「ジェミニとほうき星」海吏とマーティン
第一回あまぶんで発行した同人誌「おやすみを言うまえに」からの再録です。
※「あたらしい朝」のアフターエピソードです。
一度気づいてしまえば、気づかないふりをしていられた頃にはもう戻れない。それはきっと、当事者である彼自身の方がずっと強く、深く感じているはずのことで。
読みかけていた本をぱたんと閉じたところで、タイミングを見計らったかのように、隣り合って座ったソファの片側からとんとん、とひどく遠慮がちな手つきで数度、パジャマ越しに腕をさすられる。
「……どうしたの?」
かすかに潤んだかのように見える瞳でじいっとこちらを見つめながら、恋人は尋ねる。
「あのね、マーティン。明日の朝、早い?」
「特に用事はないけれど……どこか行きたいところでもあったの?」
うつむいた姿勢のまま、遠慮がちにふるふると、かぶりを振りながらぎこちなく震わされた声が紡ぐのは、こんなひとことだ。
「あのね……君がやじゃなかったら、少しでいいから。さわりたいなって、そう思って」
「カイ……」
すっかり慣れてしまった、あんまりにも遠慮がちで不器用な誘惑に、心は否応なしに音も立てずに震わされてしまう。
「いやだなんて言うと思った?」
ぎこちなく震わされた掌の上に、自らのそれをふわりと重ね合わせるようにしながら僕は答える。
「君の好きにしていいから、ね? その代わり僕もすこしだけ、いい?」
重ね合わせた指先に込めた力をすこしだけ弱めるようにすれば、僅かに潤まされたように見えるまなざしの奥に宿る光が淡く滲むのがこちらへと伝えられる。
ひりひりとするほどの痛みの余韻をはらんだその熱を目の当たりにすれば、言葉にすることなんて出来ないいとおしさが途端に溶けだしていく。
「マーティン……、」
ぎこちなく震わされた指先が、髪や首筋に触れる。すこしだけ冷たくて、なめらかで――輪郭をおぼろげに辿っていくかのようなそんな手つきに身を任せることによって、まるで見えない心のふちを辿られているかのような心地よさにじわじわと心ごと包み込まれていくのを抑えきれない。
髪の隙間から露わにされた耳のふちに触れる時、どこかためらいを隠せない様子で指先を震わせるその仕草に、ぎゅっと心臓ごと絞られたみたいな心地に襲われてしまう。
「……どうしたの?」
遠慮がちに、はらりと額にはりついた前髪を掬うようにすれば、ぎこちなく返されるのはこんな言葉だ。
「耳……触ると、くすぐったいよね」
「あのね」
くすくすと笑いながら、僕は答える。
「くすぐったい場所はね、気持ちいい場所なんだよ」
はらり、と耳にかかった髪を掬い、真っ赤に火照らされたそれをじいっと見つめながら僕は言う。
「君になら気持ちよくしてもらいたいから、遠慮しないでたくさん触ってよ。ね?」
「……マーティン」
おぼつかない言葉と引き替えのように、しなやかな指先がゆるゆると耳のふちを辿るようになぞっていく。やわらかな場所をくすぐるように触れられるのはひどく官能的で、子どものじゃれるようなぎこちない仕草とは裏腹に、淡くくすぶった胸の内側に潜んだ熱を高まらせていくことを止めてはくれない。
「僕もすこしだけ、いい?」
こくん、と頷いてくれる姿に誘われるままに指先を伸ばし、ゆるゆるとやわらかな場所に触れる。こらえきれずにそっと唇を寄せ、吐息をふきかけるようにすれば、あまい痺れにふるふると頼りなく身体を震わせる姿に、息が詰まるような心地を味わう。
「……ごめんね、怖かった?」
離れようとすれば、裏腹に捕らえるようにぎゅうっと抱き寄せられる、それでも、触れあった肩や、差し伸ばされた指先はぎこちなく震えている。
「――どきどきしただけだよ。君のことが好きだからだよ」
滲んで震えた声が告げる言葉に、息苦しくなるほどのいとおしさが溢れだしていく。
「僕だってそうだよ、わかるよね?」
こくんと頷いてくれるその仕草を確認したのち、すっかり火照った耳のふちに僅かに触れるだけの口づけを数度繰り返し落とし、僕は答える。
「大好きだよ。君のこと、ほんとうに大好きだよ。だから、好きにしていいよ。 僕のことなら、もっとどきどきさせてくれていいよ」
潤ませた瞳でじいっと見つめ合い、言葉を交わして確かめ合うことの代わりのように数度、触れるだけの口づけを落とす。
まるで幼い子どもに戻ったみたいにぎこちなく、壊れ物に触れるみたいに。こんなにも大切だと、こんなにも思い合えるのだと、確かめ合うみたいに。
「――カイ」
ついばむような数度の口づけを繰り返し、火照った頬をぎゅうっと両掌で挟みこむようにしてじっと見つめ合う。潤まされた瞳は、愛情とくすぶった熱の余韻を綺麗に溶かし合った色を宿していて、ぐらぐらと心をかき混ぜてくれるような心地を味合わせてくれる。
こんなにもかわいい。こんなにもいとおしくてたまらない。こんなにもどうしようもなく誰かをほしいと思えるなんて、ずっと知らなかった。
「怖くない? 平気?」
「うん」
「じゃあ、キスしてもいい?」
「……したい」
誘われるままに顔を近づけて、今度はうんと深く、息苦しくなるまできつく唇を重ね合わせて、舌を絡め合うようにしながら吐息を呑み込みあうような深い口づけを落とす。
「ンっ――ふっ、んッ」
鼻腔から洩らされる濡れた吐息に、火照らされた胸の奥がよりいっそうあまやかな息苦しさを加速させていく。
引き剥がすべきかと戸惑っていれば、指先がぐっときつく、たぐり寄せるような動きで髪をなぞりあげ、吸い上げる舌の強さはより深まる。
こんなにも熱くてやわらかくて、心地よくてたまらない。それなのに少しも溶けたり、滲んで消えたりなんてしない。こうすればするほど互いを隔てた境界のありかも、そこに存在するもどかしいほどの息苦しさも加速することを止めないのはなぜだろう。
身体の芯がぐっと熱くなるのを感じながら、それを必死に抑えるように、指先をきつく握り込む。傷つけたいわけじゃない、あんなことを繰り返したいわけじゃない。大切だと、愛してると、そう伝えたい、ただそれだけだから。
「……マーティン」
息をするのも忘れるように繰り返し繰り返し深く求め合ったのち、名残を惜しむように触れあった唇を引き剥がす。すこしだけ体重を預けるように身を寄せられると、微かに触れあった場所から、互いにこらえようのない熱の余韻に揺さぶられていることがこんなにも伝わり合ってしまう。
「……ごめんね」
ぎし、と僅かにスプリングの軋む音を響かせて離れようとする身体をやわらかに引き寄せ、少し汗ばんだ額に触れるだけの口づけを落としてから、僕は答える。
「どうして謝るの?」
潤ませた瞳をじいっと見つめながら、囁くように僕は言う。
「君のことが大好きだからだよ。ちっともはずかしいことなんかじゃないよ? 君もおんなじだっていうなら、すごくうれしいよ」
答える代わりのように、華奢な身体がゆらりとこちらに預けられ、くすぶった熱を分け合うみたいにぎゅうっと縋りつくように抱きしめられる。
「……マーティン」
肩口にぐっと、熱くなった瞼を擦り付けるようにされたまま、くすぶった吐息と共に言葉が紡がれると、呼応するかのように瞼の奥が熱くなる。
大丈夫、大丈夫、何にも恐れなくていい。こんなにも愛してる。言葉よりもずっと確かにそう伝えられるようにと、願いを込めるようにゆっくりと髪を梳けば、答える代わりみたいに、背中に回された指先に込められた力がぎゅっと強まる。
「あのね、マーティン……ずっと聞きたかったんだ、いい?」
「なあに?」
促すようにとんとんと、数度肩を叩けば、震わされた声で紡がれる言葉はこうだ。
「どうして、最後までしてくれなかったの……?」
「カイ……、」
やわらかな髪の隙間から覗く耳は、すっかり真っ赤に染めあげられている。
「あのね、カイ」
宥めるように、ふわりとやわらかな髪をかき混ぜながら僕は答える。
「ずっと怖かったんだよ。君のことが本当に大好きだから、傷つけたらどうしよう、後戻り出来なくさせたらどうしようって。だって、男とキスしたくらいなら悪ふざけで済むよね? でも、セックスしたなんてそれじゃ済まないよね? 君のことちゃんと日本の家族に、イノリのところに返さなきゃいけないんだからって、ほんとうにずっと怖くて、ずっとどきどきしてた。結局そうやって君から逃げてたんだよ。だから、してほしいって言われた時はほんとうにどうしようって思った。君のこと、ちゃんと大事に出来る自信がなかったんだよ」
いまだってそうだけれどね。胸の中でだけ吐き出した弱音をぐっとそのまま呑み込んで、笑顔を作ってみせる。
「……したかったの?」
「……したくてたまらなかったよ」
答えながら、真っ赤に染まった耳にふっと吐息を吹きかけてみせる。
「あのね、カイ。だったら僕からもひとつ、聞いていい?」
「なあに?」
微かに滲んで震えた声にぎゅっと心ごと締め付けられるのを感じながら、僕は答える。
「あのね、カイ。言いにくいことかもしれないけど、大切なことだからちゃんと聞かせてほしいんだ。日本に帰ってからなにか、怖いことでもあったの? 怖いって思うのは、だから?」
抱き寄せた身体が、呼応するかのようにまざまざと震える。
「……ごめんね、無理に言ってほしいわけじゃないんだよ」
「――ちがうよ」
ぶんぶんとかぶりを振り、潤ませた瞳でじっとこちらを見つめながら告げられるのは、せきをきったようにあふれ出していくこんな言葉たちだ。
「中学校に入る少し前くらいかな……周りがみんな、女の子のことを気にし出して。水着とか、裸の写真を見てわーわー騒いでて。僕だって興味がないわけじゃなかったよ。見たらどきどきするし、変な気持ちになるし――別におかしくないって思ってた、でも、その反面すごく居心地が悪かった。写ってるのがみんな、女の子だから。祈吏のこともこんな風にいやらしい瞳でみたくなったらどうしよう、家族なんだからそんなことあるわけないって思う反面、僕が女の子で好きなのは祈吏しか居なかったから――そうなったらどうしよう、祈吏のこと傷つけたくなんてないのにって、すごく怖くなった。それから少しして、祈吏と手を繋いで歩いてるのを学校の誰かに見られて―すごくばかにされたんだ。いやらしい、きょうだいなのにおかしいって。祈吏は怒ってたけど、僕は怒れなかった。だって、すごく怖かった。見透かされてるみたいだって思ったんだよ。僕が祈吏のことが好きだから、それが見てる人にもわかったのかなって。焦ってたし、どうしようって思った。やっぱり僕はおかしいんだって、それで――」
「カイ……」
ぎこちなく震わせた指先で、パジャマの胸のあたりをぎゅうっと掴みながら恋人は答える。
「君のことが好きになって……好きだって言ってもらえたのがほんとうにうれしかった。大切な相手に抱きしめてもらって、キスして、そういうぜんぶがこんなにうれしいんだって初めて知った。でも、いつもどこかで怖かった。祈吏ともこんな風にしたかったのかな、祈吏の代わりみたいに君のところに逃げ込んでるだけなのかなって。そうやっていつもみたいにキスしてふざけあってるそのうちに、すごくむずむずしてどきどきしていやらしい気持ちになってるのに気づいて―ちゃんとセックスしたらわかるのかなって、好きな人とするのってどんなだろうなって思った。君が僕のこと、大事にしてくれてるんだっていうのはわかったよ、それなのにしてほしいって言った自分がすごくはずかしくなった、それで……」
赤く火照らせた顔で、それでも一歩もひるまずにじっとこちらを見つめながら告げられるのは、こんな告白だ。
「どうしても我慢出来なくて……自分でしたんだよ。でも、すぐにすごく後悔した。あんなに大事にしてもらったのに、想像の中で君のことを汚してる自分のこと、最低だって思った。すごく情けなくて、はずかしくて――こんなこと知られたら、嫌われるって思った」
「カイ……」
わだかまった思いが、音も立てずにほろほろとほどけていくのを感じていた。手に取るように伝わる息苦しさに、呼応するように胸の奥が軋む音を立てる。
「あの時、三年ぶりに君に会って――早くふたりきりになりたくて、触りたくて、キスしたくて、もうどうしようもなかった。またすぐに会えなくなるんだから、その前にって焦ってたんだと思う。もう大丈夫、怖くないからって思ってた。こんなに好きなんだから、こんなに愛してもらえてるんだからなにもおかしくなんてないって。でも、そうじゃなかった……自分のこと、なんていやらしいんだろう、なんてわがままなんだろうって思って――たくさん気持ちよくしてあげたかったのに、どうして応えてあげられないんだろう、なんでこんなに臆病なんだろうって」
唇から止めどなくこぼれ落ちていく言葉は、吐き出されるそばから、あまい吐息の中にぐんぐん滲んで溶けていく。
あんまりにも無防備で、痛ましくて、それでも――ずっと、聞かせてほしかったほんとうの、裸の気持ちがそこにあるのをひしひしとこちらに伝える。
震わされた指先を包み込むようにそっと握りしめながら、僕は答える。
「あのね、カイ。僕の正直な気持ち、話してもいい?」
こくり、と頷いてくれるその姿に促されるままに、僕は続ける。
「君のことが大好きで、ほんとうにかわいくて仕方ない。もっと近づきたくて、触りたくて、見てるだけじゃ足りなくて――手を繋いだり抱き合ったりキスしたりするだけじゃ全然足りない。君のぜんぶがほしい」
すっかり熱くなった瞼にぐっと力を込めるようにしながら、続く言葉を紡ぎ出すようにする。
「君があんまりかわいいから、すごくいやらしいことがしたくてたまらなくなる――はずかしくて誰にも見せられないところも、僕にならぜんぶ見せてほしい」
「……マーティン」
「こんなこと君に知られたらきっと嫌われる――生きていけない」
こらえきれず、あふれ出した言葉にならない思いの欠片は頬を伝う滴になってどんどん流れ出していく。
「マーティン」
指先が、濡れた頬の上に触れる。ただ慈しむかのようなそのやわらかな手つきに、ぐっと胸の奥が締め付けられるような心地になるのを抑えきれない。
ほら、こんなにもあたたかい。こんなにも優しい。この無防備なぬくもりを身勝手な欲望で汚そうとしたのは、僕の方なのに。
「カイは僕のことが怖い? 汚いと思う?」
「……思わないよ」
滲んだ視界の向こうで、ふるふるとかぶりを振って答えてくれるその姿に、こらえようのないいとおしさがあふれ出していく。
「……僕だってそうだよ」
答えながら、衝動に駆られるまま、震わされた身体をぎゅっと抱き寄せる。
「大好きだよ、ほんとうに大好きだよ。どうやったら大事に出来るんだろうってずっと考えてた。いまも考えてる。君のぜんぶがほしくて、君の中にも同じ気持ちがあるんならうれしいなってずっとそう思ってた。だから、気づいてあげられなくってずっと後悔してた――」
好きだと、ほしい、とそう伝えるのよりも、苦しいと伝えるほうがずっと怖いのに。
「カイは僕が知ってる誰よりも強くて優しいよ。それに、誰よりもいちばん綺麗だよ。だからもう自分のこと汚いだなんて言わないで。君が安心出来るまで一緒にいたいよ、ただそれだけだよ」
溺れてしまいそうな心地の中、ぐっと息を飲み、僕は答える。
「……ねえ、大好きだよ」
心を込めて、濡れた瞼の上にふわりとやわらかに口づける。
「あのね、カイ。もっとキスしてもいい?」
「……うん」
震わされた吐息が紡ぐ言葉を塞ぐように、ゆっくりと唇を重ね合わせる。ついばむように数度軽く触れ、唇の上を遠慮がちになぞりあげるような舌先のたわむれに誘われるままに自らのそれを差し出せば、熱くてやわらかなその感触に、ゆるやかに心が溶かされていくのを抑えきれない。
まだ微かに濡れた睫毛の上に食むような口づけを数度落とし、僕は尋ねる。
「あのね、カイ。僕とキスするの、好き?」
「……うん」
潤ませた瞳をじいっと見つめながら、囁くように言葉を紡ぎ出す。
「じゃあ、気持ちいい?」
「……うん」
答えながら、照れたように身をよじらせる姿があんまりかわいくて、そのままぎゅうっと抱き寄せて、額の上に淡く触れるだけの口づけを落とす。
「怖くてもいいよ。カイがしたいことしかしないから、無理しなくていいからね? 気持ちよくて安心するって、そう思えるようにしよう、ね? 君がしたいことがあるなら遠慮しなくていいよ。ね、ちゃんと教えて?」
「マーティン……」
おぼつかない指先で、それでも、誘うような確かな手つきでさわりとパジャマの裾から掌を潜らせ、しばしばそうしたように、お臍にはめた銀のピアスを指先で弄ぶようにしながら紡がれるのはこんなひとことだ。
「あのね。君の身体、もっと触りたいし。いっぱいキスしたい。それで、いっぱいぎゅうってしたい」
あまえたような口ぶりに、たちまちにさわさわと心ごとなぞられるような心地よさに襲われてしまう。
「じゃあ僕も触っていい? 君がいいって言う場所しか触らないから、ね?」
こくり、と頷く仕草に誘われるまま、微かに音を立てて、触れるだけの口づけを重ねる。
「ねえ、ここじゃ明るいからはずかしいよね? 続きはベッドにしようか? いい?」
「うん……」
掠れて滲んだ声で告げられる言葉に、こらえようのないいとおしさは音も立てずに膨らんでいくいっぽうだ。
「たくさん気持ちよくしてあげたいけど……下手だったらごめんね」
「カイ――」
ひどくおぼろげで弱気な言葉を塞ぐみたいにぎゅうっときつく抱きしめて、僕は答える。
「どうしてそんなこと言うの? もうこんなにたくさん気持ちよくしてもらってるよ?」
「ほんとう?」
「僕が君に嘘なんてつくわけないでしょ?」
答える代わりのように、少し赤くなった目尻をぎゅっと下げた笑顔がこちらへと降ってくる。
「たくさん愛してあげる、ね」
「うん」
「だから僕のこともたくさん幸せにして、ね?」
「――うん」
確かめあうみたいに、震わせた指先がほどけてしまわないようにと、きつくきつく握り合う。
こんなにも確かなものがあるなんて。そのことが、こんなにもうれしいだなんて。
端からほつれていくような吐息が洩らす思いを封じ込め合うみたいに、もう何度目かわからない、触れるだけのキスを何度もかわして、ぎゅっと手を握りあったままその場を立ち上がる。
「大事にしてあげるから、ね?」
「僕だってそうだよ」
すこしだけ赤くなった目尻をゆるませた優しい微笑みと共に返される言葉に、胸の奥を淡く締め付けられるような心地よさを味わう。
ほら、もう何にも怖くなんてない。こんなにも優しい、こんなにもあたたかい。ただそれだけだから。
まじりけなんてひとつもない愛情をこんな風にゆるやかに溶かしあうようにしながら、僕たちはまたこうして、いくつもの夜を乗り越えていく。
PR