第二回ヘキライ企画参加作品。
お題「指先からの芽生え」
鍵盤の上をすべらかに舞い踊るような動きで行き来する指先が、音符によって描き出された世界をありありと目の前へと映し出していく。
歌うようにかろやかに、踊るようにしなやかに。指先からこぼれおち、溢れ出していく音が奏でる魔法は心を軽やかに踊らせ、目にしたことのない場所へと私を連れ出してくれる。
「――と、こんな感じです」
すっと息をのみ、鍵盤から手を離す。はにかんだように笑いかけてくれる姿を前に、いつもそうするように、ちいさくぱちぱちと遠慮がちな拍手を送る。私ひとりのために贈られたささやかな演奏会は、いつものようにこうしてひっそりと幕を下ろす。
「すごいなぁ」
感嘆のため息を洩らしながら、私は答える。
「何度こうしてもわからなくて、すごいしか言えない自分がはずかしくなる」
「そんなご立派なもんじゃないですから」
萎縮したように肩をひそめて、それでも誇らしげに笑って見せてくれる姿に、いとおしさとしか言いようのない膨らんだ感情はますます募るばかりだ。
膝の上にきっちりと置かれた、すこし節くれて骨ばったしなやかな指先に目を止めながら、私はつぶやく。
「荘平さんの指先がね、鍵盤の上でするする踊るみたいに動いていくのを見てると、何かが目覚めていくみたいだなって思うの。音だけじゃなくって――鳴り響くその先から緑の芽が伸びて、目の前いっぱいに広がって、みるみるうちに花が咲いていくのが見えるみたいだなって」
途端に、目の前でみる彼の瞳に、どこか戸惑いの色を宿したかのようにぐらりと微かに滲んだ色が揺らされていく。
「桐緒さんは、」
言葉を区切るようにしながら、ぽつりと静かに彼は答えてくれる。
「やっぱりすごいね、俺なんかじゃぜったい適わないや」
「……そんなにおかしなこと、言った?」
微かに顔を赤らめるこちらを前に、やわらかな笑みと共に、言葉が届けられる。
「だってさ、俺には見えないものが桐緒さんには見つけてもらえるってことでしょ。なんか、奇跡みたいだなって思って」
ひょい、と見えないなにかをたどるかのようなジェスチャーと共に、軽く握りしめた指先を目の前へと差し出される。
「だからこれは、桐緒さんにあげるね」
見えないけれど、確かにそこにあるもの。彼の指先が芽吹かせた、美しい花。
「……ありがとう」
うんと頼りなくささやくように、私は答える。震わせた言葉を発した途端、胸の奥で微かな音色が響く。きっと私にしか聞こえない、誰にも聞かせることはないけれど、確かに消えない音色。
「ねえ桐緒さん」
微かに震わせた指先へと自らのしなやかなそれをそうっと絡めるようにしながら、ささやくようにやわらかく、彼は尋ねる。
「手の甲に、キスしてもいい?」
「……なんで、そんな」
顔を赤らめて答えるこちらを前に、いつもようにどこか得意げに笑いかけながら、彼は答える。
「だってほら、なんとなくはずかしいから」
「……聞かれるほうがはずかしいんですが」
断るわけなんてないのに、同意を求めるこんなそぶりを、いじわるだと思う。それでもこんな風に惑わされる瞬間ひとつひとつすら、いとおしくてたまらない。
そろりと瞼を閉じ、促すように手の甲を差し出せば、吐息を封じ込めるかのようにやわらかに唇が触れる。
触れあうその先からまた、新たな花がこぼれ落ちる。
荘平さんは大抵ロマンチストですが、桐緒さんは彼のそんなところがどうしようもなくいとおしくてたまらない。
「
ピアニストの恋ごころ」桐緒さんと荘平さん。
このふたりは
本も出しているので宜しくお願い致します。
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