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調弦、午前三時

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ice cream kiss xxx

「ジェミニとほうき星」
海吏とマーティンのささいなケンカのお話


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 笑ってしまうようなささいなことがきっかけだったとしても、他人同士が共に過ごせば、ほころびが生じることは避けられない。

「……出かけてくるね」
「鍵、忘れないで。僕もすぐに出るから」
 トートバッグを片手に一言そう声をかければ、目を合わせないまま、いつもよりも幾分か素っ気ない口ぶりで返答が覆い被さる。
 わざわざ言わなくていいんじゃないの? 追い出すには好都合だったのに。
 わざとらしいほどの意地悪な言葉が浮かんでくるのを胸の奥に沈めながら、気づかれないようにそうっと息を吐く。だめだ、少しは冷静にならないと。

 一段一段踏みしめるように階段を降りて、明かりのついた部屋をそうっと見上げてみる。元はと言えば僕の部屋のはずなのに、なんで家主のほうが出て行く羽目になってるんだろう。彼と違って、帰る場所なんてほかにないのに。
 いやにとげとげした気持ちのかけらばかりがぷかぷか浮かび上がってくるのを感じては、そんな自分につくづく嫌気がさしてくる。どうして、どうして。こんなの、時間の無駄にすぎないのに。
 静まれ、静まれ、静まれ。呪文みたいに繰り返し唱えてはみるけれど、絡まった気持ちは余計に加速してはもつれあうばかりで。
見上げた空は、いやみみたいに突き刺すような日差しがまばゆい。


 きっかけはほんとうに、ばかみたいに些細なことだった。平日に積み重ねた少しばかりの日々の小さな諍いとすれ違いを上手く切り離せないまま週末を迎えて、気持ちを切り替えて笑顔で話をしたかっただけなのに、ほんのちいさなことをきっかけに不機嫌をぶつけて――
 よくあることだとそう思えたらいい。よくあること、どこにでもあるようなこと。その積み重ねが決定的な何かを下して、結び合ったはずの気持ちを引き裂いてしまうだなんてこともきっと――

 だめだだめだ。何考えてるんだろう。
 無理矢理に頭をうち震うようにして、すっかり氷が溶けて水っぽくなったアイスコーヒーに口をつける。
 近くにいたらうっかり顔を合わせそうだから、なんてわざわざ地下鉄で二駅離れてまで移動したのに、結局、時々ふたりで立ち寄る近所にもあるチェーン店のコーヒーショップに入っている自分が心底おかしい。
 かばんの底に沈んだままの読みかけのペーパーバックをめくってもちっとも中身なんて頭に入ってきやしないし、なんだか頭の奥がずきずき痛む。びしょびしょになったナプキンを指先でちぎりながら周囲を見渡せば、そこに広がるのは百人いれば百通りの人生模様だ。
 勉強道具を広げている学生、おしゃべりに夢中な女の子たち、向あかい合ったままスマートフォンのゲームをする男の子たちの集団、言葉少なに語り合う老夫婦に、手持ちぶさたに窓の外を眺める女の子、スーツ姿で汗を拭うビジネスマン、とどめに、恋人とつまらないけんかをしたあげくに行き場を見失っている惨めな東洋人ひとり。
 ここにいる人たちみんながみんな、誰しも順風満帆な人生を送っているだなんて限らない。生きていれば小さな諍いなんてものはいくつもあって、僕だけが不幸のどん底にいるだなんてことあるわけもなくって。
 わざとらしいため息を飲み込みながら、ひとまずはストローに口をつけて残り少なくなったコーヒーを吸い上げる。

 ねえどこにいる? いま何してるの?
 ちゃんと謝ってやりなおしたいって思ってるのは、僕だけじゃないよね?

 今なら言えるよ、もう大丈夫だよ。頭だってだいぶ冷えたんだ。もうあんなつまらないことで怒りっぽくなったりなんてしないよ。謝る準備ならちゃんとできてるんだよ。
 少しだけ震わせた指先で手にしたスマートフォンの画面をにらみつけるようにしても、望み通りの通知なんてくるわけもない。

――『つまらないことで意地ばっかりはってごめんね』
――『反省してるんだ。ちゃんと会って話そう。いまから帰るよ。待っててくれる?』


 打ちかけた文章を送信ボタンを押すまえにぜんぶ消して、開きっぱなしのLINEの画面ごとスワイプで追いやる。この気持ちに嘘偽りがあるからなんかじゃない。あんまりにも簡単すぎるからだ。ほんとうなら瞳を見てちゃんと伝えなくちゃいけない大事なことまで画面越しで済ませちゃうだなんて、いいわけがないに決まってる。
 少しだけ間をおいたのち、もう一度画面を呼び出して、いつもよりも幾分かゆっくりと文字を打ち込む。

――『夕食までには戻るよね、家にあるもので済ませるけどいい?」

 すぐさま既読の通知はつくけれど、返事は返ってこない。ああ、見てはいるんだ。ブロックされてないんならそれでいいや。
 少しだけ遠回りをして家路につくそのうち、家を出たその時よりも幾分か気が晴れている自分に気づく。
 ほら、やっぱり少しくらい距離をおいたほうがいい時もあるんだ。それが数時間で済んだのだからすばらしい。――問題は、彼のほうの心持ちではあるけれど。
 なにかしらの返事が来ているかもしれない――いい方か悪い方か、どちらかの。確認する勇気がひとまずは持てないままトートバッグの底に沈めたスマートフォンの存在をいったんは頭の中から切り離す。
 大丈夫、大丈夫。大切な話は画面越しじゃなくて、面と向かって話すから。呪文みたいに唱えながら、行き交う人たちの顔をちらちらと見る。ねえ、もうすぐつまらないけんかをした恋人と仲直りをするところだよ、応援してくれない? 返事があるわけなんてないけれど、そんなささいなことで少しだけ晴れやかな気持ちにはなっているのだから、我ながらなんだかおかしい。
 視界の先に見えるのは、いつも立ち寄るスーパーマーケットだ。ああ、ついでに何か買っていこう。特に必要なものはなかったはずだけれど、気分転換にはなるかもしれないから。


 いりもしない日用品の棚をひとしきりぐるりと見渡したところで、気づけば引き寄せられるままに自然と足が止まっていたのはアイスクリームケースの前だった。
ガラスケースの中の幾種類ものカラフルなアイスをちらちらと見ながら、自然にふたりで分けられるタイプのものを探している自分になんだか笑い出したくもなる。
 たとえば雪見だいふくだとか、真ん中で割れるモナカだとか――アイスクリームはいつだって、祈吏と分け合って食べるのが『あたりまえ』だったから。
 祈吏はここにはいないのに、なにしてるんだろう。
 自嘲気味に笑いながらガラスケースの扉に手をかけようしたところで、唐突にぱちりと、よく見知ったまなざしに捉えられるのに気づく。

「あ……、」
「奇遇だね?」
 ぎこちなく視線を逸らそうとするこちらを制するように、いつしかあのうっすらと冷たくくすんだ色の消え去った、やさしいまなざしがじっとこちらを見つめながら、うんとゆっくりのまばたきを繰り返す。

「アイスクリーム、」
 少しだけ乾いた唇を震わせるようにして、僕は答える。
「いっしょに食べたいなって思って。ほら、暑かったし」
 途切れ途切れの言葉を前に、いつもどおりのあの涼しげな口ぶりで、恋人は答える。
「カイはどれがいい? チョコレートだっけ?」
 するり、と目的のものへと伸ばされる指先を捕まえるようにして、ぶんぶんと首を横に振れば、途端にどこかけげんな様子を隠せない、少しだけくすんだまなざしがこちらへと返される。
「そうじゃなくて、君の好きなのでいいよ」
 ショーケースにずらりと並べられたフレーバーを見渡すようにしながら、僕は答える。
「君の好きなのを、ひとつだけ選んで。それで、いっしょに食べよう?」


 いつもの定位置のソファの両端に腰をおろして、ゆっくりとスプーンを突き立ててカップの中のアイスクリームを掬う。きょうの気分で、と彼が選んだのはラムレーズン味だ。
「あたったりしてごめんね、ちゃんと話せばよかっただけなのに」
「いいよもう、こっちだってちゃんと聞いてあげなくてごめんね」
 さぐり合いみたいに言葉を投げ合いながら、金色のスプーンで掬ったアイスを口元へ差し出す。押し当てた先からするりと運ばれていくその様を、僕はどこかうっとりとした気分で眺める。
「……ねえ、貸して」
 誘われるままに差し出せば、今度は彼の番だ。冷たいスプーンを口元に運ばれたその途端、たちまちに口の中いっぱいに広がっていくラムレーズンフレーバーに、胸の奥から痺れるような心地よさを味わう。
 火照った身体に滑り落ちていく心地よいあまさと冷たさ、そしてなにより、それらを導いてくれる指先のやさしさ。そのすべてにいとおしさが溢れていて、ため息がこぼれ落ちそうになる。

「ねえ、おいしいね?」
「ふたりだからだよ、ね?」

 交互に掬っては運ぶ、を繰り返すうち、カップの中身はしだいにゆるやかに溶かされていく。
 どちらからともなく、いつしか互いの指先をべたつかせていた滴をぬぐいあうように口にふくみあって、照れたように笑いあう。そんな些細な戯れあいのうちに、なんであんな風に意地を張り合っていたのかなんてすっかりわからなくなってしまう。
 いつしか軋んだ思いはアイスクリームのようにすっかり溶けさって、火照った身体と心を心地よく沈めてくれる冷たさとあまさだけが残る。


「ほんとうにごめんね。反省してるから、ね?」
 遠慮がちに声をかけながら少し冷たくなった指先と指先をそっと絡ませあうようにすれば、いつものあの、むせかえるみたいにあまくくすぶったまなざしが、じいっとこちらを捕らえてくれる。
「……そんなに謝らないでよ、もう怒ってなんてないよ。おたがいさまでしょ、ね?」
 言葉と共に、やさしい指先はするりと、少しだけ汗ばんで額にはりついた前髪をさらってくれる。
「ねえ、それよりもひとつ、いい?」
「なあに?」
 ぱちりとまばたきをしながら投げかけた問いかけを前に、とっておきの名案を思いついたように返されるのは、こんなひとこと。
「君さえよければ、仲直りのキスがしたいんだけど」
「……断るわけないでしょ」
 導かれるままに瞼を閉じれば、手慣れた仕草でぐっと引き寄せるようにして、唇を重ね合わせられる。
 まだほんの少し冷たいお互いのそれは、互いのぬくもりを分けあたえあうことでたちまちに熱く溶かされあっていく。

「ねえ、いつもより甘いね?」
「ちょうどいいじゃない、スパイスがたっぷり効いたあとのデザートなんだから」

 くすくすと笑いながら指を絡め合い、名残を惜しむみたいについばむように幾度も口づけあう。触れあう度にその先からあまく痺れて、ふわりと浮き上がるような心地よさがその都度、舞い降りる。

 ほら、もう少しも冷たくなんてない。








こちらもオフ会のおみやげコピー本からでした。
お互い子どもなのでたまにはけんかもします。
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