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調弦、午前三時

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つめたい手

ほどけない体温、周と忍




拍手



 ふいうちのようなちいさな違和感におもわず声を上げたそのことに、他意はなかったのだけれど。

「……えっ、」
 かすかに漏らした言葉を前に、頬を滑らかになぞってくれていた掌がぴたり、と止まる。
「――ごめん、やだった? なんかあった?」
 至近距離でぱちぱち、とまばたきを繰り返しながらこちらを捉えたまなざしは途端に戸惑いの色を帯びる。そりゃそうだ、無理もない。
「ごめん、ちがくて」
 ぶん、と勢いよくかぶりを振り、離れていこうとする掌に自らの指先をそうっと重ね合わせるようにしながら、忍は答える。
「周の手……きょう、あったかいから。びっくりして」
 しなやかで骨ばった長くて綺麗な指先でやさしく触れられたその時、そこから伝うひんやりとした冷たさが肌の上に染み渡っていく感触に、もうすっかり慣れていたから――
「どしたのかなって、それで……」
 ぽつりぽつりと言葉を手繰り寄せるように囁けば、至近距離で交わし合ったまなざしの奥で、ぼんやりとかすかな光が揺れる。
 いまさら隠すことなども出来ない戸惑いをゆらりと溶かした問いかけの言葉を前に、どこか居心地が悪そうな口ぶりで周は答える。
「……おまえが、」
「俺がどうかした?」
 ぱちぱち、と控えめなゆっくりのまばたきをしばたかせながら尋ねれば、恐る恐る、と言わんばかりの返事が返される。
「俺の手、いっつも冷たいから。触ったらびっくりした顔すんじゃん、だから……」
 ばつが悪そうにつぶやく顔は耳まで赤い。
「……あっためといてくれたの?  俺のために?」
「まぁ、」
「あまね……」
 答えながら、きつく絡めた指先に、ぐっと力を込める。
 ――ああもう、ほんとうに。
「周、」
「うん、」
「ごめんね、やじゃないからね。ありがとね」
「…….うん」
 さわさわ、とぬくもりを宿した指先をなぞりながら忍は尋ねる。
「どやったの、これ」
「……カイロ。おまえが着替えてるあいだに。寝るとき使うなって書いてたから、もう捨てたけど」
「わざわざ?」
「……だって」
「どんだけかわいいの?」
「だからおまえ……すぐそれ……」
 居心地が悪そうに掠れた声でつぶやく顔は、灯りを落とした暗がりでも、ますます赤く染まっているのがわかる。
「だってそうじゃん」
 答えながら、もう片方の指先で火照った耳を包み込むようにさわさわとなぞる。
 ――もっと相応しい言葉があることくらい知っている。恋しいとか、愛おしいだとか。
 それでも、そう言わずにいられないだなんてことを、その言葉で伝えずにいられないだなんてことを、きっと周自身が誰よりもいちばんにわかってくれている。
 きっと忍だけが、周のこんな姿を誰よりも間近で知っている。
 そのことはこんなにも誇らしくて、こんなにも愛おしい。
「ありがとう、周。ごめんね、ほんと。平気だからね」
 寒がりなのを知って気遣ってくれているのは知っていたけれど、まさかそんなところまで、だなんて。
 想像にも及ばなかった優しさに触れた途端、こらえようのない愛おしさは星の光のようにたちまちにはじけて瞬く。
「……ありがとう、だいすき」
 答える代わりのように、いつもよりも少しだけあたたかくほころんだ指先は、忍の小指をぎゅっと掴む。
 めまいがするほどのいとおしさにぎゅっとまぶたを閉じれば、不器用なその合図に応えるかのように、あたたかな吐息が指先に触れる。
「……ごめん。またすぐ冷たくなるけど」
 唇を寄せながら耳元でささやかれる言葉を前に、ぶん、とかぶりを振って忍は答える。
「いいよ、そんなの」
 重ね合わせるほどに緩んで溶け合っていくふたりぶんの体温ですっかり火照っていくその時、滑らかに肌の上を伝う指先のひんやりとした冷たさにうっとりしていたのはまぎれもない事実だから――ありのまま伝えたらきっと照れるから、ひとまずは言わないでいるけれど。
「……大好きだもん、ぜんぶ」
 こんなに好きになったことなんて、ほかにはきっとないくらいに。
「忍、」
 あまくくすぶったささやき声とともに耳朶に注がれる熱い吐息に、ぐらりとのぼせそうなほどのいとおしさがせりあがる。
「あったかくしてくれてありがと」
「……うん」
「すきだよ」
「うん、」
 力なく掠れた声で告げられる「愛してる」の一言は、暗がりで淡く溶ける。






 その次の週末にふたりで湯たんぽを買いに行っただなんていうのは、全くもって余談ではあるのだけれど。



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