忍者ブログ

調弦、午前三時

小説と各種お知らせなど。スパム対策のためコメント欄は閉じております。なにかありましたら拍手から。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

Sunny day , Monday .



周と忍と日傘のお話。2018年9月の大阪文フリでの無配でした。



拍手




「あーまねっ」
 こちらに気づいた途端、くるりと軽快に傘を回しながら勢いよく手を振って見せるそぶりとともに、すっかり見慣れてしまった気の置けない笑顔が返される。まるで犬かなにかみたいなそんな仕草とともに後ろで結わえた髪が尻尾のようにぶん、と勢いよく揺れるさまはなんだかおかしい。
「ごめんな外で、暑かったよな」
「へーきっ」
 にいっと得意げに笑いながら額に滲んだ汗を拭う姿をじいっと眺める。
「それさ、あたらしいやつ?」
 さんさんと日射しの降り注ぐこの晴天には一見似つかわしくないように見える水色の傘を指し示しながら尋ねれば、得意げな笑顔とともに忍は答える。
「なんかねえ、骨が痛んじゃったぽくて。やっぱまいんちハードに使うと早いんだろね。紫外線ってきっついもんね」
 水彩風の水色のグラデーションの海の中をやわらかなタッチの色とりどりの魚が泳ぐ涼しげなデザインの施された日傘はまぶしすぎる夏の日射しにも、満面の笑みでそれを掲げてみせる持ち主にも、不思議なことによく似合っている。
「ほらこれさ、中がアルミみたいな黒い布になってんじゃん。こゆのの方が紫外線も熱もカットしてくれるらしいよ、ハイテクだよねえ」
「美容部員みたいなこと言ってんな」
「おなじ使うならやっぱいいやつのほうがよくない? 値段とかそんな変わんないんだしさ」
「おまえにしては珍しく正論だな」
 返事の代わりのように得意げな笑顔が返されるのを、目をこらすようにしてじいっと眺める。
 傘のぶんだけ隔たれた距離をどこかしらもどかしく思いながら、強すぎる日射しにまぶたを細めるようにして、ゆっくりと歩みを進めていく。
 時折、すれ違いざまの誰かの好奇を帯びた視線がちらりとこちらを盗み見ていくのにもどこ吹く風なのは、まったくもってこの男らしいとしかいいようがない。
「周も入れてあげよっか? すずしーよ」
「……いいから」
 雨の日なら百歩譲ったっていいけれど、こんな晴天の日に男ふたりでそれはちょっと。
「ちぇーっ」
 わざとらしくいじけたように答える横顔をちらりと覗き見ながら、しばしばそうするように、手の甲をゆるくぶつけ合う。
 ふたりだけにしかわからない、ささやかなサイン。
「台風くるってほんとかなぁ、なんか野外フェスとかとぶつかってなかったっけ? 怖いよねえ」
「ある意味思い出にはなんだろうけどやってらんないよな」
「コロッケいっぱい作んないとね、あと、照る照る坊主もね。あとなんだろ、ゆで卵もいる?」
「遠足の前みたいなこと言ってんな」
 すこしばかりあきれたような口ぶりで答えれば、すっかりおなじみの強気な笑顔とともに忍は答える。
「似たようなもんじゃん?」
「わかんなくもないけど」
「でしょ~?」
 得意げに笑いかける笑顔の眩しさに、目尻の際が心なしかぎゅっと熱くなる。
「にしてもあっついねえほんと、雨でも降ればちょっとはマシになんのかなぁ?」
「日が照んなくても湿気があるからな」
「亜熱帯気候だもんねえ」
 笑いながら歩いていく。こんな他愛もない時間が、いつだって何よりもいとおしいのをちゃんと知っている。



 日射しのきつくなりはじめる頃、忍はカラフルな日傘をさして歩いている。周がそれを知ったのは、こうしてふたりで迎えるはじめての夏が訪れてからだ。
「伏姫のまねだったんだよね、元はと言えば」
 海を隔てた遠い異国へと旅立っていった大切な『友だち』の名前をあげて聞かせてくれた思い出話を、周はいまでもよく覚えている。
「あの子さあ、髪の毛も瞳の色も薄い茶色でしょ? なんか外国の人の血とか混じってんのかなって思ったんだけどさあ、生まれつき色素が薄いっていうの? お父さんお母さんとかもそんななんだって。そんでね、そゆ人って日にあたんのがあんましよくないから昔っから夏になると日傘してたんだって」
「……へえ」
 答えながら、日に当たったことなどおおよそなさそうななめらかな白い肌、光に透けるこっくりとした茶色の髪、見つめられると不思議と射られるような心地を味わったやや明るいヘーゼルブラウンの瞳、そのひとつひとつをありありと思い返す。
 どこかしら作り物のお人形めいているだとか、日本人離れしている――だなんて形容詞を安易に用いてしまうのはたとえ褒め言葉のつもりでも、当人にしてみれば蔑称にすぎないことくらい百も承知の上で。
 ぼんやりとした思案に明け暮れるこちらに気づいているのかいないのか、いつもと変わらないほがらかな口ぶりのまま、忍は続ける。
「ここ数年くらいでメンズ日傘とかそゆのもいっぱい出はじめたけどさ、やっぱ実際持ってる人ってあんまいないから珍しいんだろうね。そんであの見た目だからね、やっぱ目立ってたみたいで」
 いたずらめいた笑みを浮かべたまま、続けざまにぽつりと落とされる言葉はこうだ。
「ガッコでも噂されてたんだよね、日傘の王子様って」
「……ひどいな」
「だよねえ?」
 気持ちはわからなくもないけれど、それはちょっと。思わずこらえきれない苦笑いを漏らせば、傍らの相手からも、同調するような居心地の悪そうな笑顔が返される。
「高校の時とかからずっとそうだったんだって。春馬くんも言ってたよ、王子様とか日傘くんとか好き勝手言われてほかの学年の子までじろじろ様子見に来てたけど、気にしても仕方ないじゃんって涼しい顔してたんだって」
 相手にすればより一層増長するだけ、だなんてことは、彼自身が何よりもわかっていたのだろう。
「なんか不憫だよねえ? そゆのも」
 言えるわけないけどね、まぁ。
『らしくもない』掠れるような弱々しい声で告げられた本音に、ふわりと心の片隅を温められるかのような心地を味わう。
 言葉を探したままぶざまに口ごもるこちらに気づいたのか、いつもどおりの涼しげな笑顔を浮かべたまま、忍は続ける。
「うちのガッコでもさ、日傘差してる男の子って伏姫くらいしかいなかったのね。おんなし学科の子とかと歩いててもさ、あの子だけいっつも晴れの日にかわいい傘差してるから遠くから見ててもすぐわかんのね。女子もなんかみんな『かわいいー』とか好き勝手言っててさ。まぁ実際かわいんだけどね」
 ふう、とすこしだけおおげさに息をつくようにしたのち、忍は答える。
「おんなしゼミの女の子がさ、食堂から伏姫のこと見ながらいろいろ喋ってたのね。伏姫くんきょうも日傘だー、かわいいー。男の子が日傘ってちょっとひかない? でも伏姫くんならありかもーって」
 いつものそれとはあからさまに違う、冷めた色を帯びたまなざしとともに落とされるのはこんな一言だ。
「だからさ、言っちゃった。『ありとかなしとか、そやって人のライフスタイル勝手にジャッジすんのってどうなの。似合ってんのとは別問題でしょ』って。したらさあ、その子たちすげえ気まずそうに黙っちゃって。そりゃそうだよね」
 迷いのないきっぱりとした口ぶりに、自分のことでもないのに、どこか晴れ晴れとした心地を味わう。
「……おまえらしいな、なんていうか」
 果たしてこれが『正解』なのかはよくわからないけれど。迷いに揺れながら、それでも精一杯に告げた返答を前に、いつも通りの無邪気な笑顔がかぶせられる。
「ありがと」
 はにかんだようにぽつりと漏らされる言葉は、周が何よりも求めてやまないものを閉じこめてくれている。
「でも実際さぁ、すっごい似合ってたのね?」
 得意げににっこりと笑いかけながら、忍は続ける。
「水色のストライプでね、レモンの模様が入ってて。メンズ用っていうと黒とか紺とかそゆのしかないと思ってたからさぁ。すっごいあの子っぽいなぁって感じで。黒とか紺とかそゆのじゃないあたりさ、すごいらしくない?」
「……だな」
 やわらかに相づちを打つようにそう答えれば、すっかり見慣れてしまったあの屈託なんてかけらも感じられない笑顔がそうっと返される。
 似合ってるんだろうな、あの子ならきっと、すごく。
 夏が来るよりも前に、大切な相手と共に生きていくために、遙か遠い海の向こうの異国へと旅立ってしまったから、周がその姿を目にすることはついぞないままだったけれど。
 言葉を探すようにそうっと口をつぐむこちらを前に、いつも通りのあの得意げとしか言えない口ぶりで、忍は続ける。
「教えてもらったんだよね。かわいーね、そゆのどこで売ってんの? って。したらさ、ちょっとだけ困ったみたいな顔して、ネットだって言ってアドレス送ってくれたのね?」
 程なくして、学内にはふたりめの『日傘くん』が登場したのだという。
「伏姫もさぁ、最初みた時はなんか戸惑ってて。みてみて、かわいーでしょ? って自慢したらちょっとだけどニコって笑って『ありがと』ってちっちゃい声で言ってくれたのね。なんで? 俺のほうが教えてもらっただけじゃんって言ったんだけどさぁ」
 うっとりとまぶたを細めるようにしながら心底うれしそうな口ぶりで告げられる言葉に、心ごと溶かされていくかのようなぬくもりを味わう。
「……よかったな」
「ねー?」
 にっこりと得意げに笑いかけてくれる笑顔を見つめながら、洗い晒しの髪をくしゃりとやわらかになぞりあげる。





 客先を出る頃には、空一面を覆い尽くしていたのっぺりとした灰色の雲はいつの間にかきれいに過ぎ去っていた。
 流れ去っていた雲の隙間からは、容赦なく照りつける真夏の日差しが鋭く肌に突き刺さる。
「うわっ、きっついなこれ。今日いちにち曇りって言ってなかったっけ?」
「割と天気変わりやすいですからね、このところ」
 うっすらと額に浮かぶ汗を拭いながら顔をしかめて見せる先輩を横目に見ながら、ビジネスバッグの底に忍ばせた濃紺の日傘をぱさり、と音を立てて広げてみせれば、傍らの相手からは隠しきれない好奇の色に染め上げられたまなざしが向けられる。
「……桐島くん、それって日傘?」
「まぁ、」
 すっかり慣れてしまった口ぶりで、飄々と告げるのはこんな台詞だ。
「便利ですよ。涼しいし、雨降っても使えるんで」
 なにか珍しいものを見つけたかのような無遠慮な視線がついて回る、だなんてやっかいなオプションからは、残念ながらいまのところ逃れられないようだけれど。
「なるほどねえ」
 どこかしら戸惑いを隠せない様子で、ぽつりぽつりと告げられる返答はこうだ。
「使っちゃえば便利なんだろうけどさ、実際やっぱちょっと勇気いるよね。女々しいって思われないかなーとか、世間の目とかさ。彼女にプレゼントされて使うようになったってのがツレにもいるけどね。デートの時ならともかく、普段はまだ使うの勇気いるっていうし」
「そういうもんなんですかね」
 気のないそぶりで答えながら、しっくりと手に馴染んだ深い焦げ茶の木製の持ち手に込めた力をわずかに強める。
「変に意識するから余計によくないと思うんですけどね、みんなが使えばじきに『ふつう』になるんだろうし」
 自身はあくまでも実用品として極力悪目立ちしない堅実なものを選んだつもりだけれど、あたかもファッションの一部のように『自分らしい』ものを選ぶだなんて楽しみ方だってあるのだし。
「桐島くんもさぁ」
 いかにもまぶしげに瞼を細めながら投げかけられるのは、こんな問いかけだ。
「彼女にもらったとかそういうのだったりすんの? もしかしてだけど」
「……まぁ、」
 ―やっぱりというか、なんというか。おおかた予想通りの言葉を前に、ふかぶかと息を吐くようにしながら答えるのはこんな返答だ。
「一緒に選んでもらいましたね、どれがいいのかわかんなかったんで」
 タブレットの画面をふたりで覗きながら色とりどりの傘をひとつひとつ吟味しては『とっておき』を選んだあの時間についての詳細については、話すつもりはもちろんないのだけれど。
「へえ、」
「あとで送りましょうか? アドレス」
 何の気のない風を装うようにしてそう答えながら、ほんのすこしだけ赤くなっているはずの顔を隠すように、日傘をそうっと傾ける。

 こんな風に話せるようになるだなんて思っていなかった、ずっと。
 ほんのわずかに鈍く胸が痛むのは確かだけれど、それ以上にずっと、なににも代え難いくらいにあたたかいのをちゃんと知っている。だからもう、すこしも苦しくなんてない。
「信号変わりますよ、渡ります?」
「ん、行こっか」
 すこしだけ急ぎ足で駆けていくこちらのそばを、『あたりまえ』のように日傘を掲げた女の子はすこしだけ不思議そうにちらりとこちらを一瞥しながら、足早に通り過ぎていく。
「……やっぱ買ってみよっかな、俺も」
 ぼそりとひとりごとめいた響きで投げ出された言葉を前に、答える代わりのようにかすかに笑う。ただそれだけのことに、こんなにも晴れやかな心地でいられるだなんて、なんだかおかしな話ではあるのだけれど。
「長いですからね、夏も」
 相づちのように答えながら、傘越しに照りつける、突き刺すような鋭い日の光をぼんやりと見上げる。


 ――ふたりで過ごす『はじめての夏』は、まだはじまったばかりだ。
  
  

PR

Copyright © 調弦、午前三時 : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]