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調弦、午前三時

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光と影

忍の中でゆらぐ憂いのお話。










 真夜中にふいに目を覚ましたこんな瞬間、唐突におぼえるこの感情につける名前をまだ、決めかねたままでいる。

「……ンっ、」
 するり、と糸をほどかれたような心地で重い瞼を押し開くようにした瞬間、視界に飛び込んでくるのはいまではすっかり見慣れた、薄い暗がりにぼんやりと浮かび上がる自分の部屋とは違う天井だ。
 どうして。いまは何時だろう。なんで。
 瞬時にわき上がる戸惑いをやわらかに打ち消すように、無防備に差しのばされたぬくもりが、そっとこちらを捕らえる。
「あまね、」
 うんとおぼろげなささやき声を漏らすようにしながら、間近に迫った穏やかな寝顔をじいっと見つめる。
 どうして忘れてなんかしまえるんだろう。もうずっと前から、こんなにもそばにいることを許してくれたのに。
 ゆるやかな波のようにじわりと押し寄せる言いしれようのないいくつもの感情、それらひとつひとつにそうっと蓋をするように、ゆっくりとぬるい吐息をはきだす。
 間近でふるふると音も立てずにやわらかに震える睫毛に手を延ばしたくなるそんな衝動をぐっと飲み込む。

 あまね

 もう一度、胸の内でだけそうっと、ささやくように名前を呼べば、答えるようにふるふるとうすい瞼が震える。
「しの、ぶ」
 かすれておぼつかない声が、やわらかに名前を呼んでくれる。
「ごめん、起こした?」
 とっさに答えれば、すぐさまぶん、とかぶりを振って、打ち消すように笑いかけられる。
「……あった? なんか」
 ベッドサイドの灯りへと手をのばしながらかけられる言葉を前に、ゆっくりとかぶりを振るようにしながら答える。
「べつに。ちょっと起きただけ」
「そっか、」
 心からの安堵を告げてくれるような無防備な言葉に、心は音も立てずにさわりとざわめく。
 すっかりくしゃくしゃになったふたりぶんの体温にくるまれた毛布をこちらへとかけ直すようにしながら、周は答える。
「寒かった? もしかして。毛布、もう一枚いる?」
「だいじょぶだよ」
 張り付いたような気持ちをゆっくりとほどきながら、とっておきの言葉を導き出すようにする。
「でも、そゆことにする……」
 ほつれた想いを結び直すような心地でぎゅっとすがりつくようにパジャマの布地越しの腕をつかみ、子どもみたいにぎゅうぎゅうすがりつくようにすれば、膨らんだいとおしさはますます滲んで、行き場を失うようにしたまま、ふたりのあいだをゆらゆらと漂う。
「きょう周んちだったってちょっとだけ忘れてて……起きたらあったかいから。そっか、周いたなって思って――」
 おぼつかない言葉をパッチワークのようにぽつりぽつりと吐き出すようにすれば、差し延ばされた指先はうんとやわらかにこちらの輪郭をなぞりあげるようにやさしく触れてくれる。
「ごめんね、起こして」
「いいから」
 困ったように息苦しげに漏らされる言葉に、ますます胸がつまされるのを感じる。そう答えてくれるのを知っている――周はいつだって、誰よりも優しいから。
「あったかいね」
「うん」
 いつのまにかほどけてしまった指先は、確かめるようなやわらかさでそうっと結び直される。
「灯り、落とした方がいい?」
「……ありがと」
 とろとろとまどろみにさらわれていくのを感じながら、重いまぶたをゆっくりと閉じる。
 ふたりぶんの折り重なったぬくもりに浸りながら、いつしか過ぎ去ったはずの熱のありかを思い起こす。
 肌の内側にはまだ、互いに溶かし合った想いがかすかに揺らめいている。

 こんな風にそばに居ることをゆるしてもらえるようになれるだなんて、ずうっと思っていなかった。
 夢を見ているのかもしれない、だなんてばかみたいなことを思うのだってきっと、仕方のないはずだ。

(言わないよ、ちゃんと)

 言葉に出来ない思いをそうっと吐き出しながら、少しだけ熱くなったまぶたをぎゅっと閉じる。
 暗闇の中へと、ゆっくりと落ちていくのを感じながら、差し出してくれたいくつものあたたかな安らぎを思い起こす。
 もうずっと前からこんなにも許してくれていたのに――これ以上悲しませるようなことなんて、絶対に言えない。
 誰よりも信じているから、信じさせてくれるから――ちゃんと忘れてしまえる日が来ることを、いつまでも待ちわびている。




 淡く滲んだ視界の向こう側で、折り重なり合った影がゆらりと揺れているのが見えた。
 ああ、あんな風に見えるんだ。ぐらりとあまやかな熱に意識をさらわれる頭の片隅で、どこか冷静にそう思う。
 遮るものなんてなにもないまま溶け合ってもつれあって、ひとつになって――自分たちの分身のはずのそれをどこかうらやむような心地で眺めているだなんて、おかしな話ではあるけれど。

「あまね――」
 滲んだ視界にピントを合わせるように、ぎゅっとまぶたに力を込めるようにしたまま、少しだけ汗ばんだ髪を指先でそろりとなぞりあげる。
 見つめ合ったまなざしには同じだけのぐらぐらと溶け出しそうな熱が込められているのが言葉にしなくたってわかる。
 なによりもあたたかくて、誰よりもやさしい――綺麗なだけなんかじゃない、少しだけくすぶって危うい色にそまったそれを向けてもらえることは、こんなにもうれしい。
「どした?」
 遠慮がちにじいっとこちらを見下ろすまなざしを見つめ返すようにしながら、ぽつりとささやき声を漏らす。
「だいじょぶだよ、つぶれたりとかしないから。だからもっとぎゅってして。いいよね」
 ――抱きすくめてくれるその時、ぎこちなく体を浮かせて苦しくないように気遣ってくれていることに、ずっと前から気づいていたから。
「忍、」
 ひどく困ったようにぎこちなく笑いながら汗ばんだ肌と肌を重ね合わせられると、不揃いな鼓動がぶつかりあうのをうんと間近に感じる。
 肌と肌で感じるぬくもりってなんでこんなに心地いいんだろう。遠慮なんて少しもないままぎゅうぎゅう背中に回した腕の力を強めれば、膨らんだ思いはますますおだやかに溶けてふたりの間をさまようばかりだ。
 ほかの誰ともわかちあえないあたたかさがここにあることを知っている。較べたって仕方がなくても、それでもいい。こんなにも大切で、こんなにもやさしい。
 どうしようもなく泣きたいような衝動に駆られるのをぐっと抑えつけたまま、煽るような手つきで汗ばんだ肌の、形の良い背骨の上をするりと指先で辿りながらささやく。
「ね、周。キスしたい」
 やだ?
 わざとらしく遠慮がちに尋ねてみれば、少しだけむきになったようないつものあの表情と口ぶりで答えられるのはこんな一言だ。
「やなわけないだろ」
 大きな掌でぎゅっと両頬を挟み込むようにしながら注がれるまなざしはこれ以上ないほどのぬくもりの熱に満たされているのを肌で感じる。
 ぐっと深く息を吸い込んでまぶたを閉じるようにすれば、待ち望んでいたそれはふわりとやわらかに重ね合わせられ、こじあけるようにそっとなぞりあげる舌先のぬくもりがこちらへと手渡される。
 触れた先から溶けていくみたいに熱くてやわらかい――うんとやさしいのにどこか乱暴な周のキスは、いつだって頭の奥からくらくら痺れていくみたいに気持ちいい。
 息ぐるしくなるほど深く舌と舌を絡ませあいながらやわらかな粘膜をなぞられるその度、体の奥、心の底からの安堵と飢餓感とのその両方が芽生えていくのはいつまで経っても、なんどこうしてももうずっと変わらない。
「……だいすき」
 かすかに滲んだ目尻を、あたたかな指先が掬うようにそっと撫でてくれるのにただ身を任せる。
 閉じこめられている、とこうする度に感じる。それを望んだのが自分自身であることも、周はそれを叶えてくれているのに過ぎないことも。
 周はいつだって、ばかみたいにずうっと優しい。
「ね、周」
 ゆっくりと髪を梳いてくれる指先の感触に瞳を細めながら、おもむろに尋ねる。
「そんなに好き? 俺の体」
「忍、」
 とがめるように、ばつの悪そうな――それでいて、うんといとおしげな思いを溶かした苦笑いとともに告げられるのはこんな言葉だ。
「好きに決まってんだろ」
 ささやき声とともに、すっかり火照った耳へと柔らかに歯を立てられる。
「そんだけじゃないから――」
 滴のようにぽたりと胸に落ちた言葉は、やさしい波紋をそうっと広げてくれる。
「知ってるよ……」
 答えながら、ほつれそうになった指先をぎゅっときつく絡める。

 最初から、ずっとそうだった。
 この体がほしくて、この体をほしいと、そう望んでほしくてたまらなかった。
 自分たちの関係は確かにそこから始まって、少しずつ形を変えながら、こうしていまも続いている。
 そばにいられるのがうれしい。こんな風にいちばん近くでぬくもりを分かちあえるのがうれしい、あの時よりもずうっとおだやかな気持ちで寄り添いあうことをゆるしてくれるのがなによりもうれしい。
 だからこそ、こんな風に陶然におぼれていくさなか、時折、ふいうちのような憂いが胸をよぎる。
 いつかきっと、そう遠くない未来に――こんな風に抱き合える時間は、自分たちのあいだにはなくなる。
 体の機能が衰えるのよりもずっと早く、『その時』は訪れる。
 愛情のあり方が変わることを恐れる必要なんてない。あの頃といまの自分たちの間にある想いの形がいつしか変わっているのと同じように、変わっていく中で新しいものを見つけられればそれで構わない。そばにいることをゆるしてもらえれば、きっとそれだけで――頭ではいくらわかっているつもりでも、胸の片隅によぎった灰色の波はいつしか、みるみるうちに心ごと覆い尽くす。
 不確かな心の在処をたぐり寄せてくれるのは、いつだってセックスだった。
 交わしあうどんな言葉やまなざしよりも、こうして肌を寄せ合って体温をわかちあうその瞬間に、いつだっていちばん心をゆるされているのを感じる。
 同じ悦びに溺れていくその時、何よりも心が安らぐ。
 ひとときだけの魔法はすぐに途切れて効力を失ってしまうから、同じ夢をふたりでみる為に、また幾度となく飽きもせずにそれを繰り返す。
 なにひとつ残せないことを、『それ』を望んでしまうことの浅はかさを、いくらだって知っている。
 だからこそこんなにも苦しくて、こんなにも耐え難いくらいにあたたかい。

「周、」
 きつく絡めた指先は、わずかに震えている。そのおぼつかなさが、忍はいつだっていとおしくってたまらない。
「……だいすき、」
 心から手渡す言葉を、想いのかけらひとつひとつを、周はちゃんと恐れずに受け止めてくれる。それをこうして胸に抱くその都度、ますます募るような想いは高まる。
「知ってる」
 息苦しそうに答えてくれる姿に、うっとりと静かに瞳を細める。
「じゃあちゃんと答えて、ね」
 額と額をすり合わせるようにするさなか、ぽつりと漏らしたささやき声に返される言葉はこうだ。
「――愛してる、忍」
 互いのもたらす波へと深く没入にしていくその時、まるで祈りかなにかのように息苦しげに、周の言葉は届く。
 潤んだ肌の上に落ちるやわらかな言葉はいつも、あたたかな波紋を忍の内へといくつも広げていく。
「知ってるよ」
 答える代わりのように、繋ぎ合った指先に込められた力はぐっと強まる。

 すぐにほどけてしまうはかなさを知っている――それでも、こんな風に結びあえる喜びは何よりもずっと深くてやさしいことだって。
 ぐんと深く高まっていく波に身をゆだねるようにすれば、つながり合ったふたつの体が溶かしあう熱はより高まる。
 滲んだ視界の端に写るのは、もつれあって溶け合うふたりの影。
 ――どこにだっている、ありふれた幸福をわかちあう恋人たちの姿だ。

 忘れたくない。なにひとつだって。
 ゆらりと音もなく溶けていく意識の奥で、いくつもの数え切れないほど「すき」が、音も立てずに泡のようにぱちぱちと溶けていく。





「んっ、」
 まどろみのふちをたゆたいながら、もうひとりぶんのぬくもりがすぐそばに携えられているのを感じる。
 ふたりぶんの体重でゆるやかに沈んだマットレスのかすかな揺らぎはぬるい波にとらわれているような錯覚をおぼえさせて、離れがたい気持ちを募らせていくばかりだ。
 帰らなくちゃ。ここにいるわけにはいかないから。
 心許なさにおそわれるそのたび、無防備に指し延ばされた指先はこちらをつなぎ止めてくれる。
「あまね……」
 ぱちぱち、と重いまばたきを繰り返しながら、上目遣いにじっと視線を落とす。
 照れたようにぎこちなく、ほんのわずかに強ばらせて――それでもひるまずにこちらを見つめてくれるまなざしの奥に溶かされたぬくもりに、心ごと震わされていく。
「ひっこし――したら」
 おぼつかない唇をわずかに震わせながら、ささやき声を溶かしていく。
「ベッド買うよね、あたらしいの。おおきいのにしよ、ね? 俺と周とふたりで寝てさ、すんごいあまるやつ。そいでさ、部屋のまんなかにおこ? 無人島かなんかみたいにさ、海の真ん中でさまよってるみたいなの。ね」
 答えながら、パジャマの布地越しにぬるい吐息をふきかける。
「どんだけ広い部屋に引っ越すつもりだよ」
 冗談まじりにかけられる言葉をやわらかに打ち消すようにかぶせる言葉はこうだ。
「だいじょぶでしょ、周がんばってるじゃん」
 高望みをしているなんて、わけではないけれど。
「でも落っこちたら怖いから、ずっとこうしてる」
 答えながら、ぎゅうぎゅうと背中に回した腕の力を強める。

 ひとりで休むためのベッドはふたりでこうして眠りに就くにはずいぶんと手狭で、いつもどこかがぶつかりあう。
 それでも、たがいのいびつさを感じあいながら肌と肌とで溶かしあったぬくもりをもういちど、やさしく確かめ合うようにしながらとろとろとまどろみに落ちていくこんな時間には、ここでしか分かちあえない穏やかなやすらぎがこんなにも満ちている。
 いつか失うのだとしても、そんな風にして、この手の中からひとつも残せずにこぼれ落ちていくのだと知っていても――それは、この手を離してしまう理由になんてなるはずもない。

 帰らなくっていいと言ってくれた。
 そばにいてほしいと、そう言ってくれた。
 最初からずっと、いつだっていちばんに忍のことをゆるしてくれたのは周だった。だからこうして、いまもこんなに近くにいられるのを知っている。
 すべてがはじまったこの場所にいられるのがうれしい、それをゆるしてもらえたのがうれしい。
 だからこそ、ほんとうの、『ふたりの帰る場所』を見つけようと言ってくれたことが何よりもうれしかった。
 いつまで経っても『ここ』は周の部屋で――周を置いていくことしか出来ない苦しさも、幾度となく傷つけることばかりを繰り返してきた記憶も、すべてがここには残っているから。

「――捨てちゃうのもったいないけどさ、それまでにいっぱい使お。ね?」
「ばかか、」
 答えながら、ぬるい指先はくしゃりとやわらかに耳にかかった髪を掬ってくれる。




 *


 いつの間にか、まどろんでいたらしい。
 規則正しく滴り落ちる水音のリズムは、いつしか胸の奥にしまったつもりでいた記憶のありかを呼び起こす。
 いまよりもほんの少しだけ前のこと――帰らないと、と、胸の片隅にいつもどこかで引きずられていたあの部屋の記憶。

「……あまね?」
 揺らいだ視界にピントを合わせようと、じいっと瞳を細める。
 片側のベッドに滑り込むゆるやかな振動が、優しい波になってあやふやな体をやわらかに揺らしてくれる。
 起きないと――そう思った体をいつでも引き戻してくれるのは、すっかり見知ったぬくもりに満ちた、やさしい掌だ。
「夢みたよ、ちょっとだけ」
「なに?」
「ちょっと前の――夢。ここ、引っ越す前の。前の部屋、周の」
 答えながら、ゆっくりと息を吸い込む。あの時から何度も感じたのとおなじ、ふたりぶんのぬくもりを溶かし合ったにおい。
「すごいね……」
 まどろみに揺られながら、ゆるやかに吐息をもらす。
「夢でもずっと一緒にいたよ、周。なんかずっと続きみてるみたいだなって。ね?」
「忍、」
 心底困ったように答えながら、幾度も感じたのと同じやさしいぬくもりは包み込むようなやわらかさで忍の輪郭をたどる。

 大丈夫、大丈夫だから。
 呪文のようにそうっと心の中で繰り返しそう唱えながら、少しだけ熱くなった瞼に込めた力を強める。
 大丈夫、言わないでいるから。寂しい気持ちになんてさせないから。ちゃんと知っているから、あの時からいまも変わらずにずっと。

「ごめんな、起こして」
「ちがうよ……」
 ぶんとかぶりを振り、告げる言葉はこうだ。
「周が来るの待ってたもん。ね」

 いまでも不安にならないだなんて言えば、きっと嘘になる。
 周の中にあるものすべてがかき消えて無くならないのとそれは同じで、きっとこれからだって、それは溶け残り続ける棘のように忍の胸の奥に刺さり続ける。
 それらひとつひとつの奥に、周が忍に残してくれたまだやわらかくあたたかな傷が残っている。
 周が残してくれたものならなんだってうれしい。それが、なによりも深く強く手をのばしてくれた証なのを知っているから。
 深く胸を突き刺す痛みすらこんなにも愛せることを、周がこうして初めて教えてくれた。
 ――それでも、忍はそのひとつひとつを言葉で形作ることで、周に手渡そうとは思わない。
 周はいつだって誰よりも優しいのに、これ以上傷つけることなんて出来ないから。

 おぼろげな夢を形作ってつなぎ止めてくれるのはいつだって、周の差し出してくれる指先だった。
 大丈夫、ここにいる、夢なんかじゃない。
 周の手渡してくれるものはいつだって、忍がいちばんほしいものの形をしている。
「……あまね、」
 ぎこちなく指先を絡め合い、ゆっくりと深く息を吐き出す。
 壁際に沿わせるようにしてふたつ並べたベッドの真ん中でとろとろと意識を手放していくそのうち、少しずつ暗がりに落ちていく意識に捕らわれながら、ふたりきりの無人島でさすらう海の夢がぼんやりと頭の片隅をもたげる。

 すぐにほどけてしまう指先は、なんどでも繰り返し結び直せることをちゃんと知っている。
 終わらない円環の上を滑り落ちていきながら、幾重にも広がる光の波紋と、その影にじっと目をこらすようにする。


 どれだけ形を変えたって、なにひとつの残せなくたって――気持ちごとかき消えてなんてしまわないことを、こうして寄せ合えるあたたかさの奥にあるものが残してくれるぬくもりを、ちゃんと知っている。
 忍の『安心』をつないでくれるのはいつだって周だ。それを受け止めてくれているのをこんなにも知っているから、もう少しも怖くなんてない。


「また明日、な」
「うん、」

 取るに足らないささやかな喜びだけで満たされた夜が、またこうしてふたりの間で溶けていく。

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