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調弦、午前三時

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星の光は昔の光

似ていない双子の兄弟が天体観測をするお話



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 世界が美しくなんてあってたまるか、だなんてことをいちいち思うのは、思春期にありがちなくだらない鬱憤のたぐいだろうとは思うのだけれど、それでも。


「惺(せい)、そろそろ交代しよ」
「別にいいよ、つきあいみたいなもんだし」
「遠慮しないでいいから。次、いつかわかんないんだよ」
 兄貴みたいな物言いすんじゃねえよ、一応はこっちがそうなんだから。喉の奥だけでぶつぶつとつぶやきながら半ば強引に手渡されたオペラグラスをのぞき込めば、レンズ越しに、肉眼で見るよりもずっとくっきりと大きく、夜空を瞬くいくつもの星々が見える。
「何百年に一度っていってただろ、見納めになるかもしんないんだから」
「そういうのいっぱいあるじゃん、なんとか流星群って」
「きょうの星はきょうだけなんだし」
 確かに綺麗だとは思うけれど、あれって宇宙の塵の燃えかすかなんかじゃなかったっけ? そんなものわざわざ拡大して見てどうするんだか、なんて思うあたり、やっぱり似ても似つかない。
 いまさらなそんな感慨を抱きながら、オペラグラスをつかんだ、少しだけかじかんだ指先にわずかに力をこめるようにする。

 憬(けい)は生まれてこの方いっしょに育った兄弟で、一応は惺の『弟』ということになっている。同じ年・同じ日に生まれたのになんだそれ、と思わなくもないのだけれど、〇コンマ何秒のタイミングで、惺のほうがわずかに早く母のおなかから取り出されたために「そう」認定されているらしい。

 並列に生まれた子ども同士にも上下の判別区分をつけたがるあたり、なんとも日本人的な発想というか、なんというのか。
 廣川兄、と呼ばれるたびに感じる、あのもやもやときりのかかったような居心地の悪い感情をどう説明したものか、『双子の兄』の役割を十七年務めても尚、惺にはわからない。
 気にしすぎだ、なんて笑われたことだって、一度や二度ではなくて。

(気にしないほうが無理だろ、そりゃ)

 ふぅ、と白く凍えた息を吐き出しながら、ちらりと横目に同じ年の「弟」の姿を盗み見るようにする。
 少し節くれた指先に、ささくれの目立つ角張った四角い爪。親指の爪が少し大きめなところや、指にほくろがあるところ。
 全体の印象は似ても似つかない別人なのに、そんなところにだけ細々と家族の「あかし」のようなものが刻まれているのはまったくもって、腹立たしいばかりで。

 フィクションに出てくる双子はいつだって美しくミステリアスな存在で、その場にいるだけで人々を惹きつけ、惑わせる――そりゃあ同じ歳・同じ顔で生まれ育ったふたりだなんて、日常的に見受けられるケースではないのだから期待をされても仕方がないとは思うのだけれど。風評被害も程々にしてほしい、というのが廣川惺の言い分だった。
 惺と憬だなんて、ありふれた名前よりも多少ハードルをあげられざるを得ない名前を授けられてしまったのだから、余計に。
 名は体を表すとはよく言ったもので。『あこがれる』と書いて憬だなんて、反対の名を授けられなくてほんとうによかったと思う程度には弟はその名に相応しいだけの人物だった。
 細くとがった顎、切れ長のアーモンド型の黒目がちな瞳、きゅっと口角の上がったふっくらとした赤い唇、高校に入って以来アッシュブラウンに染めているやわらかな髪、やや色白のなめらかな肌、すらりと伸びた手足(身長と体重は惺とほぼ変わらないのに、洗濯物を取り違えた時にジーンズの裾がずいぶんと余ったことは忘れられない)
 元来もの覚えがいいことと、勉強が苦にならない性分であったおかげでテストの点数だけは負けたことがないおかげで、「廣川双子のガリ勉のほう」だなんて不名誉なあだ名で呼ばれていることだって知っている。
 勉強にそこまで本腰を入れたつもりもなければ、せめてそこだけでも見返してやろうだなんてことも欠片も思ったことがないのだから、不名誉な話ではあるのだけれど。

「憬くんのルックスで惺くんの知能なら向かうところ敵なしだったのにね」

 何の気なしに放たれた言葉に、腹立たしさすら覚えれど、いちいち刃向かうのも面倒で受け流したのはいつのことだろう。
 勝手言うんじゃねえよ、努力しないあいつが悪いんだよ。生まれ持った特性だけで勝ち組だと思いやがって。
 力なく悪態を吐いたあの時の、苦い薬を無理矢理に飲まされたようなあの感覚はいまでも肺の奥でゆらゆらとくすぶっているのだけれど。


「ああーっ」
 傍らで放たれたひときわ大きな声に、思わずびくりと背中がしなるような感覚に襲われる。
「惺、いまの見た? すっごい大きかった」
「……あぁ」
そう言われてみれば、そんな気もしたけれど(正直なところ、余計なことを考えていたせいであまり熱心には見ていない)
「いまのさぁ、ぜったい願いごとするチャンスだったよ。残念だなぁ、気づいてすぐ消えちゃった」
「願いごとって、なに」
「言ったら叶わないじゃん、だからないしょ」
 肩をすくめて無邪気に笑う仕草に、ざわざわと胸のうちをかき乱される。こういうところはちっとも変わらない、子どもの頃からずっと。「かわいいー」とか言われるんだよな、こういうのが。自分が同じような振る舞いをしてみせたってどうせ無反応なのは目に見えているのに。

 見た目から些細な行動からなにから――『愛される』タイプの人間とそうでない人間、人は二種類の種別に分けられる傾向があり、弟はあからさまに前者の人間だった。
『双子の兄』として生まれてこの方、おなじ町・おなじ環境でワンセットで育ってきた惺が、そのおこぼれに授かっているのは確かだ。
 まんがやアニメのフィクションの世界でなら幼なじみだなんてものが存在してしかるべきなのだろうけれど、その時々で疎遠になっていった『顔なじみ』ならいても、ほんとうに仲のよい特別な相手はいないまま、生まれ育ったこの町でもう十七年生きている。
「生まれた瞬間から知っている」「他人ではない相手」、家族という檻の中で見えない鎖で繋がれあったまま生まれ育ったこの男が、せめてちゃんと歳の離れたほんとうの弟だったのならもっとましな『兄』になれたのではないだろうかと考えたことは、一度や二度ではなくて。

「……つかれた」
 気づかれないようにちいさくつぶやきながら、両目にあてたオペラグラスをゆるゆると剥がすようにする。
 星の瞬きだなんてものは遠くににじむのをぼんやりみるくらいでちょうどよくて、こんなに拡大して見るべきものじゃないのだ、きっと。
レンズ越しの世界から無事帰還を果たせば、傍らにはいつものように妙に人なつっこい顔でこちらを迎えるおなじ歳の弟がいる。
「ちょっと寒くなってきたね、惺は平気? ココア、おかわり入れてこよっか?」
「別に。ていうかおまえ、そんな着てんのに寒いの? 貸そっか?」
 フリースのポンチョの上に、念のためにと巻き付けてきた少し厚手のストールを貸してやるべきかと手にかけながら上から下を眺めたところで、ゴム製のつっかけを履いた足下が、夏用のくるぶしまでしかないスニーカーソックスであることにいまさらのように気づく。
「そんな短い靴下履いてたら寒いに決まってんだろ。コンクリは足下から冷えるって常識だぞ」
 靴下は履け、と助言してこの始末なのだ。
「だって引き出しあけたらこれが入ってて」
「衣替えの時に入れ替えとけばいいだけだろ」
「憬ってそういうとこもまめだよね、お兄ちゃんだなぁ」
「関係ないだろ、いまは」
 ふぅ、とちいさく息を吐き、ほんの一瞬だけ視線をやったむきだしのくるぶしからぶざまに目をそらす。


 高台にある一軒家で猫の額ほどの屋上を兼ね備えた我が家は、天体観測にはなかなかどうしてうってつけの立地条件を兼ね備えている。
 本来ならば誰か仲のよい友達を招いてお泊まり観測会――だなんてしゃれこんだほうが「らしい」とは思うのに、憬も惺も、家族以外の他人を家に招き入れるというのをあまりよしとしない性分なせいで、ここにいるのは血の繋がった兄弟である自分たちふたりっきりだ。

「だって、惺がいるじゃん」

 きっかけは忘れてしまったけれど、いつだったかの食卓でぽつりと憬が漏らした言葉がそれだ。

「惺がいるのに、ほかの誰かなんてわざわざ呼ばなくてもいいよ」

(要するに、俺がじゃまだっていいたいわけ?)

 ひどく子どもじみた反論めいた言葉は、飲み込んだホットミルクの膜みたいに喉の奥にへばりついたままなのだけれど。


「みんなも見てんのかな、これ」
 少しかじかんだらしい指先をすりあわせながら、ひとりごとめいた響きでぽつりと呟く横顔をちらりと眺める。
 何百年かに一度だというなんとか流星群(そのたくさんの『なんとか流星群』が入れ替わり立ち替わり何年かおきに現れているのだから、別に珍しくもなんともないと惺は思うのだけれど)の話題はクラスでもひとしきり盛り上がっていて、キャンピングカーを持っている親同伴で山に観測に行こうだとか、屋上を解放しているマンションに住んでいるクラスメートの家に集まろうだとか――教室内も、ラインのグループチャットもこの数週間はひとしきりその話題で花盛りだった。
 高台の一軒家、屋上完備――お誂え向きの惺と憬の家が『観測会』の会場として名指しで指名されなかったのは果たして遠慮なのか、なんなのか。

「ぜったい途中で飽きてさ、星なんかろくすっぽ見ないで関係ないことで盛り上がるんだよね」
「将来どうすんのーとか、好きな相手っていんのーとかそういうのな」
「うっかり盛り上がっちゃって、秘密の打ち明け話とか始めちゃって」
「そうそう。どうせ覚えてないだろーって思ってべらべら喋っちゃって、あとで後悔するパターンの」
 いやにうれしそうに笑いながら星を見上げるさなかで、風に吹かれるようにしてうなじのあたりの髪がそよぐ。
 憬のうなじの少し下、首の付け根のあたりには生まれつきみっつのちいさなほくろが並んでいて、星座みたいだと家族ではよく話題になったことをふいに思い返す。
 運動部に入っているわけでもないから、きっと注視しなければ気づかない、家族以外は知らないはずの憬だけに刻まれた星――裸を見せ合う間柄の相手が誰かいるというのなら、話もまた別ではあるけれど。
「ていうかさぁ」
 ふぅ、と白く霞む息を吐き出しながら、惺は尋ねる。
「行かなくてよかったの、おまえは」
 グループチャットのやりとりの中、人気者の憬はとうぜんキャンプ組からも声をかけられていたのに、「家でみるから」と断っていたのを惺はまのあたりにしている。
「だっていいじゃんうちで、そういうのめんどくさい」
「そういうこと平気で言うよな、おまえは」
 要領がいいというか、なんというのか。

 星の観測、テスト前の勉強会、はたまたちょっとした何でもないクラス間の集まり――人気者の弟にたびたびかかるその時々の誘いを「家でいい」「惺がいるから」と断ってきたのは一度や二度ではない。これではまるで免罪符かなにかに利用されているかのようで、余りよい気分ではない……というのは、勘ぐりすぎなのだろうか。
「だってほんとじゃん。家でじゅうぶん事足りてるし、惺はいるし」
「つきあいは大事にしろって習ったろ」
「家族は一生ものなんだから、優先純度なら他人より高くない?」
 そういうことを平気で言うのだ、ことさらに仲がよいわけでもないのに。
「気遣いがいらないからって楽ってだけだろ」
「いいことじゃん」
 見えないとげが、胸の内でちくりと疼く。
「そういやさぁ」
 ひゅん、と瞬く間に通り過ぎていく星を眺めながら、憬は尋ねる。
「惺って県内の大学受けるんだったよね。ってことはさ、家から通うの?」
「ああ、まぁ」
 もちろん慎重に選びはしたけれど、どうしてもと思う先がどこか遠い土地にあったわけではないから。
「推薦だよね、そりゃそっかー。いいよなぁ」
 答えながら、やわらかな髪をくしゃくしゃとなぞりあげる。
「おまえだっていくらでもあんだろ、そんなに頭悪いわけじゃないんだし」
交換しあった成績表で見た偏差値は、志望校の合格水準ラインには十分達していた。(惺とはランクは数段下がるけれど)
「でも、憬とは違うとこだよ」
「しゃあねえじゃん、勉強したいことも違うんだし」
「頭の出来が違うからだよ」
「ガリ勉っていいたいわけ」
「そんなつもりじゃないのになぁ」
 ぷぅとわざとらしく頬を膨らませる姿を前に、幼い頃にしばしばそうしたように、こつんとこめかみのあたりをこづいてやる。
「惺とおなじ学校なのも、あと一年ちょっとなんだね」
 せいせいする、だなんて言ってやったらどう答えるんだろうな。見たくないわけじゃないけれど、あんまり意地の悪い受け答えばかり繰り返すのもかわいそうだから――と、反省する程度の理性は持ち合わせている。

 子どもの頃からこの方、時を同じくして生まれた兄弟の宿命のように、惺と憬は隣り合って育ってきた。
 当然のごとくおなじ幼稚園に通い、おなじ小学校に進級し、中学もまた、おなじ地区の公立中学に通い――せめて高校はと思った矢先、インフルエンザで第一志望の受験の機会を逃したせいで、滑り止めにと受験していた高校に通う羽目になった。
 廣川兄――惺をそう呼ぶ時、そこに「憬じゃない方」というニュアンスを感じとるようになったのはいつからだろう。
 それだってもう、あと一年と少しの辛抱だ。もう少し、あともう少しで『廣川憬』がはじめから存在しない世界が惺を待っている。

 ――そこに一抹の不安も存在しない、と言ったら嘘になるあたり、我ながらなんというか、まぁ。

「廣川弟って言われなくなっちゃうんだね、変なの」
 少し伸びた前髪をするすると指先でなぞりながら、どこか不満げに憬は答える。
「ね、惺がいないとこでも話していい? 惺のこと」
「――なんでそんなの、いちいち」
 どこか不満げに答えるこちらを前に、いつものあのあっけらかんと明るい口調で告げられるのは、こんな一言だ。
「だって、みんなが惺のこと知らないなんて、惺、はじめっからいないみたいじゃん」
「……いなくていいだろ」
「そんなこと言っちゃだめだよ」
 なだめるように答えるその先で、無数の星がまたたきながら闇に溶けていく。
「俺はさ、ずっと惺の弟だったじゃん。同じ歳なのに兄ちゃんとかそんなの関係ないじゃんって思ってたけど、それでもみんな俺のことは廣川弟で通してくれて。なんていうか、惺に守られてた、みたいな。正直さ、ずっこいよなって思ってたよ。俺がそう思うくらいなんだから、惺はたぶん俺よりもずっと感じてたよね」
「憬……、」
「ワンテンポずれただけのくせに、十七年も弟ヅラしててごめんね」
 水彩を溶かしたような薄暗闇に滲んで行く言葉に、どこか普段では聞き取れない本音が潜まされていたような心地がしてしまっただなんてこと、気のせいであればいいのだけれど。

 きり、と引き結んだ唇を噛みしめるようにしたのち、惺は答える。
「いいから、星見てろよ。見たいって言ったのおまえじゃん。オペラグラス、使ってていいから」
 今日だって、惺とふたり一緒なら、と両親から許可を得た上でこうして夜をあかして過ごしているわけだし。
「いいよ、別に。肉眼で見た方がなんかいいじゃん。遠いし滲んでるけど、ちゃんとここまで届いてるって感じするでしょ」
 そんなところだけはどうやら気があうらしいだなんて、兄弟なんて、ほんとうに皮肉だ。


 この美しくない世界にもこんな風に無数に瞬く星が舞い降りる夜があり、それをともに見上げることのできる相手がいて――やっぱり世界は少しも美しくなんてないけれど(一見光って見えるあれは所詮、燃え尽きる塵にすぎないのだし)それでも。
 美しくない世界に縛り付けられ、醜い自分の心にほとほと呆れる日々を繰り返すそのさなか、誰かや何かにどうしようもなく、心を掬われている自分がいることに、こんな風に気づかされる瞬間があるのだ。
 

「次の流星群っていつだろうね。これと同じのは生きてる間は無理だろうけどさ。なんかあるよね、違うの」
「いい加減彼女作ってろよ、そん時は」
「なんでそういう答えになるかなー」
 くすくすと笑う顔の頬骨のあたりをぼんやりと眺める――骨格が似ているというのは、子どものころからよく言われたから。

 似ても似つかない双子の兄弟で、ほんのわずかなタイミングだけで『兄』と『弟』と区別されて、それでも、そのことにどこかで縋っていたのはほかならぬ惺自身で。
 もう少し、あともう少しで惺と憬が『双子の片割れ』であることを前提としない世界がふたりを待ちかまえていて。それが寂しくないわけなんて、あるはずもなくて。

「特別なものはさ、大事な相手とみるのがいいと思うんだよね」
 ふう、と両掌に息を吹きかけながら、惺の『弟』は答える。
「だから俺は、惺とみるって決めてたのね」
 おなじ日、おなじ瞬間に生まれただけなのに? わだかまりを打ち消すように無邪気に笑いかける顔を見れば、居心地の悪さにぐらりと心の奥が揺らされてしまう。
「憬、そういうのは――」
「いいからちゃんと見てなよ。次、何年後かわかんないんだよ?」

 その時もこうしていられるのかなんて、わからないんだから?

 口に出せない言葉を飲み込みながら、唇をわずかに噛みしめる。
 美しくない世界にちりばめられた光の下、惺の知るいちばん美しい星が、惺だけに笑いかけている。








ツイッターで気分転換に何か書きたいのでネタを、とお願いしたところ頂いた案
「天体観測」「双子」をお題に書かせて頂いたお話でした。
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