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調弦、午前三時

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Communication?

忍と春馬くんのぎこちない友情と距離感のお話



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 人によって最快適のあり方が違うだなんてことは、至極当然なことだ。 それらをたどりあう時間のもどかしさすらもいとおしく思えるのは幸福なことなのだろうと、このところよく考えるのだけれど。



「――そんでさぁ、」
 何の気なしに差しのばした指先が、交差しあうかのようにボトルの上でわずかにぶつかり合う。時間にしてみればほんの一瞬の、わずかなひととき。
「あ、ごめん。お先どうぞ」
 ひと足先にするりと退くようにしながら笑いかけてくれる姿に、引き寄せられるかのように気持ちはゆるむ。
 そうそう、こういう子だったよな。知ってるけど。
「いいからさ、貸してよ。入れるし」
「じゃあま、お言葉にあまえて」
 色違いで出された鮮やかな赤の切り子グラスになみなみと日本酒を継ぎ足しながら、ほんのわずかに触れてすぐに剥がされていったばかりの、すこし節くれた指先をじっと眺める。


 友達の友達(こちらとしては直通ルートでの『友達』としてカウントしたいつもりではあるけれど、いくらかばかり警戒されているようなのは確かなので)とのどこかもどかしくすら感じるこの距離は、目のまえにいてくれる相手がいつの間にか『彼氏の友達』になっていたころから、すこしずつ変化のきざしを見せ始めてくれている。
「春馬くんってさぁ」
 ごぼうの唐揚げをつまむなめらかな指先へと視線を落としながら、忍は尋ねる。
「割と気にする方? さっきみたいなの」
「……あぁー、」
 合点が言った、とでも言いたげに、すこし油で汚れた指先をやや乱暴におしぼりで拭う姿をぼんやりと眺める。
「瀧谷くんは?」
「や、別にね。俺は全然いんだけど。春馬くんってそゆとこあるよね。うまく避けるのが得意っていうの」
「ごめん、」
 かすかに揺らいで見えたまなざしの奥に滲む曇りを打ち消すように、いつも通りに強気に笑いかけるようにしながら忍は答える。
「子どもの頃ってさ、なにかとふたり組になって手を繋いでーって言われんのってふつうじゃん。いつぐらいから特別になっちゃうんだろうね、そゆの」
 手を握ったり、指先に触れたり。なんのためらいもいらなかったはずのそんなことが難なく出来る相手なんて、「大人」だなんて言われる年になってしまったいまとなっては恋人くらいしかいない。
「女の子ってその辺割と平気だよね。道の真ん中でわーって抱き合ったりとか、街中で手繋いでたりとかするじゃん」
「あぁ、」
 苦笑い混じりにかすかなため息をついて見せる姿を前に、忍は続ける。
「人にもよんだろうけどね。やっぱさ、おたがいやらかいと触りたくなんのかな、わかんなくもないけど」
 人目を気にせずにいられるのが正直言ってうらやましいだなんてことは、ひとまずはここでは飲み込むほかないのだけれど。
「でもさぁ」
 少し赤くなった目尻をかすかににじませるようにしながら、目の前の彼は続ける。
「女の子同士なら平気でしょーっていっちゃうのもね、のちのち喧嘩になったりするみたいだよ。まぁそりゃそうだよね、何でも見極めが肝心っていうか」 
「彼女?」
「……まぁ、」
 照れたようにまなじりを下げて答えてみせる姿を、素直に心地よいとそう感じる。


 ゼロ距離のその先を飛び越えてしまいたいと思える相手だなんて、そういないのがあたりまえで、それこそがきっと正解だ。
 境目にあるものを揺らがし、溶かしあうようにしてでもそばにいたいと思い合える相手に出会えることは、だからこそこんなにもいとおしい。
「伏姫はさぁ、」
 小鉢に入ったキュウリと梅肉の和え物をぽりぽりと音を立てて咀嚼するかたわら、忍は答える。
「あんまさ、そゆの得意じゃないじゃん。やっぱわかんだよね、見てると。じいってこっちの動線確認してる感じしてさ、かち合わないように意識してんの。さっきみたいな感じでちょっと手でも伸ばそうってしたらシュッってタイミングよく引っ込めんのね。なんかこう間が悪そうな顔しててさ。別にいいのにね、そんなの。まぁさ、そゆとこもかわいんだけど」
 ぎこちなさが服をきて歩いているというのか、なんというのか。
 それでもいまでは幾分かはやわらかくなったはずの態度をありありと思い出すようにしながら瞳を細めるようにしながら答えてみせれば、自分なんかよりもずっと昔から彼を知っているはずの相手から返されるのは、どこか感慨に満ちた響きのこんな答えだ。
「……良く見てんね」
「そっかなぁー?」
 打ち消すようにあっけらかんと明るく答えて見せても、どこかこわばったような面もちの態度は崩せないままだ。
 こういうところなんだろうな、きっと。こちらとしてさほど悪い気分でもないし、別に気にはならないのだけれど。
「周もねぇ、」
 打ち消すように明るく笑いながら、ひとたび恋人の名前を出せば、わずかに張りつめた緊張の糸はかすかにゆるむ。
 ああよかった、どうやらこれは「正解」らしい。気づかれないようにちいさくそっと息をつくようにしながら、先へと続く言葉を導き出す。
「あんましわかりづらいけど、そゆとこあって。別に平気っぽい顔してるし、実際そうなんだろうけどね。自分からは行かないんだよ、いっつも。なんかさ、どことなくだけど気まずそうにしてて」
 きつく閉ざされた掌とは裏腹の、にぶく突き刺すようにこちらを捕らえるまなざしの熱のやけつくような感触はいつだっていやにアンバランスで、目をそらさせようとはしない、不可思議な引力のようなものに満ちていて。 
「なのにさぁ、俺が見てない時には俺のことなんかやけにじいって見てて、いざ気がつくとすっごい気まずそうに目ぇそらすの。虫眼鏡で太陽の明かり集めて紙燃やす実験って小学校の時したじゃん、ああいう感じね。何なんだろもう、ほんとかわいいなぁって思って」
 しらじらと冷たいまなざしの奥にいつしか、くすぶるような熱のありかを見つけたから――それがきっと、すべてのはじまりだった。
「ごめんねなんか、ただの自慢になっちゃった」
 ぎこちなく笑いながら取り繕うように答えれば、覆いかぶせるように投げかけられる返答はこうだ。
「いいよそんなの、いまさらじゃん」
 やわらかないつくしみだけを溶かしたまなざしに包まれるような心地を味わえば、たちまちに膨らんだ想いは滲んであふれ出していくばかりで。
「もどんだけどね、話」
 ふかぶかと息を吸い込むようにした後、忍は続ける。
「伏姫がさ、最近なんか優しいんだよね。こないだもね、いろいろ聞いてくれたあと、すっごいこわごわだけど、俺の背中さすってくれて。あんましぎこちないからなんだろって思ったんだけどああそっか、励ましてくれてるつもりなんだってすぐに気づいて」
「――あいつが」
「びっくりした?」
 驚きを隠せない表情をまえに、得意げに笑って答えてみせる。 
「いい子だよね、ほんと。でもさぁ、やっぱ一筋縄じゃいかないよなって感じで。聞いたんだよね、伏姫って案外俺のこと好きでしょ? って、したらさ、なんて答えたって思う?」
「なんだろ」
 促されるような優しい言葉に導かれるまま、ぽつりと言葉を吐き出す。
「絶対好きになんてならないって」
「言いそう」
「でしょー?」
 笑いかけながら、あたたかな橙の照明に照らされ、少し透けたやわらかそうな前髪をじいっと見つめる。
「春馬くんはさ、」
 ぬるい吐息を吐き出すようにしながら、ぽつりと尋ねる。
「時々さ、なんていうか、保護者っぽいよね」
「……そうかな」
 途端に返される気まずそうな笑顔に、打ち消すように明るく笑いかけながら忍は続ける。
「いい関係じゃん。なんかわかるもん、春馬くんにだけ預けてることがたくさんあるんだなって感じ?」
「いろいろあったから、まぁ」
 困ったように俯いたままぼそりと紡がれる本音を前に、どこかうわずった感情がゆっくりと心を覆っていくのを感じる。
 その「いろいろ」に関して、もう片方の当事者の側から一部始終を聞いてしまっていることに関しては――言えるわけなんてないけれど、当然のことながら。
「あたりまえのことなんだろうけどさ」
 ふっと軽やかに息を吐き、忍は答える。
「運命とか縁とかそういうのってさ、たったひとりとだけつながってるわけじゃないじゃん。それぞれの役割みたいなのはどれもみんな違って、どれもみんな大事で。どれか一個でも欠けたらその人じゃなくなっちゃうじゃん。俺は伏姫のこと好きだけどさ、それってきっと、春馬くんと知り合った伏姫だから好きなんだと思うよ」
「――ありがと」
 照れたように俯いたままぼそりと遠慮がちに答えるその姿を、素直にかわいいとそう感じる。もちろんまぁ、やましい気持ちなんてひとかけらもないままに。







「ほんっといい子だよねえ、春馬くんは」
 帰り着くなり、満面の笑みと共に告げる第一声がそれだ。
「ほんとはさぁ、周のこと取んないでよってピシって言うつもりだったんだよね。でもさ、喋ってるとなんかすっごいいい子だからそんなこと言う気なくなっちゃった。むしろ春馬くんならぜんぜんいいかも。ゆるしちゃう」
「おまえなぁ……、」
 どこか複雑そうに笑いかける「彼氏」の、まだ少し濡れたままの頭をくしゃくしゃに掌でかき回すようにしながら続けざまに放つのはこんな一言だ。
「優しいんだよね、あの子は。ちゃんと相手のこと見て、踏み込みすぎないようにって一呼吸おいてブレーキがかけられるんだよね。でもさ、いっつもそうじゃだめだっていうのもちゃんとわかってるんだよ。伏姫がね、前に言ってたんだよ。春馬はばかみたいに優しいから時々いらいらするって。なんだよそれ、ひどくね? って正直思ったよ。でもさ、そん時ほんとに悲しそうな顔してて。そゆとこが好きなんだろうね、きっと」
 
 傷つけずにいたい。ゆるしあいたい。
 その両方を満たしあうための優しい「距離」の取り方を、あの子はいつだって真摯に探し求めることをやまない。

「周が春馬くんのこと好きなのもわかるなぁって感じ? ていうかまぁ、あの子のこと嫌いな人ってそういないよね、ぜったい」
「わかるけど」
 言葉少なに告げられる台詞に、お得意のうんと強気な笑顔を覆いかぶせるようにする。

 ほんとうは、ずっと前から気づいていた。言葉を交わしあうさなかで時折ぎこちなくそらされるまなざしに、力なく薄れる言葉に、遠慮がちに引き戻される指先に――その、ひとつひとつに。
 顔を合わせるその都度、どこか身構えるようなそぶりを見せられていたこと、それに気づかれないようにと、おだやかな「よそ行き」の笑顔で笑いかけてくれたことくらいは。
 ゆるやかに魔法が溶かされていくかのように、ほんの少しずつそんなぎこちなさがほどけつつあることだってとうの昔に気づいている。
『友達の友達』だった彼との間に、新たにふたりを繋げてくれるピースになってくれる存在が現れて以来だ。
 大切な人が増えていくこと、その存在をほかの誰かにも知ってもらえることは、こんなにもうれしい。

「あんましあまえんなよ、春馬くんに」
 隣り合って座ったまま、すこしだけこわばった指先をぎゅっとこちらのそれに絡ませるようにしながら恋人は言う。
「周が言うかなぁそれ?」
「俺が言わなくて誰が言うんだよ?」
「まぁー?」
 くすくすと優しく笑いあいながら、絡め合った指先にわずかに力を込める。


 誰かが誰かを好きでいること。
 大切な相手を、自分には出来ない力で支えてくれる相手がいること。
 そのひとつひとつをいとおしく思えること。

 距離の取り方もそこにある愛情も――みんな違って、どれひとつだって欠けてはいけない大切なもので。だからこそ、こんなにもやさしくて、こんなにもあたたかい。

「春馬くんとさ、もっと仲良くなれたらなーってのはずうっと思ってたんだよね。まぁ俺は俺なんだし、仕方ないよねって思ってたとこはあんだけどね。きっとさ、周のおかげだよ」
 周を大事にしてくれてほんとうにありがとう。ずっと伝えたかった大切な言葉を告げた途端に返されたのは、心ごとあふれ出しそうなほどのひどく照れくさそうな、それでいてなによりもの穏やかさに満ちあふれた笑顔で。
「友達増えちゃった、周のおかげで」
「……こっちのセリフだろ、そんなの」
 照れ隠しのように笑うまなざしをじいっと見つめながら、ゆらりと押し寄せるいとおしさの波に身をゆだねるように、やさしく身を寄せ合う。
「やきもち焼かないでね。俺もちゃんと、我慢するから」
「なに言ってんだよ」
 笑いあいながら猫みたいに額をすり寄せれば、いつもそうするように、無骨な掌はくしゃくしゃとやわらかに忍の後ろ頭をなぞる。
 ほら、こんなにもそばに居られる。こんなにも近づきたいと思える。

「大好きだよ、周」
 ひそやかなささやき声は、重ね合う吐息の中で淡く溶ける。




春馬くんと忍はお互いの距離感の取り方に戸惑っている、というか春馬くんがどことなく忍を警戒しているところはあるよね…というのを前々から思っていて書きたかったお話でした。

忍の言っている海吏が励ましてくれた時のお話はこちら
春馬くんと海吏のあれやこれや、海吏と忍の出会いに関しては「My shooting star」で書いたのでそちらも合わせて読んで頂けると嬉しいです。


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