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調弦、午前三時

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星を繋ぐ

「ほどけない体温」周から見た忍について。
つめたくしないで」と対になるエピソードです。

直接的な表現はありませんが、そこはかとなくえろいかもしれない。







 暗がりの中、微かに触れあった箇所がいつしか同じぬくもりを分け与えあっているのに気づくその度、星をひとつ、手にしたような心地を味わう。


 まどろみながら、差しのばされた指先にそっと、自らのそれを絡めるようにする。少し節くれて、僅かに汗ばんだそれに触れながら、気づかれないようにそっと息を吐くその度、こらえようのない安堵と、それでもどこかぬぐい去れない憂いのその両方に襲われ、息が詰まるかのような心地を味わう。
 気づかれてしまったらどうしよう――揺らぐ意識の中、力を込めないようにとそっと指先を震わせれば、無意識のうちにやわらかに握り返されるその感触に、ぶざまなほどにみるみるうちに心ごとかき乱されてしまう。
「……ンっ」
 ぬるい吐息を吐き出しながら、しなだれるように、僅かに肩や腕がこちらへとぶつかる。ひとり用の狭苦しいベッドでは、こうしているあいだも身体と身体のどこかがぶつかり合うのはあたりまえのことで、その窮屈さすらもいとおしくて。それでも。
 こんな風に、僅かに指先を触れあわせるそれだけの行為に、こんなにもぶざまに心ごと揺さぶられてしまうだなんて、我ながらおかしな話ではあると想うのだけれど。

 はじめてそれに気づいた時のことを、周はいまでもよく覚えている。
 傍らで一足先に、ととろとろと緩やかな寝息を立てながら眠りに就くその姿を前に、意識を漂わせていたその時のことだ。暗がりの中、ふいに触れたあたたかくやわらかな感触――それが忍の指先だと気づいた時、ひどくびっくりした。
 だって、あんなにも自由自在に周の輪郭をたどり、心をうちからみるみるうちに溶かしていく奔放なあの指先が、こんなにも無防備にたやすく投げ出されているだなんて。
 戸惑う気持ちを抑えきれず、それでも、あらがうことなど出来そうにもない衝動に似た何かに揺らされながら、目の前へと差し出されたその先へ、自らのそれをゆるやかに絡め取る。
 このぬくもりを知っている。間違えるはず、あるわけもない。

 節くれて少し骨ばった指を、爪の形を――暗がりの中、確かめるようにそっと触れて、ぬるい吐息をひそやかに漏らす。
 周の輪郭をなぞり、形作ってくれる――触れたその先から心ごと溶かしてくれるこの指が、初めて触れられたその時から、どうしようもなく好きだった。
 今更のように思い知らされるその感覚に、ぐっと息が詰まるような心地を味わう。気づかれてしまったらどうしよう。気まずさが見る見るうちにこみ上げてくるのに、あらがうことなど到底出来ないまま、意識がぬかるみの底に落ちようとしていくのにこのまま身を任せる。



「体が好き」という言葉が眉を潜められるような言説としてしばしば語られるのはなぜだろう、ということをこのところよく考えるのはきっと、紛れもなくこの体が好きだからなのだろう。そんな他愛もないことが、このところ頭をよぎって離れなくなっていた。

 骨ばった指が、きっちり切りそろえられた四角い爪が、少し華奢な手首と、ややアンバランスにくっきりと浮き上がった骨が、指先をやわらかにすり抜ける髪が、その隙間から顔を覗かせるつるんと丸みを帯びた形のいい耳が、頬から顎にかけてのなだらかなラインが、引き締まった背中に浮き上がる肩胛骨の付け根が、わき腹から腰骨の少し張りつめた、掌を這わせることでなだらかに吸いつくかのような感触が――数え上げればひとつひとつ、きりがないほどに。
「気持ちいい」と瞳を細めて答えてくれる、重ね合わせるほどに熱くなるこの体を、それをこんなにも無防備に投げ出してくれるはだかの心を、どうしようもなく愛していた。
 たぶん最初からずっと、この体がほしかった。こちらの潜めたはずの欲望など気づきもしないまま、無防備に投げ出される心に苛立って、ばかみたいに振り回されて。くすぶった気持ちを無遠慮にかき回されるその度、自己嫌悪で逃げ出したくてたまらなくて、それなのに、無様に足が竦んで身動きひとつ取れやしなかった。
 見透かされているかのような態度に煽られるそのたび、どうしようもなく息苦しさが募るばかりで。「信じる」だなんてひどく簡単なことがいつまでもたっても出来なくて。そのせいで、つけなくていいはずの傷をめいっぱい負わせる羽目になって。
 それなのに、目の前の男は一度たりとも周から逃げるようなことはしないままだった。いつのまにかこんなにも好きになっていたのは、だからだ。
 手に入っただなんて、いまでも思っていやしない。それでも幾度となく、赦されているのかもしれないと思う瞬間が訪れる。前よりもずっと確かに信じられるようになったから。信じてほしいと、素直にそう思えるようになったから。
 こんな風に誰かと生きていきたいと思えるようになるだなんて、ずっと思っていやしなかった。

「んンッ……」
 ぱたん、と寝返りをうつようにしながら、なまあたたかいぬくもりにくるまれた体がこちらへと預けられる。誘われるままにゆるやかに掌を差しのばし、やわらかな髪をなぞりあげるようにすれば、安心しきったようなあたたかな吐息が寄せ合った体のあいだで静かに溶けていく。

 言葉や態度よりもなによりも、差しのばされる指先を、重ね合うほど熱くなれる肌を、委ねあえる快楽を信じていた。
 隙間なんて出来ないようにぴったりと肌を寄せ合うほど安心する。まなざしが、触れたその先が伝えあうぬくもりを分かち合うほどに、どんどんその思いは強まる。
 重ね合わせるほどに熱くなってくれる肌が好き、周を心ごと溶かしてくれる指先が好き、この体のぜんぶが好き。抱き合うことが、求め合うことが、いつの間にかこんなにも手放せない、当たり前のことになっていた。周にはただ、そのことがうれしい。
 世界中どんなに探したって忍以外はだめで、忍しか考えられない。ほんのかけらでもいい、忍にも似た思いがあるのなら、だから手を繋いでくれるのなら――どこか切実な祈りにも似た気持ちがせり上がっては、息苦しさを募らせるばかりだ。

 眠りのふちをさまよう指先が、何かを探し求めるかのようにゆらゆらと腰のあたりをまさぐる。くすぐったいその余韻に酔いしれるようにしながらゆるく手をのばし、指を絡めてやれば、安心したかのようにちいさく漏らされた息が胸のうちで溶ける。

 忍が幾度となくそうしてくれたみたいに――自分だって、忍の「安心」になりたい。心ごと、体ごと委ねるばかりじゃなくって。
 微かに熱くなる瞼を閉じ、ぬるい息を吐き出しながら心の中でだけそう呟く。触れれば触れるほどに気持ちはせり上がり、それなのに、溢れて消えたりなんてしないのを知っている。目の前の相手がぜんぶ、それを教えてくれたからだ。

 おまえじゃなきゃだめなんだけど、それでもいい?

 心のうちだけでぽつりとそうつぶやきながら、ぐらりと波の底に沈んでいく思いに身を委ねる。僅かに触れあわせた指の先は、答える代わりのようにゆるく周のそれを握り返してくれる。そんな些細なことが、こんなにもうれしい。



よるべなさ寄せ合うように星描く ふたりの空に帰れるように







周くんと忍は性愛で深く結びついてる二人なんだよね、ということをつらつらと考えていたら書きたくなったので書きました。


あまぶんで柳田のり子さんに頂いたレビューでのお言葉「肉体を描くことで精神を表現する、深い愛情の物語」というのは、すごく嬉しいやら勿体ないやらお恥ずかしいやらではありますが、R18のBLでしか踏み込めないことを書こう、という思いのもとに書いたことを汲み取っていただけたように感じられて、とてもとてもうれしかったです。
頂けた言葉はすべてありがたく受け止めさせて頂いているのですが、自分では書いている間に気づけなかったことを教えて頂けたり、自分がまさに届けたくて必死になっていたことを「見つけてもらえた」と思える瞬間がたくさんありました。
お気持ちのひとつひとつに、心から感謝しています。

読んでくださってほんとうにありがとうございます。
何度も言ってる気がするけど、ほんとうにそれしか言えません。笑

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