「ほどけない体温」
周くんと忍がお風呂に入ってるだけのお話。
「最近さー、温泉旅館とかでカップルプランってはやってんじゃん。ふたりだけで貸し切り温泉に入れますよーってやつね」
ちゃぷ、と音を立ててバスタブに浸かりながら、目の前の男がいやに得意げに告げるのは、こんなひとことだ。
「ああいうとこってさ、ぜったいみんなえっちすんじゃん? 掃除の人も大変だよねーそれ考えるとさぁ」
「……おまえなぁ」
あきれながらふぅ、と大げさに息を吐けば、相も変わらずの得意げなにやにや笑いと共に返ってくる言葉はこうだ。
「えー。だってさぁ、せっかくならいつもと違うとこでしたくない? ていうかぜったいするよねふつう。お風呂でいちゃいちゃすんのって楽しいしさぁ」
あおるようにぐり、と足の指の先を重ね合わせるようにされれば、火照った顔はますます赤くなるばかりで。
「ここで我慢しろ、ここで」
たしなめるように、ぱしゃ、と少しぬるくなった湯をかけてやりながら周は答える。
「温泉の素、買ってきてやるから」
いつかはふたりで温泉旅行もきっと悪くないけれど、それまではひとまず、この狭いバスルームで。
「ここくらい狭いほうがいっぱいくっつけるもんね?」
確かにその通りではあるのだけれど。
ぱしゃ、と少しぬるくなった湯を掬い、火照った顔を両の掌で覆い隠すようにしながら、周は答える。
「もう出る」
「じゃー俺も」
続けざまに立ち上がろうとする姿を前に、ぐっと押さえつけるように肩にのせた手に力をこめる。
「おまえはまだはいっとけ。ちゃんと肩まで浸かって百数え終わるまでな。でもって反省してろ」
「時代は半身浴だよ?」
少しだけ不満げな口ぶりで、それでも、うんとうれしそうに笑いかけながら告げられる言葉に、相も変わらず心ごとやわらかになぞりあげられるのは仕方のないことで。
「出たらアイス食っていいから」
うんとうれしそうに笑う姿を前に、しばしばそうするように、黙ったまま濡れてくしゃくしゃになった髪を無造作になぞりあげる。
「よんじゅはーち、よんじゅきゅー、ごーじゅ、ごーじゅいち……」
バスタオルをかぶったまま一足先に舞い戻ったリビングでは、律儀に数を数える声が響く。
……ほんとうに数えてるあたり、律儀というかなんというか。忍は時々こんなふうにばかみたいに素直で、ばかみたいにいちいちかわいい。
たまには褒美でもやったほうがいいんだろうか、おおむね『いいこ』にしてるわけだから。
「はちじゅはーち、はちじゅきゅー、きゅーじゅー」
やけに間延びした声でゆっくりカウントされる数字に、自分から思いつきで言い出したとは言え、思わず笑いだすのをこらえきれなくなってしまう。ご近所に聞こえてたら何歳児がいると思われるんだろうな、とりあえずはこれっきりにしよう、はずかしいから。
「ひゃーくっ」
ごくり、と喉を鳴らすようにしてガラスコップになみなみと注いだよく冷えたほうじ茶を飲み干したそのころ、頃合いを見計らったようにカウントを終えるうれしそうな声が届く。
「やっぱさー、クリーム系じゃなくてシャリシャリ系のアイスが食べたくなるのが夏本番って感じだよねえ」
ベッドを背もたれにして傍らに腰をおろしたまま、特売日に買っておいたマルチパックのガリガリくんをうれしそうにほおばる姿を、周は飽きもせずにただぼんやりと眺める。
いろいろ種類が増えてもプレーンの梨味かソーダ味がいいなんていうあたり、安上がりで家計に優しいというか、なんというか。(もちろん周だって、庶民舌であるのは確かだけれど)
「周は食べないの?」
「いいから、遠慮しないで食え」
おまえがそうやってうれしそうに食べてるのをみるのが好きだから、なんていうのは、思っていても言わない。お父さんみたいだとかなんとか言って笑われるのが目に見えているから。
「じゃあひとくちあげる、ね?」
すいっ、と遠慮のない仕草で目の前に差し出される歯形のついたアイスキャンディーに、誘われるままにぱくりとかじりつく。
たちまちにしゃり、と音を立てながら口の中で溶け落ちていく氷は周の熱をゆるやかに冷ましながら、さっぱりとした甘さを口いっぱいに広げていく。
「おいしーねー?」
うれしそうに笑う姿に、くしゃくしゃと心の内側をなぞりあげられるのを抑えきれないのはいつまでたっても変わらない。
もうとっくの昔に思い知らされているのだ。たとえ千数えたとしたって、この胸の奥でくすぶる熱が冷めるはずなんてないことくらい。
「ああー」
しゃり、しゃり、しゃり。小気味よい音を立てて次第に姿を消していくアイスキャンディーを支える木の棒を前に、残念そうに声をあげて忍は言う。
「ほら、またはずれ。一本くらい入れてくれたっていいのにね、あたり」
「……んなことしてたら儲けになんねえだろ」
答えながら、なだめるようにくしゃり、と髪をなぞる。
「周はほしくないの、あたり棒」
「別に……」
しゃり。最後のひとくちを飲み込み、べたついた無印の木の棒を残念そうに眺める男を前に、周はつまらなそうにただ一言だけそう答えると、少しだけ冷たくなった吐息をふかぶかと吐き出すようにする。
少なくとも人生最大の当たりくじは既に引き当てたと実感しているのでそこまでは望まないだなんてそんなこと、言えるわけあるはずもないのに。
(言ったら調子に乗るから、絶対に)
あまぶんでまゆみ先生からお受けした字スケブネタ「いっしょにお風呂」に加筆修正しました。
周くんはデレるまえからお風呂に入ってくれるけど、たぶん心を開いてからは髪の毛あらったりしてくれる。
お友達とのオフ会に持っていくためのおみやげコピー本として作りました。
この他にもういっぽんお話があるのでそちらは後日です。
少しだけ多めに作って大阪文フリとテキレボでも配布しようかと思っています。
PR