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調弦、午前三時

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世界をとめて

忍の耳がすきな周くん






拍手




 ふいうちのように、胸のうち、忘れかけていた奥底に眠らせていた想いが呼び起こされる時がある。

 まどろみながら、手の届くすぐそばに携えられたかのような恋人の横顔をじっと眺める。
 なだらかなカーブを描く頬、かすかなまつ毛の震え、すべらかに流れ落ちる赤みがかった髪の毛の隙間からは、つるんとした形の良い耳がどこかしら遠慮がちにその姿を覗かせている。
 すこしつめたくてなめらかで、やわらかい。不思議となまめかしさを漂わせるそれを見つめるそのうち、とくりと胸の奥では湧き立つようなかすかな音が鳴らされる。
「しのぶ、」
「ん?」
 遠慮がちにささやき声を投げ掛ければ、ぱちり、とささやかなまばたきとともに、しどけないまなざしがそうっとこちらを捉えてくれる。
 目配せで答えるようにしながら、おぼつかない指先でするりと髪をかきあげると、なめらかな耳をあらわにして、そのふちを辿るようにそっと指先でなぞる。
「なに……?」
 あまくくすぶった声──マシュマロやクリームにくるまれたみたいな頼りなくて脆いその響きに、ぞわぞわと鼓膜の奥をくすぐられる。
 こんな風に耳にすることになるだなんてまるで想像もできなかった、やわらかくて無防備なその声色に、息苦しいほどのいとおしさは募るばかりだ。
「ごめん、やだった?」
「ううん」
 ぶん、とかぶりを振って、子どもみたいな無邪気な笑顔がこちらを包み込む。
 こんなにもあっさりと許されてしまう。そのことを知っている自分は、なんて贅沢なのだろうと思う。
「思い出してて、はじめて会った時」
 さわさわ、と弧を描くそれに触れながら、心の奥にゆらりと浮かびあがる想いに形を与えていく。
「ピアスとかしてないんだなって思って。いかにもしてそうなのに、意外だなって。思い出した、ずっと忘れてたのに」
「見てくれてたんだ、そんなとこ」
 おかしそうにくすくすと笑うその姿を前に、いとおしさとともに、堪えようのない気恥ずかしさがみるみるうちに募る。
「……目に入ったから」
 不思議だ、特段気にしたこともないようなそれに、なぜかふいに視線が止まったのだから。
 いまではずっと身近に感じられるようになった「それ」を包み込むように指を這わせれば、じっと覗き込んだまなざしはみるみるうちに蜜をまとわせたようにあまく潤む。
「してた方がよかったの」
「……してない方がよかった」
 おこがましい言い方だとは思うけれど。穴なんてひとつも開いていないそれにそっと息を吹きかけ、歯を立てないようにやわらかく食むようにすれば、なめまかしい白さだったそれは、みるみるうちに赤く染まっていく。
 ああもう、反則みたいにかわいい。

 ゆっくりと体を起こし、体重をかけないように不器用に体を浮かせながら覆いかぶさり、真正面からじっと恋人の表情を見下ろす。
 赤くほてった頬を包み込むように掌で触れれば、途端にうっとりとまぶたを細めた笑顔が返される──誰よりもたしかにそれを知っていることは、なんて贅沢なんだろう。
「照れてんの」
「周のせいじゃん」
 ばつが悪そうに笑う顔を見下ろしながら、ぎゅっと両掌で押さえ込むようにして耳を塞ぐ。
 ゆるやかな拘束は、まるでこの世界からふたりだけが切り離されたかのようなあまやかな錯覚をそっと呼び起こしてくれる。
「むかし流行ったけどね、ピアス。休み時間とか放課後にみんな開けてた」
「おまえはしなかったの」
「痛そうじゃん。それにめんどくさいし」
「……らしいな」
 くすくすと笑いながら、なめらかな耳のふちをくすぐるように指を滑らせる。
「ドラマとか映画でよくあったよね、恋人に開けてもらうって」
 すこしだけうわずったあまい響きをたたえたささやき声が、遠慮がちに投げかけられる。
「周が開ける?」
 まるで所有の証を委ねるかのような誘惑に満ちた問いかけに、ぶざまなまでに心は揺さぶられるばかりだ。
「……いい」
 ぶん、と勢いよくかぶりを振り、くしゃくしゃに髪をかきあげる。
 まるでなにかの代償のようにやわらかな耳朶にすこしだけ歯を立てて甘噛みをすれば、音も立てないまま、じわりと胸の奥から幾重にも折り重なるような思いが湧き立つ。
 何も証なんてなくたっていい。いまこの瞬間だけでいい。この耳も、髪も、まつ毛も、唇も、声も。
 なにもかもすべてが自分だけのものであればいいと、そう錯覚させてくれるこんなひと時をなによりも信じているから。
「もったいないだろ」
「……そうかな」
「でもいいから、したいようにして」
「ありがと」
 はにかんだように笑いながら、差し伸ばされた指先は、そっとこちらの耳を包む。

「……ねえ、キスする?」
「……する」

 なぜだかムキになったようにそう答えながら、ぐっと深く息を飲み込む。
 塞がれた耳の奥深くでは、折り重なりあったふたつの心臓が不揃いな鼓動を高めあう音がうんと深く響きあうかのような錯覚をおぼえる。

 手を伸ばすことになるだなんて、まるで思いもしなかったもの。
 もしかすれば、あの時から心を動かされていたのかもしれないもの。

 いまではすっかりたやすく許されてしまった「それ」を包み込むようにしながら、ゆっくりと吐息をかぶせあう。
 まるでこの時を、静かにそこに閉じ込めるかのように。


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