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調弦、午前三時

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ソファー

「ほどけない体温」周くんと忍

第四十四回一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負 お題「うたた寝」
on the couchの後日談っぽいお話です。








 憩いの場が居住空間にあるということ、それ自体はすばらしいことなのだ。問題は、それが正しく使われているのかということで。


「……」
 それにしたって、この状況はどうしたものか。上着を脱ぎ、買い物袋の中身を整理して所定の位置におさめ、一通りのなすべきことを終えても尚、ソファに現れたいびつな山は微動だにしないままだ。
 傍らのサイドテーブルには閉じられたノートパソコンと付箋がびっしりとついて膨らんだ参考資料とルーズリーフが小山を作り、その上には飲みかけのコーヒーカップが鎮座したままだ。
 流し台に食器がつけてあったあたり、食事はちゃんと摂ったらしいのでその点に関しては褒めてやるべきなのだろう。疲れているのは明白だ。当人がここに落ち着いているのなら、無理矢理に退けさせるのが野暮なことくらいはわかっている。それでもやっぱり、放っておくわけにはいかない。ここに座って一息つくつもりだったから、なんてことではなくて。
 ふぅ、とちいさく息を吐いたそののち、ソファの上に陣取ったノルディック柄のブランケットを巻き付けた小山を前に、ゆっくりと手をかけながら、周は言う。
「忍、ほら、起きろ。寝んなら自分のベッドで寝ろっつったろ、な? んなとこで寝たら風邪ひくぞ。はやく起きろ、な? ヴィエネッタ買ってきたぞ、好きだろ?」

 
 締め切り間際の論文のラストスパートに取りかかりたいという同居人の意向を汲んでの別行動を終えての半日だった。
 支度の手間を省けるように、ながらでも口に出来るようにと多めに作ってやったサンドイッチをダイニングテーブルにおいてやってから、部屋着姿でノートパソコンを睨みつける忍を見送ったのち、いつもならしばしばふたりで歩いた道をひとりで足早に歩く。
 帰宅が遅くなることを懸念して平日にはあまりじっくりは見れない書店の専門書コーナーをいつもより丹念に吟味し、ファッションビルのテナントをぐるりと見渡す。以前から気になっていた生活雑貨の専門店であれやこれやと、日常を彩ってくれるであろうすこしだけ贅沢な品々をぼんやりと手にとって眺めては棚に戻す、を繰り返す。
 そんなうちにふらりと足の向いたコーヒーショップで歩き疲れた足と乾燥した喉を労り、ついでにスマートフォンから業務連絡のメールに返信を返しておく。
 頃合いのよい時間になったのを見計らったところで店を出て、夕食のための買い物を済ませ、一応の「帰る」メールを送信してから予定通りに帰宅を果たす。
 まったくもっての計画通りの、別行動で過ごす休日の計画は周の中ではつつがなく終了していたのだ。この不測の、いや、予想通りといえばそうとしか言えない懸案をのぞいては。


「ほら忍、な」
 かわいそうだとは思うけれど、負担がかからない方がよいのは確かだから。ゆさゆさと、毛布の山を揺さぶって揺り起こしてやれば、ようやくとばかりに、威勢の良い寝癖を跳ねさせた頭はもぞりと遠慮がちに揺れる。
「……あまね?」
 半覚醒のくぐもった声が、うつぶせたまま洩れ聞こえる。
「起きた?」
 手助けをするように手を差し伸べてやれば、ぼんやりとあたたまった掌がぎゅうっとこちらの腕をつかむ。
「おはよあまね、いまなんじ?」
「二十六日の、五時過ぎ」
 何日かを教えてやらないと混乱するらしいので、寝起きには必ず日付をセットで教えてやるのが習慣になっている。
「あ、そっか。よかった。あまね、いまかえったの?」
「ちょっと前。ほっといたらそのうち起きるかなって思ったけど、おまえ起きないじゃん」
「ごめんねカップ、つけとこって思ったんだけど」
「……いいから」
 ちら、とサイドボードを見ながらかけられる言葉を前に、ひとまずは遮るようにやわらかに首を横に振ってやる。
「おまえ、論文は?」
 ふあ、とあくびをこぼしながら、目の前の男は答える。
「……終わったよ。まだちょっと見直しあるけど、だいたいは。そんでね、ちょっと休憩しよって思って」
「寝るならちゃんとベッドで寝ろって言ったろ、風邪ひいたらどうすんだよ」
 あきれながら答えるこちらを前に、まだふちが滲んでとろけた声で返される返答はこうだ。
「……遠いじゃん、だって」
「そのくらいさぼんじゃねえよ」
 答えながら、くしゃくしゃと頭をなぞる。
「しゃあねえから連れてってやるよ。で、ちゃんと寝ろ。そのあいだにめし作ってやるから、な?」
 ほら、と促すように手を差し出してやると、毛布をぐるぐるに巻き付けたままの身体をゆらりとこちらへと預けられる。
「きょうのばんごはん、何?」
「クリームシチュー」
 抱き留めた背中をさすりながら答えてやると、胸の中でくぐもった吐息が音もなく吐き出される。
「俺、じゃがいもの芽とるのじょうずだよ。知ってるよね?」
「……どしたんだよ、それが」
 よしよしをするようにくしゃくしゃの髪をなぞりあげるこちらを前に、ぐりと、左右にこすりつけるように頭を振りながら忍は答える。
「だから、起きたらちゃんと手伝うから。ちょっとだけ周と寝る、いっしょに」
 決定事項だとばかりに、こちらをきつく抱き留める腕の力は強まる。
「ちゃんと休めつったろ、疲れてんだろ?」
「だから寝る、周といっしょに」
 ぎゅうぎゅうと子どもみたいに無邪気にこちらに身を寄せながら、忍は答える。
「でもそんだけじゃ済まないかもしんない」
 ……最初からそのつもりだと事前申告してくるあたり、素直というか、なんというのか。
「まだ夕方だろ、」
「すぐ夜になんじゃん。ご飯のまえに周とあそぶ」
 ――あきれているのは確かだけれど、それ以上にまんざらでもないのは仕方のないことで。
 覚悟を決めるようにふっと息を飲み込み、周は答える。
「いいからほら、だったらいっぺん起きろ。な? 連れてくくらいならしてやるけど、自分でちゃんと歩け」
「んー……」
 よろ、とかすかによろめきながら立ち上がる姿に手を貸してやれば、汗ばんだ掌でこちらのそれをぎゅうっと握りしめられる。
「あのね、周。周が帰ってくるまでにちゃんと終わったよ?」
 にこにこと瞳を細めて笑いかける姿を前に、遠慮なんてせずに無造作にくしゃくしゃ髪をかき回してやることで答える。こうしてやるのがいちばん望んでいる答えなことくらい、もうとっくの昔に知り尽くしているから。
「それはいいけど、ここで寝んなつったろ。そこだけは減点な」
「周が連れてってくれたらいいだけじゃん。あまねのけち」
「けちとかそういう問題じゃねえよ」
 いつものように答えながら、ひとまずはとばかりに、かきあげた額に静かに触れるだけの口づけを落としてやることで、僅かばかりなだめてやる。捕らえるように、それでも力は込めないようにとゆるく握った手首は、いつもよりもほのかにあたたかい。
「いっしょ、寝てくれる?」
「……決まってんだろ」
 吐き捨てるように答えながら、静かにそっと目をそらす。視界の端にうつったまなざしはそれでも抑えようのないぬくもりと期待を滲ませていることが、手に取るようにこちらへと伝わる。

 ゆらりと揺れる身体を支えながら、寝室へと急ぐ。夜にはまだすこし早いけれど、ふたりだけで見られる安らかな夢へと近づくために。




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