「ほら、出来たぞ」
「ゔぇっ!?」
おかずを載せた皿をカウンターキッチン越しに渡した途端、蛙が潰れたみたいな無様な悲鳴にも似た声があげられる。
何だその反応、おまえいつから両生類になったんだか。いいけどそれ、避けねえと他のが載せれなくて邪魔なんだよ、さっさと運べよ。
ダン、と二人分の箸を叩きつけるように置いて無言の圧力を示せば、ぎろり、と途端に無遠慮なそのまなざしがこちらへと投げつけられる。
「……あのさー、周(あまね)。なんでこう、いちいち地味ないやがらせすんの?」
「今日のメシ当番俺じゃん。喰いたいもん作って何が悪いわけ?」
いいからとっとと持ってけよ、冷めんだろ。
顎で示すようにしながらそう答えれば、渋々といった様子で食卓へと運ばれる。
明らかに肩を落とした不服そうなその態度を前に、苦笑いが収まりそうにない。まったく、幾つなんだよおまえ。子どもか。
茶碗いっぱいによそった白飯、残り物のマカロニサラダ、じゃがいもと玉ねぎの味噌汁。決して嫌いではないはずのお馴染みのメニューばかりを並べてやっても、テンションの下がり具合はとどまるところを知らない。
まったくもって、分かりやすすぎる。
「……周はさぁ」
湯気を立てる二人分の慎ましやかな食卓を前に、いやに大袈裟に息を吐きながら忍は答える。
「こーゆー地味ないやがらせが得意だよね、なんていうか」
「おまえが年甲斐もなく好き嫌いするからってだけの話だろ、知るかよ」
メシが不味くなるからいちいち辛気臭え顔すんなって、何度言ったら分かるんだか。
ひとまずは無視を決め込んで、「いただきます」を言えば、目の前の男もまた追従するように同じ言葉をそっと吐き出し、黒塗りの箸を目の前のそれへと渋々と突き刺すようにする。
「言ったじゃん。俺、ピーマン嫌いって」
「好き嫌いせずなんでも喰えって小学校で習ったろ? でっかくなれねえぞ」
答えながら、よく火が通った肉詰めピーマンを一口大に切り分け、モリモリと口にする。
ん、勘で適当に作ったけど旨い。案外料理のセンスあんな、俺。
ひとくち口にしたその途端、自画自賛の拍手喝采でもしたいような気分に襲われる。
こんなに旨いのになんでそんな不満そうなんだよ、人生損してんぞ。
ぶつぶつと喉の奥だけで悪態をつくようにしながら、不服そうなその表情を隠さないままに本日のメインディッシュを咀嚼し、味噌汁で半ば無理やりに流し込む男の姿をぼんやりと眺める。
「なー、俺が悪かったからさー。だからってそゆ時に限ってわざわざこれ見よがしにピーマン出すのいい加減やめない? 姑息じゃね、こういうの?」
口を尖らせて発せられる言葉を前に、ひとまずは聞こえないふりをしながらわざとらしくずずっと音を立てるようにして、味噌汁に口をつける。まぁこっちだって文句もつけずに喰ってくれた方がよっぽど気分が良いのは確かなのだけれどーー
こうして姑息な手段に出て復讐してやりたい時だってあるのだ、たまには。
「ぜってー周の喰えないもん探し出してやる」
ぶつぶつと不満を露わにしながら、それでも残さず口にしようするその態度に胸の内でだけ応援の拍手を送ってやるようにしながら、ひとまずはこんな時くらいしか食べられない好物を思う存分に味わう。問題はこうやって喧嘩の度にピーマンを食べさせるそのうちに、こいつに耐性が出来てしまうことだけれど。
まぁ、その時はその時でいい。なんなら、好き嫌いの克服を祝ってクラッカーでも鳴らしてやったって構わないくらいだ。(絶対しないけれど、部屋が無駄に散らかるから)
「これ以上でっかくなったらどーすんのさ。部屋に入れなくなるじゃん?」
「おまえさぁ、どんだけ規格外になるつもりなわけ?」
天井を突き破るくらいの急成長なんてされたら、それはそれで面白いけれど。
くだらない妄想を鼻であしらうそのうち、一体何にそんなに腹を立てていたのかなんて綺麗さっぱり忘れてしまっているのだから、我ながら単純だ。
「これさー、ちゃんと全部喰えたらご褒美くれる? いいよね?」
いつも通りのあのおどけた様子で投げかけられるそんな問いかけを前に、大袈裟なしかめっ面を貼り付けて返す言葉はこうだ。
「考えといてやるよ。ほら、あとひとくち!」
さてはて、ご褒美とやらは果たして何を要求されるのだろう。あまり高くついては計算外だけれど。
どこか複雑なーーそれでも、おかしみを堪え切れないそんな心地に浸っていれば、目の前の男はごくりと喉を鳴らしながら、最後のそのひとかけらをまさに飲み込んだところだった。
致死量を超えてピーマン肉詰めに
山本たくや