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調弦、午前三時

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Baby,I like you.

「ほどけない体温」海吏と忍の奇妙な(?)友情のお話。








 ふぅーと、いっそすがすがしいくらいにわざとらしく大仰なため息を吐き出したのちに告げられるのは、前振りとはひどくアンバランスなこんな一言だ。
「最近さぁ、周がますますかわいくて」
「……はぁ」
 あっさりと受け流すように(たぶんこの反応が正解だろうと見越して)答え、少しだけぬるくなったコーヒーのカップに口をつければ、途端にいつものあの、おどけたような表情がかぶせられる。
「ていうかさぁ」
「なんで」
 ほぼ同時にかぶせられた言葉に身をひくように思わず身構えれば、いつものあの、気安い笑顔とともに返されるのはこんな一言だ。
「ごめんね、先言っていいよ」
「別に……」
 出鼻をくじかれたような居心地の悪さに、思わず苦笑いのひとつも洩らしながら僕は答える。
「前から思ってたんだけど。なんで僕に話すの、そういうの」
「――まぁなんていうか」
 少し華奢な手首に巻き付けた革のブレスレットを指先でいじるようにしながら、忍は続ける。
「伏姫が好きだから?」
「……はぁ」
 だからなんで疑問系なんだよ、そこで。ひとまずはめいっぱいの苦笑いで応えてやれば(おそらくそれが何よりの正解だから)、いつも通りのあの、少しもめげた様子など見せないそぶりで、目の前の男は答える。
「伏姫もない? そーゆーの。なんていうかさ、聞いてもらえるとうれしいっていうか、安心するっていうか。伏姫だって春馬くんにはするでしょ、話」
「……別に、春馬にだって。そんなこと」
 喉元だけじゃなくって、微かに胸のうちまでが熱く火照っていく感覚を覚えながらゆるく吐息を吐き出せば、いつもの好奇に満ちたまなざしの奥に、わずかに穏やかな色がゆらゆらと揺れるのが手に取るように伝わる。
四六時中、万事おどけた様子でこちらを翻弄してくれていれば「そういう相手」としてこちらだって適切なつきあい方が出来るのに。時折注がれる、このいつくしみにも似たたおやかさを滲ませたまなざしに無様に振り回されてしまう自分がいるのは確かで。
「……はずかしいから?」
「そういうのも、あるけど」
 こほん、とわざとらしく咳払いをひとつこぼしてから、僕は答える。
「そういうのは、相手のこともあるから。何なら話していいのかって、僕には判断出来ないから」
「……らしいね」
 瞳を細めながら呟かれるやわらかな肯定の言葉に、するり、と胸の奥をなぞられたかのような心地を味わう。

 忍の話の中に、「あまね」が頻繁に出てくるようになったのはいつからだったろうか。もう思い出せないほどだ。
「あまね」は意地っ張りで気が強くて、終始そっけなくて、それでいていつだって人一倍優しくて、一緒にいると楽しくて、そんなところも含めて、とにかくすべてがかわいい。
 あんまりにこにことごく自然に、うれしそうにそう話すのだから、名前の印象も相まって新しい「彼女」だと誤解したのも無理のないことではあったのだ。
 いままでに人づてに噂に聞いた「彼女」――おっとりして、いつもニコニコしていて、取り立てて目立つタイプではないけれど見た目から何気ない仕草から、愛嬌があってかわいい――とはずいぶん印象が違うのだから、戸惑わなかったと言えば、嘘になるのだけれど。

「ていうか話もどんだけど、いい?」
 にいっと、いつも通りのあの得意げな笑い顔を浮かべながら、忍は続ける。
「なんかさ、ちょっとづつなんだけど、俺のこと頼ってくれるようになったっていうか。まえよりも赦してくれてんだなーって感じになってきたのね。ほんっと、ちょうかわいい。見せらんないのがもったいないなーって思うくらいかわいい。あ、でも見せちゃだめかー、好きんなっちゃうかもだし」
「……」
 自分のことを言われているわけでもないのに、こんなにも気恥ずかしいのはどうすればいいものか。
 ひとまずはぶざまに目をそらすことでやりすごすこちらを、いつものあのくるくるとよく動く瞳でじいっと見つめ返しながら、忍は答える。
「伏姫のおかげだと思うんだよね、そゆのも」
「……なんで」
 戸惑いを隠せないこちらを前に、覗きこむようにじいっとまなざしを傾けたまま、続けざまに告げられる言葉はこうだ。
「ほら、まえに周と話したじゃん? そん時ね、伏姫くんにすごい感謝してるって言ってたよ。初めて会った時からみっともないとこばっか見せて、迷惑かけっぱなしだったのにすごい親身になって話してくれたって。そのおかげでちゃんと、俺とちゃんと話さなきゃなって思えるようになったんだって。伏姫くんはすごいねって言ってたよ。ほんとに強くて、ほんとに優しいって」
「……そんなこと」
 みるみるうちに、顔があつくなる。そんな風に思ってもらえるような立派なんかじゃないのに。ただ自分のことを一方的に話しただけなのに。
「でもさぁ」
 こちらの様子をちらちらと覗き見ながら、途端にあのいつもどおりのひどくあっけらかんとした口ぶりで、続けざまに告げられるのはこんな一言だ。
「おまえほんと趣味悪いなって言うの。ひどくね?」
「……どういう」
 要領を得ないこちらを前に、うんと得意げににいっと笑いながら、忍は答える。
「伏姫くんはほんとにいい子じゃん。なのに俺がいいって、おまえどんだけ悪趣味なんだよって」
 告げられる内容とは裏腹に、曇りなんてかけらも見あたらないその笑顔は、ひどくうれしそうだ。
「なんて答えたの」
 コーヒーカップの持ち手に絡めた指を、ひらひらと踊らせるようにゆるやかに動かしながら、忍は答える。
「周が世界一かわいいのは俺だけが知ってればいいじゃん? って」
 あまりにも「らしい」ひとことを前に、何か言葉を探すよりも、曖昧な笑顔で答えてみせる。たぶんその方が、その場しのぎの曖昧な言葉で取り繕うようりもずっと、きっと伝わるから。
「……好きなんだね」
 自分でもばかみたいだな、なんて思いながら、それでもただ気持ちのままにそう呟く。だって、それ以上の伝えたい言葉なんて、見つかりっこないから。
「うん、だいすき」
 曇りなんてみじんも見あたらない様子で言い切るその様子に、なぜだかふつふつと、こちらにまであたたかな気持ちがこみ上げてくるのを感じる。見せてあげなきゃ、ちゃんと伝えなきゃ。でも、そんなのきっと必要ないのに決まってる。この調子ならきっと、当人にだって幾度となく届けているはずだから。
 得意げににんまりと笑いかけるようにしながら、忍は続ける。
「なんていうかさ、自慢したいとそゆつもりじゃないんだけど。でもなんかこう、知っててもらえるとうれしいー、みたいな?」
「わかんなくもないけど……」
 心を赦していると、その何よりもの証のように大切な相手の話を聞かせてもらえることがこんなにもうれしいだなんて、ずっと知らなかったのは確かで。
 うっとりと瞳を細めるようにしながら、続けざまに言葉が投げかけられる。
「周がさ、今度またちゃんと伏姫と春馬くんに会って話したいって。いろいろ迷惑かけたの謝んなきゃいけないしって。そんで、よかったらまた話してくれたらうれしいって。なんていうか、まじめっていうか。別にそんな気にしなくていいって、ふたりともいい子だしぜんぜん怒ってないしって言ったんだけど、おまえがそれ言うんじゃねえよって言われて。でも、そのあとなんかすっごい気まずそうな顔してて」
「そういうところがかわいいって、そう言いたいわけ?」
「そうそう」
 くすくすと満面の笑みで答えられれば、こちらまでいつしか気持ちが緩まされてしまうのはきっと、仕方のないことで。
「なんていうかさぁ」
 軽いのびをしてみせたのち、忍は答える。
「別にさ、周は周のまんまでいいって思ってたわけね。素っ気ないのも不器用なのもちょっと怒りっぽいのも意地っ張りなのもぜんぶ周だし、そのまんまの周がかわいいのは知ってるし。でもさ、そうじゃなかったんだよね。周はいっしょうけんめい無理して、めいっぱいがんばってて。俺が周に振り向いてほしい、ちゃんと俺のこと見てほしいって思って振り回したせいでいっぱい傷つけて、すごいつらい思いたくさんさせて。でもちゃんと、帰ってこいって、一緒にいてもいいって言ってくれて」
 僅かに潤ませたかのように見える目尻に微かにぎゅっと力を込めるようにして、続けざまに吐き出されていく言葉はこうだ。
「いままでずっと、すげえ無理させてたんだなって。でも、いいんだって。ほんとに赦してくれたんだって。周がちょっとずつ変わってきてるのもたぶん、そのおかげなんだって思って。ほんとうれしくて。なんかもう、伏姫に自慢するくらいしか思いつかなくて」
「瀧谷……、」
 答えながら、机の下で僅かに震わせた指先にぎゅっときつく力を込める。
 無遠慮に投げ出された裸のこころはこんなにも無防備で、こんなにもやさしい。きっとこの気持ちのかけらひとつひとつが、彼の心を穏やかに溶かしていったのだろうと、容易に想像がつくほどに。
「ありがと、ほんとに」
「なんにもしてないよ、別に」
「自分じゃわかんないんだよね、そゆのって」
 答えながら、いつものあの無遠慮さで、机越しに差しのばされた掌がほんの僅かにだけくしゃり、とゆるやかに髪をなぞる。
「今度さ、」
 少し節くれた指にはめられたシルバーリングをそうっとさするようになぞりながら、忍は答える。
「伏姫がなんか困ってたら言ってよ、頼りになるから。別に伏姫はいいって言うかもだけど、言いたいなってなった時でいいからさ」
「――あんたには言わないって言ったら?」
「じゃーがんばる」
 子どもじみた受け答えと、邪気なんてかけらも感じられない笑顔に、ほろほろと心の奥が崩れ落ちていくかのような心地を味わう。
 それなのに、ちっとも怖くなんてない。

 変わったのはきっと、彼だけじゃない。忍だってそうだ。
 いつだって余裕ぶって、強気に笑ってこちらを翻弄するようなそぶりばかり見せていた忍が奥に潜めた感情の色を引き出したのがきっと彼で。誰かのために変われることが――それを見せてもらえることが、心を預けてもらえることが――こんなにも優しいだなんて、ずっと知らなかった。

「あのさぁ」
 ふぅ、と少し大げさに息を吐き、僕は尋ねる。
「きょうのこと、恋人に話してもいい?」
「――いいけど」
 答えながら、少し照れたように肩をすくめ、いつくしむように瞳を細められる。そんな些細な仕草に、心は音も立てずにふわりとゆるやかに軋むような感覚をじわじわと広げていく。
 それでも、少しも苦しくなんてない。こんなにもあたたかい、ただそれだけだ。
「ちょーうれしい」
 ひとりごとめいた響きで吐き出される言葉を前に、聞こえないふりをするように目を逸らし、小さく吐息を漏らす。頭の片隅に微かによぎるのは、ひどく苦しげに、それでも、真摯としか言えないまっすぐなまなざしで目の前の相手のことを語る彼の姿だ。

「また今度さ、よかったらあそぼって。別にそんな感じ出さないし、ふつうに」
 瞳を細めながら投げかけられる言葉を前に、わざとらしくくすりと笑いながら僕は答える。
「そんなってどんなだよ、そんなって」
「だからそんなじゃん。聞くかなぁそこ、まだ昼間だし。ここ、公共の場だし」
「何言うつもりだったんだよ」
 わざとらしく顔をしかめて笑えば、いつものあの遠慮のかけらもない笑顔がそうっと覆いかぶせられる。そんな些細なやりとりが、こんなにも心地よい。

「楽しみだね」
 ひとりごとめいた曖昧なささやきにくるまれた想いに、僕はただ瞳を細めるようにしながら受け流すように、ぎこちなくそうっと視線を逸らす。
 ふいに見上げた窓の外からは、午後の切れ間を照らし出すかのようなやわらかな光がそうっと、祝福のような穏やかさで降りてきている。





忍と海吏の関係性も時間を経てゆるやかに変化していて、このふたりなりの友情と信頼関係が生まれてたらいいなぁと思います。
そうやってこのふたりはゆっくりと「友達」になっていったんじゃないかなと。

ほどけない体温はもう少し書きたいエピソードがあるので、番外編を一冊作れたらと思っています。

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