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調弦、午前三時

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コーヒーアンドシガレット

叔父さんに憧れる高校生の甥っ子のお話
第48回一次創作BL版深夜の60分真剣一本勝負 お題:「今に見ていろ」

に寄せて書いたのですが、大幅オーバーしたのでこっそり供養します。

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 待ち人はいつも、気配を忍ばせるかのように唐突にやってくる。


「おいこら未成年、補導されてえのか」
 髑髏の指輪を填めた節くれた長い指先が、ひょいと、口にくわえた白い筒を奪い取る。
「あ、遊さん」
「あ、遊さんじゃねえぞこのやろう、のんきにしやがって」
 トレードマークとなった薄い色のサングラスの下でこちらをにらみつけながら奪い取った白く細い筒をくわえた叔父は、その正体に気づいた途端、おおげさな呆れ笑いを返してみせる。
「大人をだますんじゃねえぞこのやろう」
「だまされてんのは遊さんじゃん」
 紺のモッズコートのポケットの中でくしゃくしゃになった箱を取り出し、あざやかに奪われた『白い筒』を手にしながら俺は答える。ぺりぺり、と紙を剥がしたそこから現れるのは、口の中で儚くとけるチョコレートだ。
「待ち合わせの途中で一服したいのは高校生だって同じだってば、遊さんだってどこ行っても毎回喫煙所の場所チェックから始めんじゃん」
「紛らわしいことしたらどうなんのか、自分の身をちっとは案じろって言ってんだよおれは」
「まーいんじゃないの、人生経験のひとつってことで」
「……そんな生意気言う子に育てたおぼえはないぞー」
「育てられたおぼえもないぞー」
 こだまのように答えながら、無精ひげをたくわえた唇にするすると飲み込まれてちいさくなっていくシガレットチョコレートの姿をぼんやりと眺める。

 遊さんは母の四つ下の弟で、俺の叔父にあたる人だ。世間一般で言う「叔父さん」のイメージがどんなものかなんて知ったこっちゃないけれど(おそらく日本一有名な叔父さん、「男はつらいよ」の車寅次郎がかなり特例であることくらいは知っている)どことなく「叔父さん」らしくないたたずまいを滲ませている彼のことを、俺は物心のついた幼稚園のころからもうずうっと叔父さんと呼んだことはない。

「ていうか青少年、きょうはどうした」
 すっかり紅葉も終わりに差し掛かり、朽ちかけた枯れ葉のぷかぷか浮かぶ緑に淀んだ池の水面を眺める見知った男を前に、俺は答える。
「理由がなくちゃ呼び出しちゃだめなの? 遊さんと俺の仲なのに水臭いね」
「つきあってるみたいな言い方すんなよまぎらわしい」
 ぺしゃ、と唾液でふにゃふにゃになった包み紙を掌に吐き出す姿を横目に、わざとらしいほどの白々しいくちぶりで返答をこぼす。
「え、俺たちつきあってなかったの? ちょ、遊さんってばもしかして若年性痴呆症? 俺のことわかるよね?」
「日縣育くん十六歳高校一年生お母さんは日縣美菜代さん俺の姉ちゃん旧姓は西郡はいこれで十分ですか」
 息継ぎもせずにまくし立てる言葉を前に、手袋のぶあつい布地に吸収されてしまいながらも懸命に拍手で応える。
「あーよかったよかったぁ。さっきから遊さん俺の名前呼ばないしさぁ、忘れてんのかなってちょっと焦ったよね」
「なんだよいじけてんのかよ、訳わかんねえなおまえ」
 けらけらと笑いながら、かじかんですっかり冷たくなった掌が遠慮などない様子でくしゃりと髪をかき回すのに身を任せる。
「じゃあそういうことにしといてあげる。ね」
「素直じゃねえなてめえは」
 見上げた横顔がかすかに笑っている。そんな単純なことが、だからこそむしょうにうれしい。


「遊さんはこうさぁ、俺の十得ナイフみたいな」
「もっとましな言い方ないのかよ」
 あきれながら、それでもうれしそうに笑い声をあげて膝に抱えた俺の全身をくすぐってあやしてくれたのは、果たしていくつの時だったろうか。
 幼稚園生のころ、父親の仕事の都合で生まれ育った町(とは言っても記憶にはさっぱり残っていないのだけれど)を離れ、祖父の持ち家だという一軒家に引っ越して以来、これまた同じく祖父の所有しているという裏のアパートに一人暮らしをしているという叔父は俺にとっての最初の「おとなのともだち」になった。
 その関係は初めての出会いから十年近くの歳月が流れ、とうの昔に遊さんがあのアパートを出た後もほそぼそととぎれることなく続いている。(尚、あまり関係ない話かとは思うけれど、その後遊さんが「若かりし青春の日々」を過ごしたアパートはかねてからの老朽化に伴い取り壊され、いまでは立体駐車場となっている)
 共働きで忙しくしていた両親に代わって宿題の手伝いから塾の送迎、ちょっとした悩み相談や夏休みの天体観測の付添い、はたまたエロ本の隠し場所まで提供してくれた遊さんはいまや俺の成長を両親よりもよっぽど知ってくれている相手と言ってもおおげさではない。


「まぁさ、なんかちょっと遊さんの顔見たくなったんだよね。ほら、忘れちゃうとかわいそうじゃん。グラサン変えてなかったんでかろうじてセーフだけどさぁ」
「変えねえっつってんだろ、気に入ってんだから」
 サングラスの下で、薄い色をした瞳を眇めてみせるその姿を前に、わずかにちくりと胸が軋む。
 遊さんがサングラスをかけるようになったのは忘れもしない五年前、俺が小学五年のくそがきだった頃に遡る。
 あきれるほどにありふれた――勿論、あるべきではない話ではあるのだけれど――カーブを曲がりきれずにこちらへとぶつかってきたミニバンとの衝突により、俺と遊さんを乗せた車がガードレールに直撃した事故が原因だ。
 あいにくシートベルトの正しい着用とエアバッグの仕事ぶりのおかげで大事に至らずには済んだのだが、ガラスの破片が運悪く角膜に刺さってしまうという一大事故に至ったことにより、遊さんは片目の視力を失う羽目になっていた。
「隻眼っていうんだぞ、こういうの。かっこいいだろう?」
 タブレットの画面に現れる片目を眼帯で覆って決めポーズでこちらを睨みつけるイケメンたちの写真を見せながら強気に笑ってみせる叔父の姿を前に、ひきつれた唇でいっしょうけんめいにぎこちなく笑顔を作って応えようとした少年期の記憶はもちろん、色あせるはずなんてあるわけもなくて。
「いいか育、責任なんて感じんじゃねえぞ。人生なにが起こるかなんてわかんねえんだ、俺は生き残った、おまえも生き残った、それ以上でも以下でもねえ。以上!」
「でも遊さんは――、」
「いいからいいから、んなこと気にしてどうすんだ。おまえにはおまえの人生があんだろ?」
 ふたつ並んだベッドの片側、カーテン越しに差す光にくるまれるようにして、くしゃくしゃの笑みがやわらかに溶かされていく。
「ほいじゃあちょっくら光合成してくっかなーっと」
 壁際に立てかけた松葉杖を手慣れた様子で引き寄せながらそろりとベッドをぬけだそうとする姿を前に、思わず顔をしかめる。
「ちょっと遊さん、そろそろ回診の時間だよ。忘れたの?」
「トイレっていっておきゃいいだろんなの」
 洋服掛けにつるしたMA1をパジャマの上に羽織り、ポケットの中から手慣れた様子でくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出す。
「あー、もうこんだけじゃん。おまえさぁ、姉ちゃん来たら煙草の差し入れお願いしといて。てかLINEかなんかで言っといてくれたらいっか」
「遊さんが頼めばよくない?」
「そこはなぁ、かわいい息子っちに頼まれたほうがまだお母さんはりきっちゃうんだよ」
「俺、煙草吸えないんだけど」
「ああそっかぁ、じゃあこの際シガレットココアに鞍替えすっかなぁ」
 すこし薄い色の焦点のぶれたまなざしでこちらを捕らえながら屈託なく笑いかけてみせる姿を前に、どこかやるせないような気持ちに襲われたことをまるで昨日のことのようにありありと思い返せるのがなんだかおかしな話なのだけれど。


 あれから五年経っても遊さんの煙草はシガレットココアに鞍替えされることなどなく(なんだか読めない銘柄の外国のものを吸っている)、遊さんの職業はフリーランスのデザイナーから、知人の事務所に籍を置いての「クリエイティブディレクター」とやらにマイナーチェンジした。
 あの時から着ているMA1ジャンパーは毎年冬になるたびに出番をあらわし、無精をして携帯灰皿をたびたび忘れる遊さんがポケットに直接吸い殻を押し込むせいですっかり煙草のにおいが染み着いている。


「口んなかあまったりぃな……」
 苦虫を噛み潰すようにしたままわざとらしくぼやく姿を横目に、深めのポケットから取り出した缶コーヒーを俺は取り出す。
「ほら、そういうと思ったから。カイロと一緒に入れてたからまだあったかいよ」
「なんだよ用意いいな、どしたこれ」
「さっきあたりが出て二本もらった、遊さんが来るまえ」
「いまどきまだあんのか、あたりくじ自販機なんて」
「あるんだよ」
 ぐい、と押しつけながら答えれば、決まりの悪そうなくしゃくしゃの笑い顔が返される。
 にしたって悪い顔するなよ、相変わらず。(これは褒め言葉だ、念のため言っておくけれど)

 遊さんの言うところの「責任」だとか、はたまた「運命共同体」だなんて――そんな言い方がばかばかしいことくらい、俺にはわかっている。だとしても。

・天文学的な確率の下で俺と遊さんは共に交通事故に遭った
・腿に小さく痕の残った俺に比べ、遊さんは左目から光を失った
・俺は遊さんのことが両親や先生やクラスのやつらやほかの誰よりも好きだった

 こればかりは、揺るぎない事実なわけで。

 ちびちびとぬるくなった缶に口をつける叔父を前に、俺は答える。
「遊さんさぁ、俺ブラックコーヒー飲めるようになったんだよ」
「へえ、生意気な」
「あとさぁ、前に遊さんに会ったのって夏前だったじゃん? あん時から身長六センチ伸びてんのね」
「なるほどそれで胴が」
「ちげーよ、よく見ろよ。ちゃんとスラックスの丈足りなくなって作り直したっつうの」
 わざとらしく肘でつんと小突いてやれば、大げさに顔をしかめて見せてくれるのは昔からずうっと変わらない。
「でさぁ、冬休み入ったらバイトしよって思ってて。年賀状の仕分け。したらさぁ、ちょっと給料ももらえるしね」
 前々から心に決めていた名案を、わざとらしくもったいつけるように俺は切り出す。
「遊さんに新しいサングラス買ってもいいよね。夏にバイトした時の金取ってあるしさ、そろそろいいの買え」
「ばかやろう」
 つん、と大げさに小突きながら、サングラスの下でこちらを睨みつけるしかめっつらが投げかけられる。
「そういうのはデート資金か親に肉でもおごってやる金にとっておけって習わなかったのかよ」
「デートの相手なんて遊さんしかいないんだけど」
「寂しい青春だなおい」
「寂しいって決めつける遊さんの感性が俺には寂しいね」
 ピュウ、と口笛を吹いて冷やかすようなそぶりで答えれば、ぎこちなく目を逸らしてみせられることで、言葉以上の揺るがない答えが示される。

 
 誰よりも遊さんが好きだった
 遊さんみたいになりたかった
 遊さんの片目を奪うきっかけになった自分が許せなかった
 それでも遊さんの側にいることを許してほしかった

 この気持ちを示す言葉なんて、教科書と赤本をいくら引いたって出てくるわけあるはずもなくって。

 視界の先では、淀んだ池の上をすいすいと旋回する鳥たちのいやに間延びした声が響きわたる。
「遊さんいいけどさ、あれって白鳥? あひる?」
 指をさして尋ねてみれば、いつもどおりの至極淡々とした口ぶりで返される言葉はこうだ。
「白鷺じゃねえの、知らんけど。おまえあかんぼのころあひるちゃんまたがってたろ、あんなデザインしてたか?」
「そんなこと昔のこと覚えてるわけないじゃん、遊さんじゃあるまいし」
 軽口混じりに答えながら、ああそんなことまで覚えられているのか、とあたりまえのことをいまさらのように思う。
「しっかしま、ガキってのは神秘のイキモンだな。あひるちゃんにまたがってたあれがこれだろ。もう俺の身長抜くんじゃねえのおまえ?」
「父さんの家系はみんな一八〇近いしね」
 いっそ一九〇くらいになれやしないかと思いながら小魚アーモンドを常用しているのは、ここだけの話。
「遊さんよりもでっかくなったらどうする?」
「びびんだろそりゃ、ていうかんなでっかくなりてえのかよ」
「決まってんじゃんそりゃ」
 見違えるほどたくましくなって遊さんを驚かせてやる、というのが物心ついたころからの夢なのだから。
「で、遊さんのことお姫様抱っこすんの。かっこよくない?」
「おっさんになに夢見させるようなこと言ってんだよ……」
 あきれながら缶を傾ける姿を、目をこらすようにしてじいっと睨みつける。

 遊さんの真似をしたくて、野球帽を買ってもらった。遊さんの真似をしたくて、シガレットチョコをくわえてポーズをとった。遊さんの真似をしたくて、苦手だったコーヒーを飲めるようにがんばった。
 追いつくように背伸びを繰り返してここまで着てしまえばあとは、ひょいと軽々追い越して掌の上へと乗せてやる、ただそれだけだ。

「遊さんびびってんでしょ、ね?」
「びびったら悪ぃかよ、不惑の年なんてとっくに過ぎようがいっくらで惑うんだよ」
「なるほどねえ」
 かわいいねえ、というのはせめてもの良心にくるんで口に出さないことにして、白鷺(遊さん判定)のほうへとちらりと視線を落とす。
 間近でみる遊さんの口元にはもうすっかり白いものが混じっていて、それはそれでなにかしらのハーモニーのようで悪くない。
 そのうちあんな風に綺麗に真っ白になるのかな、それはそれできっと綺麗でかっこいいはずだ、だって遊さんだし。

「どしたおまえ、いっちょまえに遠い目しやがって」
 薄い色の瞳でぎろりとこちらを横目に睨みつける姿を前に、得意げに口の端を持ち上げるようにして笑いかけながら俺は答える。
「いや、遊さんの未来像かなって思って」
「あんな神々しいわけねえだろ、買いかぶりすぎなんだよ」
 指さした先を見やりながら、呆れたように――それでも、どこかまんざらでもなさげに笑ってみせる姿を前に、心はにぶく軋みながらもゆらゆらとぎこちなく揺れる。

 共白髪になるまでってのはプロポーズの決まり文句なんだっけ。俺たち両方が両方白髪になるのはいつ頃だろう。そんな未来が遊さんと共にあればと願う気持ちは勝手にあるのだけれど、果たして隣にいる相手はどうなのかなんて――ま、願っても仕方ないか。

「長生きしようよね、お互いに」
 ひとりごとめいた投げやりな響きで俺は答える。傍らの相手はと言えば、くわえた缶とサングラスの二重の効果があいまったせいで表情を読みとらせてくれないのがなんとも悔しくあるのだけれど。

 まあこればっかりは、慌てず騒がず、焦らずに。
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