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調弦、午前三時

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物語は続く




テキレボ4で発行した無料配布本よりの再録です。
ほどけない体温/周と忍のお引越しエピソード。

※オフライン版に少しだけ加筆をしております。

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「いっせーの」
「せっ」
 かけ声とともに、ゆっくりとシングルベッドを床へとおろし、隣り合うようにふたつ並べる。
 引っ越しを機に買い換えた同じ規格のベッドは、ぴったりくっつけるような形においても当然違和感なく並んでくれる。
「ねえ周、これ入れたらいいんだよね?」
「ん、こっち貸して」
 ホームセンターでともに買い求めた隙間埋め用のパッドをぎゅっと挟み込み、その上からダブルサイズのシーツをかぶせる。今後のよりよい暮らしのために、お互いに協議した結果がこれだ。
「広くなったよねー。そりゃそっか、二倍なわけだし」
「寝相悪いもんな、おまえ」
 まどろみながら毛布をはぎ取られたことも、一度や二度ではなくて。
「でもちょっとさびしいかなぁ」
 どこか名残を惜しむようにマットレスをなぞる姿を前に、周はと言えば、別の意味でふかぶかと息を吐き出す。
やっぱり生々しいな、どことなく。面倒でも業者に頼まなくてよかった、ほんとうに。

 どこかお互いの都合のよい場所で隣同士の部屋を――という選択肢が浮かばなかったわけではなかった。その方が登記上は別々の住所になるのだし、何かと表向きの都合は良いのだから。
 それでもあくまでも『同じ家』にこだわったのは、同じ屋根の下で「ただいま」と「おかえり」を言い合える生活を、それを可能にしてくれる『ふたりの家』への憧れめいたものを捨てることが出来なかったからだ。
 ほとんどすべての始まりで、『ふたり』の暮らしが詰まっていた、慣れ親しんだあの部屋はそれでもやっぱり『周の部屋』で、ここからがほんとうのはじまりだ。
 急ぎすぎていやしないだろうか、こちらの都合ばかり押しつけて、逃げ出されてしまわないだろうか。
 自分なりに精一杯の勇気を振り絞って切り出した『提案』を、こぼれんばかりの笑顔で快く受け止めてくれたあの瞬間の安堵感は、たぶんこの先ずっと忘れられそうにないままだ。

 いまどき男同士のルームシェアだなんてさほど珍しくもなければお互いの年齢も味方をしてくれたのか、部屋選びにはさほど苦労はしなかった。ただやっぱり、ことベッドルームとなればことさらにプライベートな空間なのだから、どことなく気を使ったのは確かだ。
 当然のごとく引き離したベッドを並べた姿を目にした時に浮かんだのは、どこか納得のいかないような、そんな違和感で。
 笑ってしまうようなそんな些細な曇りすら、こうして無邪気に笑いかけてくれる目の前の相手の気のおけない態度のおかげで、幾度となく乗り越えてはきたのだけれど。

「どっちにしよっかなー、やっぱ壁際かなー。おっこちると怖いもんなー」
 引っ越しのついでにと、新調したばかりの糊のきいた枕カバーをぱんぱんと叩きながら答える姿を前に、いやおうなしに心は緩む。
「ねえ周、周はそれでいい?」
「おう、好きにしろ」
「そっか、じゃあそれでいんだけどさぁ」
 くい、と袖口を引っ張るようにしながら、忍は尋ねる。
「だったらさ、きょうはどっちでする?」
「……どっちって、それ」
 ――言わんとしていることが何なのかなんて、当然分からないわけではないけれど。
 戸惑いを隠せないこちらを前に、ぱちぱち、といつも通りのあの無邪気なまばたきを繰り返しながら忍は続ける。
「や、だってするでしょ。初日なんだしさ。ベッドとお風呂は確かめとかなきゃだめじゃん、使い心地」
 今後ハードに使うことになるのは目に見えてはいるので、そりゃあまぁ。
「こっち側が周だもんね、じゃあやっぱこっち?」
 首尾良く手前側のベッドに寝ころんだ恋人があまえたような目つきでじいっと上目遣いにこちらを見上げながらかけてくるのは、こんな誘い文句で。
「疲れてんなら最後までしなくていいよ? でもさ、きょうからほんとにふたりっきりじゃん。ちょっとくらい周のこと独り占めさせてよ、ね?」
「……忍」
 誘われるままに、ゆらりと差し伸ばされた掌に自らのそれをそうっと重ね合わせる。あらがうことなんて出来るはずもない肌と肌で知るぬくもりに、息がつまされるような心地を味わう。
「あまね、」
 微かにくすぶった色を潜ませた声で呼ばれれば、途端にぞわぞわと胸のうちからあふれ出した思いは、滲んだ色を広げていく。ぶざまなまでに満ちあふれていくこのあてどない想いを、忍はいつだって余すことなく受け止めてくれるのをもうとっくの昔に知っている。
 いまさらのように、ごくりと息を飲みながら真新しいベッドの上へと腰を下ろせば、わずかにきしむ音を立てて、ふたりぶんの体重を載せたスプリングが揺れる。すっかり見知ったその感触に、否応なしに期待せずにいられない『この先』を想ったその瞬間のことだ。

 ――♪

 途端に空気をゆっくりと切り裂いていくのは、すっかり耳に慣れ親しんだ電子音の奏でるメロディで。

「……ごめん、佳乃(よしの)ちゃん」
「……だよな」
 着信音で出る前から誰なのかなんて知っているからこそ、余計に気まずさは加速するばかりだ。
「ちょっと出てくんね」
 ポケットから取り出したスマートフォンを手に寝室を後にする姿を、どこか手持ちぶさたな心地で黙ったままそっと見送る。
「ああうん、ごめんごめん。まだちょっとばたばたしてて。いちお片づいたよ。ラインしよって思ってたとこ。周? うん、元気だよ。いまねえ、シーツ敷いてた」
 漏れ聞こえてくる話しぶりに、どこか安堵感のようなものが滲む。いい関係なんだな、ほんとうに。そんなのとっくの昔に知っているつもりではいたけれど、こうして身を持って触れるそのたびに、実感めいたものは深まるばかりで。
 ―新しい部屋に引っ越しをするということと、新居の住所くらいは当然のこととして両親には伝えていた。すぐさま返された返答は至極無感動な「ああ、そう」の一言で、何の不満や疑問を挟む余地もないその答えに、どこか安堵したのは確かだ。
 ……そこに『同居人』がいることを伝えていないからこそ、それで済んでいるのは明白なのだけれど。

 産み育ててくれたことへの感謝こそ当然あれど、当然のごとく彼らは彼らで、周と忍とは別の人生を生きている他人だ。周と忍のことは、ふたりで責任をもって決める。そこに誰かへの譲歩や赦しがいるだなんて思わない。
 ――都合の悪いことに目をつぶって先延ばしにしているだけだろうと言われてしまえば、それまでではあるけれど。

 ぐちゃぐちゃと胸のうちをかき回す黒雲を追いやるようにぶん、と乱暴に頭を振るさなか、視界に飛び込んでくるのは、スマートフォンを手に、どこか困ったように、それでもうんとうれしそうに笑いながらこちらをじっと見つめてくれる同居人の姿だ。
「ごめんね、待たせちゃって。落ち着いたら佳乃ちゃんに連絡しよって思ってたとこだったんだけどさぁ、なんか明日でもいっかって思っちゃってて」
 答え終わるのと同時に、長押しをして電源を切ったスマートフォンを、ことんと音を立てるようにしながらサイドボードの上へと裏返しに置く。
「ねえ周、周はだいじょぶ?」
「おう」
 答えながら、追従するような動きでポケットから取り出し、電源ボタンを長押ししたそれを、隣り合わせに並べる。
「いちお聞いとくけど、明日ってなんにも用事ないよね? 目覚ましとかかけなくていいんだよね?」
 まだ真新しいスプリングの上へとすとんと腰を下ろし、上目遣いにこちらを見上げながら、囁くようなくちぶりで告げられるのはこんな一言だ。
「ゆっくりいっぱいしよ。ね、いいよね?」
 すり、と袖口をさする手つきを前にすれば、たちまちにあまやかな痺れに似た感触をぞわぞわとかき立てられてしまうのは仕方のないことで。
「……いいに決まってんだろ」
 ため息にもどこかよく似た生ぬるい吐息をはきだしながら、やわらかな髪をそっとなぞる。
 ここからまた始まる、新しいなにかが。そんな確信に揺らされるのを、心の底からおだやかに受け止めながら。


 真新しい寝床で目を覚ましてみれば、広くなったはずのベッドがなぜか相変わらず狭かった。
 ――犯人が誰なのかなんて、確かめずとも分かり切っていることではあるけれど。

 瞼を開いて確かめるよりも先に、携えられたぬくもりですぐにわかる。このおだやかさを間違えるはずなんて、あるわけもないから。
 パジャマ越しにそっと、こちらへと預けられた無防備なその身をさするようにしてやりながらゆっくりと瞼を押し開く。すぐさま視界に飛び込んでくるのは、すっかり見慣れてしまったうんと無防備な寝顔だ。
「……しのぶ、」
 寝起きのざらついた声でいつものように呼びかけてやれば、答える代わりみたいに身じろぎをしながら、すり、と肩のあたりに額を押しつけるいつもの仕草で答えられる。
「……あまね、おはよ」
 ぎゅうぎゅうと子どもみたいに身を寄せて抱きつきながら、甘くくすぶった吐息が胸の中で淡く溶かされていく。
「――いつのまに移動してたわけ、おまえ」
 どこかあきれた心地になりながら、周は尋ねる。
 たしかに昨日の晩、おやすみを言い合ったあとはそれぞれのベッドで眠りについたそのはずなのに。
「……言ったじゃん。俺、寝相わるいもん」
 まさぐるような手つきでそっと、かき分けた髪の隙間から姿を現した耳のふちをなぞりながら忍は言う。
「周、疲れてるかなって思ったけどさ。……休みじゃん、きょう。だからいっぱい周のこと、ひとりじめしよって思って」
 ざらついたように掠れてくすぶって―それでいて、如実にこちらを誘うように揺さぶりをかけてくるその口ぶりを前にすれば、あらがうことなど出来るはずもなくって。
「――最初っから言やいいだろ、そのくらい」
 ひとまずは、とばかりに、かき抱くようにした頭をさわさわとなぞり、ぬるい息をふきかけるようにする。
「……あさごはん、どうしよっか。冷蔵庫空だよね、まだ」
「なんか買いに行けばいいじゃん。ほら、近くにパン屋あったろ」
「じゃーいっしょに行く、ね?」
 うれしそうに答えながら、子どものように少し火照らせた身体をすり寄せられる。
「ついでに散歩とかしてさ、どっかいいとこあるか探そうよ。ね?」
 ここからはこの町が、ふたりの住む新しい居場所になるのだから。

 ここがゴールなんかじゃないことくらいはとっくの昔に知っている。きっとまだここは、これから乗り越えていかなければいけない無数の通過点の、そのうちのひとつにしか過ぎなくって――それでもいい、それでも構わない。
 たどりついたこの場所はこんなにもあたたかくて、こんなにもやさしいから。

「ねえ周?」
「ん、」

 確かめるように抱きしめあえば、互いに預け合ったおだやかなぬくもりはたちまちに胸のうちを照らし出し、やわらかに溶けていく。

 あたらしくたどり着いたこの場所からまたこうして、終わらない物語は続いていく。













 ゆっくりと意識が呼び覚まされていくのを感じたその時、瞼を開くよりも先に感じたのはちいさな違和感だった。
 あれ、どうして。
 ぱちぱち、と重い瞼を押し開くようにしてまばたきを繰り返したのち、すぐ目の前に映し出される探し求めていた存在を前に、心の底から安堵のため息をつく。
 よかった、ちゃんといてくれる。そうだった。

 快適な睡眠は日々の暮らしのための必要不可欠な要素であるべきで――そのためになら、一年三百六十五日の大半を過ごすことになる自宅のベッドを二台用意するのは当然のことだった。
 すぐに慣れてしまうのだろう、とは思うけれど――それでもやっぱり、こうして物理的な距離が離れてしまうのはちょっと心許ない。
 ぴったりとくっつけあったベッドの、パッドを埋めた境目のあたりを指先でするするとなぞり、身を乗り出す。いまは隙間なく重なり合っているこの距離が、いつか離れてしまう日がくるのだとしたら――パートナー同士の関係性に変化は付き物だなんてわかっていても、そんなこと考えるだけで空しくなる。

 変わらないものがあるだなんて思っていない、『変わる』ことが悪いことだなんてことも。
 いままでだってずっとそうやって繰り返してきては、いろんなものを手放してきた。そうやって前に進む中で、こうして一緒に生きていたいと思える唯一無二の相手に出会えた。

(あまね)

 寝返りを打った、そのタイミングにすぎないのだとしても――二台並べたベッドの境界ぎりぎりの場所で、こちらを向いて穏やかな寝息をたてて眠りにつくその姿を前に、言葉になんてならないいとおしさは満ちあふれていくばかりだった。

(周が寂しくないのがいちばんいいよって言ったよね。周、覚えてる? いまでもずっと変わんないよって言ったら、周は信じてくれる?)

 ゆるやかなリズムで吐息を吐き出す姿を前に、するりと髪をなぞる。恋人はいつだってほかの誰よりもかわいいけれど、安心しきってこうして安らかな寝顔を見せてくれるこの姿が世界でいちばんかわいいのを、忍だけが知っている。
 理由なんて探し求めるのもばかばかしいくらい、たぶん世界中の誰よりもいちばん周が好きだった。これからもずっとそうでいられたらいいのになんて、そんな愚かなことを願わずにいられないくらいに。


 起こさないように、起こさないように。
 慎重に布団を抜け出るようにして、するりとベッドを降りる。途端に肌身にしみ入る冷たさにぞくりと身を震わせるようにしながら、もうそんな季節になっていたことに、今更のように気づかされる。

 そろりと毛布を引き剥がすようにして、『半分空いた』ベッドの中に潜り込む。
 一人用のベッドは見知った通り、ふたりで肩を並べて眠るにはずいぶんと窮屈で、それでも、肩を寄せ合ってぬくもりを分かちあえる距離でこうして得られるやすらぎは何にも代え難いくらいに暖かい。
 もっと近くで触れあって身体ごと、心ごと溶かしあうすべがあることくらい知っているのに ――こんな風に肩を寄せ合って眠りにつくことのあたたかさを手放すことなんて出来ないのはなんでだろう。

 肌をつたって得られるぬくもりに身を任せるそのうち、とろとろと倦怠の波が押し寄せてくるのを感じる。
 目をさましたら、いったいどんな顔をするのだろうか。怒るのだろうか、呆れるのだろうか、それとも――
 それでも構わない。いつだって周は、忍のすべてを受け入れて赦してくれることを知っている。だって、こんなにも好きで大切なのは周だっていっしょだ。心からそう信じているから、もう何も怖くなんてない。

(起きたらちゃんと話すからね、だからね)

 すがるように手をのばしながら、ゆらりと眠りの底に落ちていく。夢の続きはきっと、目覚めてから続く世界で隣にいてくれるいちばん大切な相手が叶えてくれるから。









テキレボ4で出した無料配布本に加筆をしました。
朝チュンだったのでR18部分を書こうと思ったのですが、書くのに体力がいるのでひとまずは朝チュンで。またそのうちえっちなところ書きます。笑


この夜から4・5年後が「どこにも帰らない」なんですが、「今日寝床別な」=この子たちはその後もベッドは隣り合ったままなんです。
たぶんお互いに疲れてる時とか帰宅時間がばらばらの時はそれぞれのベッドで寝てるんだけど(境界線寄りで。笑)週末とかは一緒に寝てるんじゃないですかね。
風邪ひいた時とか具合の悪い時は予備のお布団敷いて別の部屋で寝ます。笑

ご拝読ありがとうございました。
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