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調弦、午前三時

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アイ スクリーム

「ほどけない体温」周と忍。



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「アイス食べたい」
 見るとはなしにつけたままのテレビ画面の青白い光に照らし出されたまま、ひとりごとめいた僅かに掠れた声でぽつりと傍らの男は呟く。
「ねー、あま」
 つ、とシャツの袖をひっぱる仕草と共に答えられる言葉を遮るように、床に投げおいたかばんを引き寄せながら周は答える。
「買ってくる。どれがいいとかってある?」
「いいよ別に、そんなつもりじゃないし」
「いいだろ別に、気分転換みたいなあれだし」
 少しざらついた声で答えられると、胸のあたりをさわさわとなぞられたかのようなくすぶった感情が揺らめく。まぁ、こんな風に掠れさせた声を出させている責任のいったんはこちらにもあるのだから、そのくらいは。
「なんかおまえに言われたらこっちもほしくなったから」
 かばんの側に転がっていた携帯電話でいまの時間――深夜二時過ぎ、を確認し、ひとまずその場を立ち上がろうとしたところで、伸びるのもおかまいなしとばかりにぐっと長袖のTシャツの袖を引っ張りながら、忍は答える。
「じゃー俺もいっしょに行く、ね?」
「……待ってればいいだろ」
 少しだけあきれたように答えれば、すぐさま返されるのは、あのいつも通りのいじけた子どもじみた表情だ。
「だめ、ひとりだと周があぶない」
「ガキじゃあるまいし」
「そんなこと言うけど、ひとりよりふたりのほうがあぶなくない」
 じいっと目をこらすみたいにこちらを見つめ、しばしばそうするように、おおきな掌でくしゃくしゃとやわらかに髪をかき混ぜながら、忍は答える。
「だから一緒に行く」
 決定事項だ、とでも言いたげな口ぶりで答えられれば、反旗を翻す理由などあるわけもない。
「じゃあ着替えて、下だけでいいから。あと、めんどうでも靴下ちゃんと履けよ」
 こくこく、と黙ったままうなずく姿に、どこかうわずった淡い感情が胸のうちをくすぶらせていくのを感じる。子どもか、ほんとうに。(もちろん、悪い意味ではなく)


 人気のない深夜に出歩くのはいつも、どこかうわついた地に足のつかないような心地にさせられて存外悪い気分ではない。
「しのぶ、」
 静まり帰った夜半の少しくぐもった空気の中、しらじらと明るい蛍光灯の灯りに照らし出された横顔をじっと眺めながら、ふらふらと揺らいでいた掌に遠慮がちに自らのそれを押しつけるようにして、壊れものに触れるみたいにゆるゆると指先を絡めるようにする。
「周?」
 少しだけおどろいたように、それでも、すぐさまうんとうれしそうに瞳を細めて、指先にぎゅっと力を込められる。その笑顔の過程に、じわじわと胸のうちから言いしれのようのないあたたかなものが滲んでいくのを感じる。
 手を握り合ったまま、一段一段、踏みしめるように階段を降りていく。指先が、僅かにくすぐったい。


 時々こんな風に、人目を気にするようにしたまま――それでも、誰の目にもつかないことを確認してから、外で手を繋いで歩くことがある。
 初めて掌を差しのばしたその時の、驚いたように瞳を見開いて、それからすぐに、気まずそうに視線を逸らした時のあの顔はばかみたいだけれどいまだに忘れられない。そりゃあまあ、らしくもないと言われるのは覚悟していたけれど。

「夜んなるとやっぱちょっとさむいねー。まぁ、それもきもちーけど」
 部屋着のTシャツの上に羽織ったカーディガンの裾を、空いたほうの指先でするするとなぞりながら忍は答える。
「なんかさ、夜って空気の密度が違うよね。匂いとか、感触とか。あと、なんか葉っぱの匂いが昼間よりも濃い気がする。煮詰まってる感じ」
「……時々野生児みたいだよな、おまえ」
「かなぁー?」
 得意げににいっと笑って答えながら、まばらに灯りのついた見知らぬアパートと、その遙か先にぽっかりと浮かぶ、かすかに滲んで欠けた丸い月をぼんやりと上げる。繋いだままの指先をもぞもぞと動かして、冷たい部分を探すようにしながら体温を分け合って――その実、たやすくほどけるように、指先にこめた力をじわりと弱めるのはいつものくせだ。
 

 通い慣れた道をほんの数分歩くうち、白々しいほどの灯りに照らされた目的地が遠目にぼんやりと見える――こんな時間でもお構いなしに、駐車場にたむろする子どもたち(とはいっても、恐らく年齢はさほどは変わらない)の影も。
 ほら、やっぱりこうだ。まるで合図でもしあったかのように、ゆるりと互いに重ね合わせた指先をほどいて引き剥がしていく。その時ほんの少しだけ、横目に傍らの男の表情を確認する。
 僅かに瞳を曇らせ、どこかあきらめたように――それでも、こちらの視線に気づいたその途端、僅かに陰りを帯びたまなざしにはあたたかな色が滲む。
 大丈夫。そばにいるから。言葉もなくそう訴えかけるようなまなざしと、どこかぎこちなくゆるませた笑顔。
 らしくもない――でも、ある意味ではいちばん「らしい」
 きっと周だけが何度も目にしてきた、うんと飾らない、混じりけのひとつもないその笑顔の過程をたまらなく好きだと思った。きっとこれから先も、何度もそう思い知らされるのだと、そう思うくらいには。

 手持ちぶさたの掌をひらひらと泳がせる傍ら、カーディガンのポケットにしまわれるそれを、どこかぼんやりとしたまま眺める。
 窮屈じゃないんだろうか、ほんとうに。気まずい心地のまま目を逸らし、アスファルトの上に落ちた石ころのかけらをスニーカーのつま先で蹴るようにする。
「何にしよっかー。ハーゲンダッツかなぁ、やっぱり」
「ガリガリくんなら奢ってやんぞ」
「えー、周のけち」
 答えながら、ゆるゆると手の甲をぶつけあう。幾度となく繰り返してきた仕草。
 ふたりで居ることはこんなにもあたりまえで、こんなにも大切で、それなのに――時々こんな風に、どうしようもなくもどかしさが募るばかりだ。
 僅かに唇を噛みしめるようにしながら、地べたに座りこんだジャージ姿の子どもたちの姿をちらりと横目にほんのひとときだけ眺め、自動ドアをくぐる。深夜でもお構いなしのチャイムの電子音はくぐもった頭にいやに冷たく響く。



 深夜の間食はどこか後ろめたい背徳の匂いが心地よいスパイスとなるのか、いつもよりもどこか楽しい。すみかを抜け出てのちいさな冒険と、その一部始終につきあってくれた相手が居るのなら、余計に。

「やっぱ高級な味すんねー、普通のやつ二個半の価値はあるっていうか」
 満足げににまにまと笑いながら、金属のスプーンで手にしたカップの中身を掬っては口元へと運ぶ、を繰り返す恋人の姿を周はぼんやりと眺める。なにを食べても楽しそうに食べるのはこの男の長所のひとつだろうと、幾度となく感じてきたことを、それでも繰り返し繰り返し、こうして思い知らされては現在に至る。
「周のなんだっけ」
「クッキーアンドクリーム」
 いる? と聞くよりも先に、ストロベリーフレーバーをたっぷり掬ったスプーンがすい、と口元に差し出される。
「周のもちょーだい」
 黙ったままカップごと差し出すと、手慣れた様子でこちらのスプーンを奪い、すっと掬いあげたひとくちを口にする。
「おいしーね?」
 にこにこと満面の笑みで答えられると、それだけであっさりと、こんなにも満たされてしまっている自分に気づき、苦笑いのひとつも洩らしたくなってしまう。
「もうひとくち食べていい? いーよね?」
「……自分のがあんだろ」
「周も食べていいからさ、ね?」
 どことなくあきれたようにそう返せば、一歩もひるまない様子でにこにこと笑いながら、ぐい、と口元へと差し出されたスプーンによって、舌の上いっぱいにひんやりと冷たく甘酸っぱい感触が溶かされていく。
 舌の上からつたう甘ったるい感触から、じわじわと身体の奥は冷やされていくのにーーどうして、胸の奥のくすぶったこの熱は、少しも消えたりなんてしないんだろう。

 つけっぱなしにしていたテレビではいつの間にか深夜にありがちな通販番組は終わって、恐らくふた昔まえにでも少しだけ流行った洋画がぼんやりと流れている。
 ちりちりとざらついた画面と、鼓膜をすり抜けて行く少し早口の幕して立てるような言葉たちはぽっかり空いた隙間のようなこんな時間にはどこか不思議と合っていて、心地よさを際だたせてくれる。

「ちゃんと歯磨けよ、寝る前に」
 ベッドに背をもたれさせたまま、くしゃ、と握りつぶしたふたりぶんの空のカップをゴミ箱に捨てるさなか、寄りかかるように身を寄せた男がぐい、と袖を引っ張りながらかけてくるのは、こんなひとことだ。
「いいけど、じゃあそのまえにちゅーしたい」
「……おまえなぁ」
「周はしたくないの? いいじゃん、減るもんじゃないしさぁ」
「んなこと言ってねえだろ」
 ぷう、とわざとらしく頬を膨らませるいやに子どもじみた態度を前に、あやすようにさわさわと髪をなぞる。他愛もないそんなスキンシップに、胸の奥のちりちりとくすぶった熱は、あっけないほどにその温度をよりいっそうと高めていく。
「しのぶ、」
 しばしばそうするように、とんとんと数度肩をなぞる。瞳を細めてみせるその態度に誘われるままに顔を近づけ、そのままゆっくりと、もうずいぶん手慣れてしまった動作で吐息を重ね合わせあう。
 くぐもった吐息を交わしあい、ゆっくりと舌を絡ませあうと、なまぬるくあまったるいバニラとストロベリーフレーバーが溶け落ちて、しびれるような感触がじわりと胸の奥を埋め尽くしていく。
 アイスクリームフレーバーの深夜のキスの味は、身体ごととろけさせるみたいにこんなにもあまい。


 ろくに見てもいなかったテレビ画面の中では、職場(らしき場所)と自宅、行きつけのカフェの行き来だけで代わり映えのない画面を行ったりきたりしていたはずの主人公がいつしか、自家用車でどこか遠い町を目指して旅に出ている。
 取り残された自分たちはといえば、ただ無為な時間をやり過ごすかのように、思いついた端からくだらない話をしてはしぱしぱとまばたきを繰り返し、時折思い出したかのように指先を触れあわせるだけなのだけれど。

「寝よっか、そろそろ」
「んー」
 とろとろと落ち掛けた瞼をしばたかせながらすり寄せられる体温と、程良い重みが心地よい。
 明日も休みで、目覚ましなんてかけなくてよくって。何にも理由なんてないけれど、ただこうして一日を終わらせてしまうのが勿体なくて、引き延ばすような時間を過ごしていたくて。それでも、ふたりで迎える「明日」も、その先があるのもまだ知っている。

「また明日?」
「ん」

 もうとっくに「明日」になってはいるけれど。なんて野暮な物言いはともかくとして。

 こちらの人生はまだこれからも続いていくので、ひとあしお先に。傍らでたぐり寄せるようにリモコンを手に取り、ぱちんとテレビの電源を落とす。するりと暗闇に消えていく画面を眺めるそのあいだも、もう片方の指先は、同じ温もりをゆるやかに分かち合ったそのままだ。





 おぼろ夜を溶かしあう指のあまやかさ







ツイッターで深夜にハーゲンダッツ買いに行かされる方が攻めって話題になってたのを見ていたら「忍は周くんについていくよ」と思ったので書きました。

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