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調弦、午前三時

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忍と春馬くん(と周くん)のお話










「えーっ、かっこいいー!」
 雑踏の中、待ち合わせ場所に現れたこちらを目にしての開口一番に告げられた台詞がそれだった。
「なんか新鮮だねー、大人ってかんじ。すごいかっこいい」
「――そんな、」
 困り笑いで答えるこちらを前に、いつものあの、得意げな笑顔が覆い被さる。


 借りていた本やDVDを返すついでに、近況報告がてらにすこしお茶でも――そう待ち合わせた日に運悪く先方の都合での休日を返上した打ち合わせが入っていた。
 幸い約束の時間には被らず済んだことからその足で向かい、まだ決して板についたとは言えない社会人数ヶ月のスーツ姿で向かったこちらを前に
 なんの飾り毛も気負いもなく、素直な口ぶりでかけられた言葉が『それ』だ。
「ごめんね、忙しかったみたいなのに。お疲れさま。どっか座れるとこ行こっか。スタバにする? それとも行きたいとことかってある?」
「いいよ別に。もう済んだし」
 答えながら、おなじように待ち合わせ中の周囲のようすをぼうっと探る。なんとなく、となりの女の子の視線がこちらを捉えていた気がするので。
「それなんだけどさ、こないだ前通って気になってたとこがあって。ちょっとだけ歩くけどいい? 十分くらい」
「へーき」
 にいっと屈託なく笑う顔に、自然と絆されてしまう。
「瀧谷くんさ、」
「ん、なに?」
 遠慮がちに尋ねるこちらを前に、きらきらと輝く瞳がじいっとこちらを捕らえる。どことなく気まずい――ことに関してははすこしだけ許してほしい。こちらの問題なだけだけれど。
「ありがと、なんか」
 ぎこちない笑顔で答えれば、すぐさま、すっかり見慣れてしまったあの満面の得意げな笑みが覆い被さる。
「言っただけじゃん、ほんとのこと」
「……だから、そういうの」
 指先をぎゅっと握りしめるようにしながら、雑踏をかき分けるように目的地へ急ぐ。




「たちが悪いんだよ」
 雑談がてらの報告を前に、すぐさま告げられた一言がそれだった。思わず身構えるこちらを前に、すこしだけ不機嫌そうな言葉は続く。
「狙ってやってんならまだいいけど、素でやってるから。なにかと人のこと褒めるのが趣味みたいな」
「……あぁ、」
「あるよね、そういうとこ」
 なかなか真似の出来ることではないと、そう思うのだけれど。
「思い出したけど……そういやカイも言ってた、そんなこと」
 不可思議な縁をつなぐきっかけになってくれた、いまはもうここにはいない大切な「ともだち」を想う。
「あざいといんだよって言ってたけどね」
「伏姫くんなら許されるな……」
 感慨深げに洩らされる言葉に、思わずくつくつと苦笑いで答える。
「周くんはさ、」
 すっかり氷が溶けてすこし水っぽくなった、びっしりと水滴の貼りついたカクテルグラスを持ち上げながら、春馬は尋ねる。
「やっぱ心配? そういうの見てると」
 そういった面も含めてこそ、だとじゅうじゅう承知しているのはもちろん見越したうえで。
「心配っていうか……」
 深々と息を吐きながら、感慨深げな言葉がぽとりと落とされる。
「贅沢だなって思う、いろんな意味で」
 振り絞るようにぽとりと落とされた言葉ののち、じいっと覗き込んだ表情は、先ほどまでよりもぐっと深く、赤く火照っている。
 ――アルコールのせい、ばかりではないのは明白だ。
 ああ、なるほど。それはそれは。
 彼は手にしているのだ、会う人誰もに輝くなにかを見つけてくれるその人がくれる、たったひとつの特別なものを。
「ごめんね……じゃないか、ありがと」
「なんでそのせりふが出てくんの」
 困り笑いとともにぼそりと答える姿に、いとおしさとしか言えないものが募る。ああもう。好きだな、この人。(やましい気持ちなんてすこしもなくて、もちろん)
「いや、いい話だったから」
「やめて」
 困ったように笑う顔には、隠しきれない誇らしさのようなものが、かすかに滲んでいる。
「ありがとうって言っておいて、周くんからも」
「……ああ、うん」
 ぱちりとまばたきで答えながら、まだ着慣れていない、窮屈なワイシャツの袖口を持て余したように指先でそっとなぞる。
 愛をありがとう、なんて言えばいいんだろうか。こういう場合。

 滑らかな黒髪からそっと顔を覗かせた形の良い耳は、まだぼんやりとほのかに赤いままで。





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