「おはよう、カイ」
ぱちぱち、とどこか控えめなまばたきと共に、切れ長の瞳を縁取る長い睫毛がさらさらと音も立てずに揺れる。
窓辺から差し込む光に儚く透けた、淡くきらめくその様は、羽ばたく前の鳥の羽根によく似ている。
おはよう、とそう口にするよりも先に、おぼつかない指先でそっとそれに触れる。さらさら、ふわふわとすり抜けていく感触を何度も確かめるようにして、そっと唇を寄せる。
「……くすぐったいよ」
うん、知ってる。胸のうちでだけそう答えながら長い睫毛をそっと食むようにして、幾度となくくちづける。
微かな震えと血潮の流れが、薄い皮膚に触れたその先からそっと伝わる。
「……おはよう」
名残を惜しむように重ね合わせた身を引き剥がし、微かに潤んだように見える瞳をじっと見つめながら、僕は答える。
「あのね、マーティン。君の睫毛、ね。長くて、光に透けて、きらきらしてて。すごくすごく、綺麗だよ」
ねえ、気づいてた?
悪戯めいた子どものような響きで尋ねれば、少しだけ震えた指先がそっと目尻に触れられる。
「……君もそうだよ」
少しだけ目を伏せるようにして、照れ笑いと共にそう告げられる。
光に透けたまっすぐに伸びた鳥の羽根は、そうすることで、頬の上にそっと儚い影を落としていく。
「……かわいい」
ひとりごとめいた響きで囁くようにしながら、羽ばたく前の鳥を抱き寄せて、頬に落ちたその影の上にそっとくちづけを落とす。
その存在ごと、縫い止めるように。消えてしまわないようにと、心に刻み付けるように。
「ねえ、君のもちゃんと確かめさせてよ」
そろりと遠慮がちに身をはがすようにした途端、照れ隠しのようにやわらかに細めたまなざしと共に返ってくるのは、ふわりとあまい響きを閉じ込めたそんな言葉で。
「いいよ」とそう答えれば、すぐさま、引き寄せるようにそっと頬に触れられる。
頬の上で揺らぐその影を幾度となく縫いとめるような、そんなやわらかなくちづけを幾度となく落とされるその度、心ごと優しく震わされるようなあたたかな想いにゆっくりと包まれていく。
二度とない新しい一日が、またこうして始まる。
頬に影落とす睫毛の長さかな
蘭奢