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調弦、午前三時

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New Year’s Eve.

少しだけ先の未来、大晦日のひとこま(あましの)


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「だいぶしんどそうでしたけど、ちょっとは落ち着いたみたいです。まだすこし熱があるみたいで――いえ、そんな。仕方ないですよね。……僕の方はいまのところは。いえ、よかったですよね。――ありがとうございます、ほんとうに。またご挨拶にお伺いさせてください、楽しみにしてます。――わかりました、伝えておきますね。喜ぶと思います。ほんとうにありがとうございます、そちらもお気をつけてください、みなさんお元気で。――はい、どうぞ良いお年を」
 スピーカー越しに届けられる、いつしか懐かしく感じるようになったくぐもったやわらかな声の余韻に浸りながらぼうっと佇んでいれば、背後からはいつもよりもすこし掠れた頼りない声が届けられる。
「でんわ、佳乃ちゃんと?」
「あぁ――大丈夫? 起きて」
 フランネルのパジャマの上には、厚手のボアのガウン、くしゃくしゃの寝癖の頭――こちらを見つめるまなざしはぼんやりと潤んで、顔全体はのぼせたようにぼうっと赤い。
「のど渇いちゃって。あと、うがいしたくてさ」
「ん、そっか」
 答えながら、すこし汗ばんではりついた前髪をそうっとかきあげる。
「あまね、だめだよ触ったら。うつっちゃうでしょ」
「平気だろ、このくらい」
「平気じゃなくなっちゃうかもしんないでしょ、俺が」
 にいっと笑いながら後退りする姿を前に、思わず苦笑いのひとつもこぼしたくなる。
 らしいよな、ほんとうに。もうこんなに長く一緒にいるのに、ちっとも変わらないあたり。
 
 どうにか仕事納めを終えたタイミングを見計らうかのように風邪で倒れるだなんて、間が悪い時だなんてものは誰しもにあるらしい。
 同じタイミングでこちらもまた休みに入れたこと、いまのところこちらの方は至って元気でいるあたりは、不幸中の幸いと言えるのかもしれないけれど。
「落ち着いたらでいいからまた来てねってさ。いろいろ買っておいたの、年が明けた頃にまた送ってくれるってさ。お礼言っといたから、おまえの分も」
「まいっちゃうよね、子どもじゃないのにさぁ」
 はにかんだように笑って見せる表情には、いつもなら覆い隠されているのであろう無防備な幼さがわずかににじむ。
「お義父さんともちょっと話したよ、また打ちっぱなし連れて行ってくださいって言ったら喜んでくれた」
「そっかぁ」
 やわらかく綻んだ笑顔を向けながら、すこしだけふちの滲んだ遠慮がちな言葉がそっと落とされる。
「周さ、むりしてたら言ってくれていいからね」
「べつに……」
 思わず口をつぐむこちらを前に、お馴染みのあの得意げな笑顔が返される。
「だってさ、いっくら俺の家で俺の家族だって言っても周はよそのひとじゃん? がまんしてたらよくないよ、そゆの」
 いつもよりもうんと弱気な口ぶりで告げられる言葉に、さわさわと心の奥をくすぐられるような心地を味わう。
「忍――、」
 きっぱりと首を横に振り、やわらかく潤んだ瞳をじいっと見つめながらゆっくりと言葉を落とす。
「言ったじゃん、前も。おまえの家族みんな好きだって」
「そっか……」
 心底うれしそうに顔を綻ばせながら、すこしだけくぐもったやわらかな声が返される。
「ね、じゃあ俺は?」
「おまえなあ……」
 こういうところだよ、ほんとうに。喉の奥でだけお得意の悪態をこぼしたのち、わざとらしくため息をもらすようにしながら答えてやる。
「知ってんだろ、世界一好きだよ」
「そっかぁ……」
 蒸気した頬を緩まるようにしながらこぼされる、くすぶった吐息混じりの言葉に、あっけないほどに心を揺さぶられてしまうのがいっそ悔しい。
 もう何年この調子なんだろう、いい加減に慣れたっておかしくないはずなのに。
 複雑な心地のままのこちらを前に、子どもみたいなうんと無邪気な笑みを浮かべたまま、忍は尋ねる。
「周さ、お蕎麦食べた?」
「ああ、うん。おまえのぶんもあるから、元気になったらまた一緒に食べような」
「もう越しちゃうよ、年。だめでしょ?」
「いいよ、そんなの。いいだろ? ニューイヤーそば」
「……うん」
「治ったらまたぜんぶやればいいじゃん、年越しとお正月。ちゃんと用意してあるからさ」
 無事に一年を終えられたことを、新しい年を迎えられたことをふたりで喜びあおう。
 いつものように新聞のテレビ欄をいっしょに眺めながらなにを見ようかなんて相談し合って、他愛もない話をしながらうんと怠惰にすごして。うちにいるのにも飽きたなら、運動がてらにいつもみたいに家の近くを散歩しよう。いつもの通り道にある、あのちいさな神社でおみくじをひいて帰るのだってきっと悪くない。
 そうしてまた、新しい一年もまた、あたりまえのようにふたりで穏やかに過ごせるようにと祈り合おう。
 照れくささまじりに小指を突き出すようにすれば、いつもよりも熱を帯びて綻んだそれが、しっかりと絡められる。
「ちゃんと薬飲んで寝て、ちゃんとなおす。約束な?」
「うん」
 
 こうしてまた、もう何度目になったかわからない約束を果たしあいながら、一年の最後の日がしずかに過ぎていく。
 とても万全とは言えない状況ではあるけれど――ささやかな幸福だなんてものは、きっとこんな形をしているのに違いない、だなんてことを思わせてくれながら。


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