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調弦、午前三時

小説と各種お知らせなど。スパム対策のためコメント欄は閉じております。なにかありましたら拍手から。

Small good thing.

ほどけない体温、周くんと春馬くん。
ツイッターでぽろぽろ書いたもの。










 些細なことをきっかけに、あたりまえのように目にしていた世界の捉え方がいつのまにかいままでと違っていたことに気づく。そんな瞬間がある。

「たまに道とかで、ちっちゃい犬が抱えられたまま散歩してたりすんじゃん。歩かないんなら意味ないじゃん、何してんだろっていっつも思ってて。でもこないだなんか、『散歩してんだな、よかったな。』って思いながらぼんやり見てる自分がいて。飼い主の人も気づいて、ニコって笑いかけられて」
 どことなく感じる居心地の悪さに、くしゃりと後ろ頭をなぞるようにしながら言葉を紡ぐ。
「気まずかったけど悪い気分じゃなくて、なんでだろって自分でも思って。ああ、そっかってすぐわかったけど。よく一緒に歩いてて、犬とか見るとしょっちゅうニコニコ話しかけてて……飼い主の人もなんかすごい嬉しそうにしてて。犬好きなのって聞いたら、かわいいじゃんってあたりまえみたいに嬉しそうに答えてて。そういうの、見てるとなんか。感化されるっていうか」
 口ごもりながらぽつりぽつりと呟く傍からは、あたたかなまなざしがそっと注がれるのを感じる。
 誰のことを指しているのかだなんて、言わなくたってきっとわかってくれている。
「……なんて言うのか。許容量が広がったみたいな。世界に対してすこしは優しくなれたのかもしれないって思ってーーそんなこと? って思う気持ちもあんだけど、なんていうか」
 うな垂れるようにしながらぽつりぽつりと呟けば、ゆるやかに弧を描く唇は、とっておきの優しい言葉を紡いでくれる。
「いいことじゃん、いまの方が楽しいってことでしょ。要するに」
「……まあ、」
 気まずい心地のまま、ぎこちなく視線を逸らす。
 なんでこんなことを話してるんだろう。それもみんな、誰かに聞いて欲しかったから、に他ならないのだけれど。
「なんかさ、」
 ゆるやかに瞼を細めるようにしながら、力なく言葉を紡ぐ。
「変わったよねって、実際よく言われて。なんかそういうのって何だろうなって。自分がどんだけ狭量なのかって思い知らされてんのと同じじゃん」
「いいことなんじゃないの? まあさ、わかんなくもないんだけど」
 柔和な笑顔に包まれるようにしながら、やわらかな言葉は紡がれていく。
「自分の中にちゃんと、大切なものが溶けてるんだな、それが知らない相手にもちゃんと伝わってるんだなって。そういうことだよね」
 いつの間にか色濃く落ちた影に、塗り替えられているものがある。それに気づいてしまうその瞬間に抱かずにいられない気恥ずかしさと温かさに、いまだに慣れずにいる。
 ただそれだけのことなのだけれど。
「話したの? ちゃんと」
「……言ってない」
 口ごもりながら答えれば、包み込むようにおだやかな笑顔が返される。
「教えてあげればいいじゃん、喜ぶだろうし」
「わかるけど、」
 ゆるゆると顔を上げながら、力なく答える。
「そういうの言うと調子にのるから、すぐに」
「らしいじゃん」
「べつに慣れてるけど、もう」
 力なく答えるこちらに、柔らかな笑顔が覆い被さる。
 ーー気まずくない、わけじゃない。それでも、それ以上の安堵感としか呼べないものはふつふつと胸の中で音も立てずに膨らんで、しずかに息を詰まらせる。
 ああそうか、こんな気持ちだってずっと知らずにいたことのひとつだ。
 いつのまにか落とされていた新しい「色」その鮮やかさと温かさに気づくその瞬間には、どうしたって慣れないままだ。

 眩しげにまぶたを細めるようにしながら、大切な『友だち』は答えてくれる。
「うれしいけどね、俺は。そういうの、聞かせてもらえるのも」
「……ありがと」
 ぎこちなく答える。どこか気まずい心地のまま、それでも、その沈黙の間合いに漂う空気はしずかに、やわらかな色で染め上げられている。


 目に見えないもの、心でしか感じられないもの、それでも確かにそこにある、大切な相手だけが手渡してくれる確かな贈り物。
 それを見つけられるその瞬間の確かな煌めきの積み重ねの上で、何気ない日々は瞬いている。
「俺にもあるんだよね、きっと。気づいてないうちに」
「……教えてくれる? 気づいたら」
「勿論」
 得意げな笑顔に、きつく閉じたつもりの結び目はあっけなくやわらかにほどけていく。
 ずっと知らずにいた、こんな気持ちがあることを。その穏やかさを。
「……ありがと、なんていうか」
「なんで俺にいうの?」
 冗談めかした口調で投げかけられる問いかけに、ぎこちなく笑いながら答える。
「聞いてくれたから?」
「ちゃんと言ってあげないとだめだよ、本人にもね」
「……わかってるから」
 答えながら、わずかに疼く胸にそっと手を当てる。

 大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫。それを知っている。
 帰ったら話すから、ぜんぶ。だからいまはもうすこし、このままで。

 ひたひたとおしよせるぬくもりの余韻に、ほんの一瞬だけそっとまぶたを閉じる。
 暗がりの向こうには、もうすっかり見慣れてしまった、愛おしさだけが溶かされた笑顔が見える。
 見たことのない新しい鮮やかな色が、またこうして胸の内に落とされる。


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