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調弦、午前三時

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on the couch.

「ほどけない体温」周くんと忍の少しだけ特別な週末のお話。
ワンライ企画で書いたものをちょっとだけ修正しました。詳しくは後記で。







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「はい、じゃ今週もお疲れさま」
「おつかれー」
 いつの間にかお互いの定位置が定まっていたソファの両端に腰を下ろし、グラスをぶつけ合う。ボリュームを少し落としたテレビ画面の中では、一昔前にさんざん流行ったアクション映画がぼんやりと映し出されている。
 現実に引き戻されるから、ふたりでこうしてリラックスして過ごす間はニュース番組のたぐいをつけないことにしよう、というのは、いつの間にか決まっていたうんとささやかなローカルルールのひとつだ。

「ねえ周、これなんて料理なの」
「なんかその、ブルスケッタ? とかいうやつ。こないだ連れてってもらった店で出てきて。ニンニクとオリーブオイルならうちにもあんじゃんって思って」
 薄くスライスしてトーストしたガーリックフランスの上に角切りのトマトをチューブニンニクとオリーブオイル、塩をひとさじ加えてあえれば後はパセリをふりかけて出来上がり。
 生ハムと水菜のサラダ、トマトのブルスケッタ、それに、スーパーで買ったいつもより少しだけ高めのワイン。
 かけた手間も予算も簡素ではあるけれど、それでも少しだけ『特別』な晩酌の時間を演出してくれるものがここには揃っている。

 あのやけに照明にこだわっていた夜景の見える高層ビル三十五階のバーで出てきたブルスケッタにはもちろん粉末パセリではなく生のバジルがかかっていたし(彩りと風味付けならこれでも充分代用にはなるのでは、と周は思っている)、サラダにはこれまた高そうなモッツアレラチーズが添えられていた。ワインだって、さほど詳しくはない周でも名前くらいは見覚えのある銘柄の年代ものを特別に開けてくれたとうやうやしく説明を受けたことは、記憶に新しいままで。
 
 地上四階、築年数確か十数年、照明はといえば、賃貸アパート備え付けの白々と明るいムードなんてものにはいまひとつ欠けるLED照明。
『質』だけで比べてしまえば比べものにならない程度に、笑ってしまうほどに貧相なものではあるけれど、それでも、こうして住み慣れたいつもの部屋で、誰よりも隣にいてくれることに安らぎを感じられる相手とリラックスをして過ごすこんな時間は、地上三十五階の会員制バーにいくら大金を積んでも得られるはずなんてありやしない、特別な安らぎに満ちあふれている。
「アヒージョとかジェノベーゼとかさ、ああゆう発音しにくい名前のまんまで定着させんのってなんでだろね。オイルあえとかそゆのじゃだめなのかな、やっぱ」
 舌噛みそうじゃん、そゆの。部屋着姿のまま、相変わらず飽きもせずにぺらぺらと威勢良く喋りながら旺盛に箸をつけ、グラスを口元へ運ぶ同居人のその姿を前に、それでも心は否応なしにゆるまされる。

 数週間に一度、いつもよりも少しだけ銘柄にこだわって選んだ酒類ときちんと手作りしたつまみを用意してささやかな晩酌を繰り広げる――いつからか、『ふたり暮らし』の中で定まったルールのひとつがそれだ。
 必要最低限のそれなりに慎ましやかな暮らしの中の、うんと些細で、だからこそ少しだけ特別な『贅沢』。笑ってしまうほどのささやかなものではあるけれど、お互いが学生の身分だった頃に比べれば減る一方の共に過ごせる時間を思えば、そのくらいの演出は必要不可欠なものだ。

「そういや周さぁ」
 きし、と少しだけスプリングの軋む音を響かせ、傍らの相手は、どこかささやくような声ぶりで告げる言葉はこうだ。
「りょうちゃん家にさ、でっかい黒いソファあんじゃん。周知ってるよね?」
「ああ、あれ?」
 家呑みに誘われた時、誰がそこで真っ先に寝るのか争奪戦になると噂の。
「なんかねえ、さっすがに中のバネが壊れてきたらしくて買い換えよっかってアケミちゃん言い出したんだけど、りょうちゃんが中のコイル変えたらいいんじゃねって言い出したらしくてさぁ。あの人そゆとこ変に凝り性なんだよね」
「まぁらしいんじゃねえの。そこんとこ堅実っていうか、なんていうか」
「でもあれって元々粗大ゴミ置き場で拾ったやつなんだよね。なんかさぁ、もったいない精神もそこまで行くと芸風っていうか」
「へぇー」
 何度か目にした見覚えのある姿からは、そこまで使い込んだ様子は見えなかったのに。
 どこか得意げな様子で、忍は続ける。
「なんかね、知り合いに職人みたいな人がいて、革だけ張り替えていろいろ調整してもらったんだって。もういい加減寿命だと思うんだけどねー。なんかいったん自分でいろいろいじっちゃうと愛着わいちゃったらしくて、わかんなくもないんだけどさぁ」
「ああ、それで……」
「どしたの?」
 かすかに滲んで見えるゆらりと揺れるまなざしを前に、周は答える。
「いや、引っ越す時さ。業者とかいろいろ口聞いてもらったんだけど、なんか家具買い揃えんの勿体ねえだろ、いいとこ教えんぞって言われて――」
 良いところ、とはもしや、粗大ゴミの廃棄場のことだったのだろうか、なんて。
「ま、わかんなくもないけど」
「まぁねー?」
 笑いあいながら、かちりとグラスをぶつけ合う音を立てる。

 ふたり暮らしをはじめる時、最初に選んだのがこのソファだった。それほど潤沢に予算があるわけでもなく、選び抜かれた高級ブランドのメーカー品には遙かにほど遠いお粗末なものではあるけれど――『ふたり』で過ごす時間をいままでよりも少しだけ特別なものにしてくれるはずの、大切なくつろぎの場所になるものなのだから、そりゃあまぁ。

「中古ってどうなの、前の持ち主のなんかしらが篭ってそうじゃない? 幽霊とかでんじゃないのって俺は言ったんだけどさぁ、したらりょうちゃんなんて言ったと思う?」
「さぁ」
 首を傾げるこちらを前に、いつも通りのあの得意げな笑顔と共に、忍は答える。
「家族が増えてにぎやかでいいだろ、って。悪さするとは限んないんだし、仲間に入れてやればいいじゃんって」
「……プラス思考もそこまでいくと突き抜けてんな」
 さすがの忍の友人というか、なんというか。(周の友人でもあるのだけれど、まぁそこは)

 他愛もない言葉を掛け合いながら、いつものように笑いあう。アルコールの滑り落ちた喉の奥だけなんかじゃなくて、胸の奥までかすかに火照らされたようにおだやかなぬくもりにじわじわと浸されていくかのように感じているのはきっと、気のせいなんかじゃなくって。

 何もない週末、選び抜いたソファ、窮屈なスーツなんかじゃないいつもの部屋着姿、見慣れた窓の外の風景、そしてソファのもう片側には、誰よりもいちばん隣にいてほしい相手。
 いくら大金を積んだって得られない極上の時間は、確かにいまここに。








第38回一次創作BL版深夜の真剣一本勝負に参加させて頂いたものです。
お題『ソファ』
ワンライ企画は初めてだったんですが、戸惑いつつも楽しかったです。

周くんと忍がふたりで住む為にお引越しした部屋にはくつろぎの時間を過ごせるふたりがけのソファがあります。
周くんはサラリーマンだからお付き合いで色んなお店に行く機会も増えるんだろうけど、やっぱり家呑みがいちばんに決まってるよね。


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