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調弦、午前三時

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周くんと忍とのあいだのあたらしい絆、薬指の銀の指輪のお話。
あまぶんでの無配でした。


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「へっへー」
 ぴかぴかに光る真新しい指輪をはめた左の掌を得意げに空へとかざしながら、もう何度目なのかわからない感嘆のため息を漏らす。
 ふたりで赴いたジュエリーショップで注文した指輪にはちゃんと名前の刻印も入れてもらって、受け取りもまた、ふたり揃って赴いた。
 指輪の交換だなんてものは、気恥ずかしくて遠慮させてはもらったけれど―いつもよりも心持ちめかしこんで出かけた帰り道、手の甲をゆるくぶつけあうその度、かちりと冷たい感触があたること。その度にどこか照れたようにぎこちなく笑いかけてくれたこと―笑ってしまうほどの些細なそんな出来事ひとつひとつに心を温められたことを思い、ふつふつとわき上がるいとおしさに身をゆだねるように、やわらかに瞼を細める。

「会社に着けてくとちょっとあれだよね。周といる時は付けてるってのでいい? あと、休みの日ね」
「おう」
 いつもどおりのどこかなげやりな―それでも、誇らしさを隠せない口ぶりを前に、おだやかなぬくもりはこみ上がるばかりだ。
 法的な婚姻が認められているわけでもなければ、洗いざらい打ち明けるつもりもない。形だけの何の効力もないおまじないめいた物に過ぎないのだとしても、やっぱりこうして目に見える『証』があるのはうれしい。
 そうは言っても、学生ならともかく、いい大人がこれみよがしに浮かれた姿を見せびらかすわけにもいかないし――『大人』ってこんな時、めっぽう不便だ。
 ほんの一匙ばかりの気落ちを、それでも気づかれないようにと振り払うそのうち、ふいにうってつけの機会が近々あったことを思い出す。
 ああ、そういえば。
 まだ見慣れないぴかぴかの銀の輪の上をゆっくりと指でさすりながら、おもむろに告げる言葉はこうだ。
「そういやさぁ。これ、着けてくのにぴったりなとこがあって」


 大学時代の友人の結婚式とその披露宴は、当人の顔の広さも相まってか立食パーティーに場を変えた頃にはちょっとした同窓会兼異業種交流会として立派にその役目を果たしていた。
 幹事や進行役、そのほか余興の役目が降られていない祝いの場は気楽だ。あんまり立て続けに行われると懐には痛手になるけれど、こういった晴れやかな場の雰囲気は昔から嫌いじゃない。
 懐かしい顔に加えて、見知らぬ新しい誰かと巡り会えるのは単純に楽しいし、刺激にもなる。本来の目的である、穏やかなぬくもりに包まれるようにしながら新たな門出へと踏み出す旧友とパートナーの晴れ姿を見届けられるのだって、素直に快い。めいめい華やいだ装いで祝いの言葉を交わしあう招待客たちの様子にも、その想いは深まるばかりだ。

 ――それにしたって、この効力がここまでのものだなんて。
 ようやく少しは肌に馴染んできたように思える薬指の銀色の輪へと視線を落としながら、舌の上をはぜるシャンパンの泡の余韻に包まれた吐息をゆるやかに吐き出す。
 久しぶりに会った友人知人一同は皆、薬指に光るものの存在にめざとく気づいたその途端に総攻撃を仕掛け、華やいだ装いの見慣れぬ女性陣のまなざしからは、ある種の期待を込めた色がすうっと抜け落ちる。
 ――うぬぼれるつもりはないけれど、この年齢まで生きていれば自分の容姿や立ち居振る舞いがどう作用するかくらいは知っている。わき目を振るつもりはないのでその都度うまく交わしてはきたけれど、ささやかな装飾品ひとつがここまでの効力を作用してくれるとは、想定の範囲外の出来事だ。

「忍くん?」
 いびつに穴のあいたビンゴカードの捨て場所を探していたところで、いつか聞き覚えのあるような声が、ふいに背中を縫い止める。
 振り向いた途端に目に入るのは、かすかに煌めく濃紺のしっとりとした生地が花びらのようになめらかなドレープを描くパーティードレス姿の女の子だ。
 年月を重ねたぶんだけ落ち着きを見せてくれるそのたたずまいには、それでも確かに見覚えのある面影が顔を覗かせてくれる。
「……出屋敷さん」
 少しだけ瞳をまるくしてまばたきをして見せる姿を前に、おどけたように笑いながら答える。
「もしかして変わってた? 苗字」
「じゃなくて」
 ぶん、とかぶりを振って告げられる返答はこうだ。
「なんか寂しいなって、そう思って」
「……卒業以来じゃん、だって」
『とくべつ』な関係では無かったけど、だからこそ。どこか不満げに見える態度を前に、こほん、とわざとらしく咳払いをしてからぽつりと答える。
「えこちゃん」
 あの時とおなじ呼び名でもう一度呼びかければ、大人になった『女の子』の瞳には、まるであの頃と変わらないいきいきとした明るい色がぱっと色づく。

「女子たちみんなね、一次会の時からすっごい噂してて」
 細くしなやかに伸びたシャンパングラスに注がれた金の液体を、舐めるみたいにちびちびと口にしながらかつての『級友』は答える。
「まぁ忍くんなら納得なんだけど、でもちょっとショックかなーって。子どもとか好きそうだよね。もしかして子沢山パパとかになってるのかな、それはそれでよくない? なんて噂してる子までいて。そんなに気になるんなら聞いてくればって言ったんだけど、別に見てるだけで良いって言うのね」
 ――視線を感じていた気がしたのは、どうやら気のせいでも自意識過剰でもなかったらしい。
 気まずさを隠せないまま力なく苦笑いを漏らせば、好奇の色に染め上げられた口ぶりが告げるのは、おきまりのこんな一言だ。
「で、どうなの。実際のところ」
「まぁー……」
 わざとらしくふかぶかと吐息を吐き出しながら、もう何度目かの決まり文句を告げる。
「あるから、いろいろ」
 ――そもそもどんなに愛し合っていても、生物学上授かる可能性がないので。(少なからず不便だとは思っているけれど、断じて不幸だとは思っていない)
「……そっか」
 ぎこちなく目をそらすようにしながら告げられる言葉を前に、ちくりと胸の奥がわずかに痛むのに、ただ身を任せる。

 籍は入れたの? 式を挙げる予定は? 子どもはどうするの?

 どんな相手なのか、と聞かれてすぐ、続けざまに投げかけられるのはひどくありふれたそんな言葉たちだ。
「それ」が型どおりのコースであると信じて疑わない、希望に満ちあふれたまなざしでかけられる質問の数々を前に、どこか複雑な気持ちにならざるを得なかったのは確かで。
 そりゃあまあ、「そう」見られるような装いで来たのだから、あたりまえではあるのだけれど。

 法律上の仕組みが追いついてないので、そういったことはまぁ追々。
 洗いざらい正直に打ち明ければそうなのだけれど、余計な話題の種を生み出したいわけではないので、もちろん口には出さない。大人ってこんな時にはめっぽう便利だ。曖昧に場を濁すような口ぶりで意味ありげに言葉を漏らせば、その前後をちゃあんと予測して「傷つけない配慮」でわきまえてくれるから。
 大手を振って祝福されるふたりへのほんの一匙ばかりのやっかみを込めるようにぽつりと呟けば、即座に投げ返されるのはこちらを気遣うような曖昧な笑い顔だ。
 ―申し訳ないと思う気持ちは、もちろんあるのだ。こう言った場合の模範解答は果たしてなんなのだろう。誰かが教えてくれればいいのに。

「ごめん、余計なお世話だったね。ワイドショーじゃあるまいしね?」
 打ち消すようにぎこちなく笑いかけるこちらを前に、真摯なまなざしがそっと降り注ぐ。
 ああそうだった、こういう子だったよな。
「別にそんな、こっちも悪かったし」
「あのね、忍くん」
 ぎこちなさを隠せないまま―それでもうんとやさしく、穏やかにこちらへと笑いかけてくれるようにしながら紡がれるのは、こんな一言だ。
「たまに会ういとこの子がいてね、いま大学生なんだけど。まぁ身内が言うのもなんだけど、華もあるし、かわいい子なの。そのせいもあるのか、バイト先なんかでよく『彼氏はいるの? つきあわないの?』ってしょっちゅう言われちゃうみたいで。その度にずうっと困った顔でやり過ごすんだけど、なんか色々疲れちゃうって相談されて」
 アップにした髪からほつれた後れ毛を指先でなぞりながら、言葉は続く。
「興味があればまだいいじゃない。誰かいい人でもいるなら紹介してくださいよ~なんて言えるし。でもね、そういうのでもないんだって。―なんていうか、苦手なんだって、そういうのが。自分じゃ考えられない、そっとしておいてほしい。でもそんなこと、ほんとうに仲の良い友達ならともかく『大人』の人にはとてもじゃないけど言えないからって」
 苦笑い混じりに告げられる言葉に、ちくりと鈍く胸が痛むのはきっと、『いつか』の影を思い出さずにいられないからだ。
「――そっか」
 力ない相づちで答えるこちらを前に、スモーキーレッドに彩られた爪先をすっとかざすような仕草とともに、彼女は答える。
「でね、名案があって」
 しなやかな指先は、自身の中指にはめられた小さなストーンで彩られたピンキーゴールドのリングの上をなめらかに滑る。
「してればいいじゃないって言ったの、指輪。そんなに高くないのでよければ買ってあげるからって。だったらあからさまな目印になるでしょって。そんなことで? って思うかもしれないけど、案外あなどれないみたいで」
 知ってると思うけど、まぁ。これ見よがしにかけられた言葉を前に、ひとまずは曖昧な苦笑いで答えてみせる。
「考えちゃうなぁって思って、いろいろ。や、勿論ね。疑ってるって言いたいわけじゃなくて」
「……ひどくね?」
 わざとらしく冗談めいた口ぶりで告げられる言葉を前に、おどけたように笑いながらぽつりと囁く。
「でもわかるかも、なんか」
 どこか曖昧にくぐもった笑顔を前に、気づかれないようにそっと、息を吐いてみせる。
 どんな風に生きるのか、なにを選ぶのか。「幸せ」に決まりきった形なんてそもそも、あるわけがないのに。そんなあたりまえのことほど、人はいつだってみな、忘れがちだ。
 ぱっと視線を上げ、打って変わっての明るい調子で、彼女は尋ねる。
「聞いてもいい? どんな人かって」
「いいけど、どっから言えばいい?」
「そうだなぁ、好きになったきっかけあたりから?」
「ん~……」
 手持ちぶさたな心地でくしゃり、と後ろ頭をなぞるそのうち、よく見覚えのある声がふいにこちらを捕らえる。
「瀧谷~!」
 すっかり板に付いたスーツ姿で、それでも親しげに細められたまなざしの奥には、あの頃とおなじ穏やかさが潜められているのがありありと伝わる。
「なんだよおまえ、いつの間にんなことなってんの? 俺ら誰も知んないんですけど、水臭くない?」
 とんとん、と肘の先でこちらを小突く軽快な仕草を愛想笑いでひらりとかわすようにしながら、忍は答える。
「しゃあないじゃん、んなの。これだって受け取ったのまだ先週とかだし。初お披露目?」
「なに、見せびらかし? いいよねえ新婚は。ていうかいいわけこんなとこいて。浮気現場発覚~って嫁に写メ送っていい?」
「やめてよそんな。私だっていないなんて言ってないんですけど?」
「ま~じか~」
 けらけらとおどけて笑ってみせる彼の左の薬指には、もうすっかり身体の一部とでも言わんばかりにしっくりと馴染んだ銀の指輪が光る。



  
 待ってくれている相手がいるから―快く見送られるような形で次の予定をパスしたところで、いつも通りに家路へと着く。

「ただーいまー」
「おう、お帰り」
 すっかり見慣れた部屋着姿にお風呂上がりのしんなりした髪(すごくかわいい)で迎えてもらえるのも、もはやおきまりの恒例行事だ。
「お花もらっちゃった。あったよね? 花瓶。あとさ、引き出物、カタログだったよ。いっしょ選ぼうよ、いいよね?」
 促すように差し出された掌はきっと、上着か手に持った紙袋、そのどちらかを求めてのものだったろうとは思うのだけれど―ずさり、と音をたてるようにして紙袋を玄関先に置くと、まだほんのりとあたたかくほころんだ指先の上へと、自らのそれをゆっくりと重ね合わせる。
「周、」
 ぱちぱち、とゆっくりのまばたきをかわしながら見つめ合うようにすれば、こちらを捕らえたまなざしは、ほんの少しばかりの不安げな色に染めあげられていることが手に取るように伝わる。
「いっぱい聞かれたよ、指輪のこと。いつの間にそんな相手いたの? もしかしてデキ婚? って」
「……忍、」
 ぎこちなく口ごもる姿を前に、うんと強気に笑いかけるようにしながら言葉をかける。
「いっぱい自慢してきちゃった、周のこと。あとで聞いてもらうから、その前にお風呂入ってきていいよね?」
「ん、」
 やわらかな言葉と共に、空いたもう片方の掌がくしゃりとやわらかに髪をなぞりあげてくれるのに、うっとりと瞳を細めるようにして身をゆだねる。



「そんでねえ、この人がそのいとこちゃんの『彼氏さん』なんだって」
「へぇ」
 スマートフォンの四角い画面には、スポーツのユニフォームらしき装いで勇ましくポーズを取ってみせる見目麗しい美男子の姿がぞくぞくと立ち並ぶ。
 マンガやアニメのイラストに混じって、凛々しい顔つきの若手俳優の姿がその中に立ち並んでいるのがなんともおかしいのだけれど。
(なんでもこのところ、マンガ作品のミュージカル化というのが一過性の流行なんてものを通り越した一大コンテンツ産業になっているらしい)
「せめて好きな男の子の名前でも出しておいた方が楽しいでしょって?」
「女の子ってすごいな、なんか」
「楽しそうだよねえ」
 笑いあいながら、少しだけ気泡の抜けたビールをちびちびと舐めるように口にする。
 なにを信じるのか、誰を愛するのか、どんな風に生きることを選ぶのか。
 ひとりでいることも、誰かほかの相手と共に生きることを選ぶのも、選択肢なんてものは無限にあったほうがいいに決まってる。そういったひとつひとつをとがめる理由だなんて、第三者にはあるわけもない。
 幸せの形が千差万別だなんてそんなこと、教科書になんか書いていなくたって分かりきっていることだから。

「悪気があって言ってるわけじゃないんだよね、みんな」
 げんに、それがあまた多くの人々の辿った『道筋』となっていることも、その末にいまの自分たちがこうしていられるのも確かなのだし。
 少しだけ揺らいだまなざしをじいっと見つめながら、きっぱりとした口ぶりで告げるのは、こんな一言だ。
「だったらさ、これからみんながそれぞれに作っていけばいいんだよね。これが自分が選んだ『幸せ』ですって」
 たくさんの分かれ道に立ちながらそれぞれに胸を張って、手を振り合って健闘を祈りあったりなんかして。
「……ね、あまね?」
 グラスのふちとふちをぶつけ合うようにしながら、少しだけあやふやに滲んだまなざしでじっと見つめ合う。
 アルコールのせい―だけなんかじゃない。僅かに熱を帯びてゆらいだ瞳は、ひるむことなんて少しもないまま、その奥でおだやかに溶かしあった想いを預けあうように、やさしくこちらを捕らえてくれている。

 言葉にして確かめ合わなくたってわかる。どんな風に思い合っているから、かけがえのない「いま」があるなんてことくらい。
 でもそれは、言葉で確かめ合うことを遠ざける理由になんてならない。
「ありがとね、周」
「……こっちの台詞だろ、そんなの」
 むきになったような口ぶりで告げられる言葉に、やわらかないとおしさがふくらんで滲んでいくのにただ身をまかせる。

 ふたりでしか辿れない幸福が、夜のしじまをひたひたと満たしていく。

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