてくれるってさ」
『ごめんね気が多くて、面食いだからさ』
「パパのおかげで目が肥えてんだよきっと」
 冗談めかして答えれば、屈託のない笑顔がやわらかにそれを受け止めてくれる。

 大好きだから、いまは会わない。
 この混乱の世界のその先にある、誰も知らないあたらしい世界で笑い合いながら手を取り合って共に生きていくために。
 そこがいったいどんな場所なのかなんてことは、まるで検討もつかないのだけれど。
「いまちょうど薔薇の季節じゃん、去年行った新宿御苑も満開みたいでさ。しばらくは立ち入り禁止だって言うけど。桜と違って薔薇は秋にも咲くから、もしかしたら秋には行けるかなって」
『来年も花は咲くっていうけど、そこまで持ち越しされんのも寂しいもんね』
 希望の旗をより近い未来に掲げておきたい、と思うのはあながち贅沢ではないはずだ。
「そういうわけで、お嬢さんをお借りしますのでよろしくお願いします。お父上さま」
『いやいやそんな、こちらこそ』
 画面の向こうからはうっすらと、『そろそろ寝なさい』だなんてママの声が聞こえて来る。
『この調子じゃ興奮して寝れないかも、仕方ないけどね』
「ごめん、責任取らせる」
『いいよそんなの。そういう日だって大事じゃん』
 飾りけなんてひとかけらもない言葉は、こんな時だからこそとりわけあたたかく響く。
「……ありがと」
『こっちのセリフだって』
 いつか思い出す日が来るのだろう。こんなもどかしい思いばかりを募らせる日々があったこと、そんな中で、いくつも希望の旗を掲げあいながらこれから来るはずの未来の話をしたこと、それがよりによって、節目になるはずの年に起こった出来事だったことを。
『頑張んなくちゃね、ほんと』
 感慨深げに告げられる言葉は、ひたひたと心に深く染み渡る。


 現代のロミオとジュリエットを回避した幼い姫君の恋路は、果たしてどんな道筋を歩んでいくのだろうか。

 ちいさな姫君が勇敢に歩むその道を、せめて明るく照らし出せるように。静かな祈りの光を差し出し合うようにしながら、遠く離れた場所でそっと希望の旗を振り合う。
 そう遠くない未来に、こんな日々をもどかしくもいとおしい思い出とそう呼べることを信じあいながら。





 りんねのにっきちょう


 5月×日 はれのち、ちょっとだけあめ

 ぱぱがしのぶくんとおはなしする? っていってくれたからちょっとはずかしいけどあいぱっどでおはなしすることにしました。
 りんはでーとだからおきにいりのおようふくでねこちゃんのぶろーちもつけていっぱいかわいくしてまってたらしのぶくんはねこちゃんのえのおようふくでした。
 しのぶくんはりんにあうときおしゃれしてくれるところもだいすきです。
 しのぶくんがにこにこわらっておはなししてくれるとうれしいのにむねがぎゅーってなってりんはしのぶくんがだいすきだなっておもいました。
 またしのぶくんとおててをつないでいろんなところにいったり、あたまをなでてもらったりしたいです。
 まえみたいにしんぱいしないであえるようになったらまたたくさんでーとをするやくそくをしました。
 りんはしのぶくんともあまねくんともでーとするやくそくをたくさんしました。
 ぱぱはちょっとさびしいみたいだけど、ぱぱとはまいにちおうちででーとしてるからです。

 しのぶくんはあまねくんいがいとずっとあってないっていってて、りんはあまねくんがやっぱりうらやましいなっておもいました。
 しのぶくんとあまねくんはぱぱとままとりんみたいにかぞくだからずっといっしょで、しのぶくんはりんのかれしだけどかぞくじゃないからあっちゃいけません。
 りんはまだぱぱとままといっしょにいたいけど、いまのあいだだけはしのぶくんとあまねくんのかぞくにもこうたいばんこでなれたらいいのになっておもいました。
 うんとおおきいおうちができたらみんなといっしょにすんでりんのだいすきなみんなぜんいんでかぞくになれるのかなってちょっとおもいました。

 りんははやくおとなになりたいです。



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