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調弦、午前三時

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やさしい未来

2021年の忍の誕生日


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 一年に一度の折角の記念日も、こんな風に二年続いて外出自粛が声高に叫ばれる中で迎えることになってしまった。
 充分に気を配れば過度な自粛は必要ない――大切な場を護るために求められるのは、場の空気にただ流されるのではない個々人の賢明な判断だ。 
 散々な協議の末に選んだ結果がなんだったのか、と言えば――
 
 
「今年もなんとか無事に過ごせますように。誕生日おめでとう」
 お取り寄せしたワインをとっておきの日だけにおろすグラスにたっぷり注いで、リズミカルな音を鳴らし合う。もう何度も繰り返されてきた、ふたりきりで囲む食卓――それでも今年は、そこに新たな色が加わる。
『しのぶくん、おめでとうございます』
「りんちゃんありがとう~! また今年もいっぱい遊ぼうね。ちゃんと元気でいるからね」
 立てかけたタブレットの向こう側では、たっぷりのご馳走が並んだテーブルを囲む友人夫妻とそのお嬢さん(ふたりの大切な『ガールフレンド』でもある)の満面の笑顔が映し出され、離れ離れに過ごしながらでも、おなじ場を過ごす喜びを分け与えてくれる。
 文明の力ってほんとうにすごいよな。世界がこんな事態に見舞われたって、大好きで大切な離れて暮らす相手とこんなふうにマスクなしの笑顔で手を振り合えるんだから。
「まさか一年続くとは思わなかったよね、今年はもうちょっとはましかなって思ってたんだけど」
「だな、」
 すこしだけ複雑そうな色を帯びた本日の主役の笑顔をじっと見つめながら、思わずぼうっと嘆きの言葉を吐く。
 初めての年から恒例になっていた一年に一度の贅沢――ふだんなら滅多に行けないような高級レストランでのディナーののち、ふかふかのキングサイズベッドに、窓からはきらびやかな夜景を望むムードたっぷりのホテルでのお泊まりデート――も、去年と今年はひとまずはお預け。せめてと言わんばかりに、テイクアウトとお取り寄せで取り揃えたふだんならお目にかかれないようなご馳走を並べてのおうちパーティーに切り替えていた。
「レストランもどっこも大変だよね、予約してなくてよかったって言っちゃうのも残酷だと思うんだけど」
「テイクアウトに切り替えてもらってってわけにもいかないしな」
『ふたりんとこ、仕事は? うちはまたしばらくリモートだけど』
 画面越しにかけられる言葉を前に、そっと手を振ってから答える。
「うちも忍の会社も去年からほぼ完全リモートだからあんま変わってないと思う。交代で出社してるけど、その頻度もさらに減らせって言われたくらい。連休も最初はカレンダー通りのはずだったけどぜんぶ休みになった」
「まいんち周といっしょだと思うと楽しいけどね、三食いっしょに食べれるしさ」
『いいなぁ~』
 画面越しに聞こえるかわいらしいいじけ声に、思わずくすくすと笑い声をあげてしまうのを堪えきれない。
「りんちゃんもパパとママといっしょにいっぱいいられるじゃん。俺もうらやましいなぁ~」
 画面を覗き込んだ王子様がそう声をかければ、遠く離れたお姫様からは不満げなようすの声が届く。
『パパも大好きだけどあまねくんとしのぶくんも大好きだもん』
『いいなぁ、りんは素敵なボーイフレンドがふたりもいて』
『ママにはパパがいるでしょ~』
 画面越しの軽妙なやりとりを前に、瞼を細めるようにしながらうっとりと見つめる。
 
 眩しく思わなかった日がない、だなんてことを言えばきっと嘘になる。それでもいつだって、なによりものあたたかな幸福な気持ちを分け与えてもらっていたほうがずうっと大きい。
 人それぞれが見つけられる幸せの叶え方、そのひとつをこうして惜しげもなく渡してもらえること、連綿と受け継がれてきたこのあたたかな糸を、こうして容易く会うことが出来なくなったいまでもこんなふうに手渡してもらえているのだから。
 
「でもこういのもいいよね、賑やかで。大家族みたいだし」
 嬉しそうに答える忍を前に、お姫様のパパからは出会ったばかりの時からずうっと変わらない穏やかな笑顔が返される。
『ほんとありがとね、誘ってくれて』
「こっちこそわざわざ手間かけてくれてありがと、ほんとに」
 いつもどおりのふたりきりだって良いけれど、こんな時代になってしまったからこそ、こんな形で迎えられる日のありがたさは改めて身に染みる。
「来年にはいい加減どうにかなっててほしいなぁ。まあこれはこれで楽しいんだけどさ」
『りんもしのぶくんに会いた~い!』
「俺もりんちゃんに会いた~い!」
 泣き真似のポーズをとりながら画面越しの逢瀬を楽しむ現代のロミオとジュリエットを前に、おもわずぼうっとため息を洩らす。
 見せつけられてるよな、相変わらず。とはいえ、こちらにはいつでも触れて確かめ合える『生身』の独占権が与えられているのだけれど。
 どこか複雑な気持ちに駆られるのを感じていれば、優しいお姫様からはこちらを気遣うような声がそっとかけられる。
『あまねくん、しのぶくんのこといっぱい大切にしてあげてね。りんもふたりが大切だけどまだ会えないからね』
「あぁ……、」
 思わず呆けたような心地でそう答えれば、覆い被せるように得意げな笑顔がそれを包み込む。
「だいじょぶだよりんちゃん、あまねくん俺のことだーいすきだもん」
「――忍、」
 いまさらみたいに顔が赤らむのを感じながら画面からフェードアウトするように退けば、得意げな笑顔がじいっとこちらを捉えてくれている。
 
『りんもあまねくんのことだーいすき』
 スピーカー越しに聞こえる鈴の鳴るような高らかな声に、ますますのぼせたみたいに顔は赤くなる。
 ほんとうに、こんなにもたくさんのものをもらってばかりでいいんだろうか。きょうの主役は自分じゃなくて、目の前にいてくれる相手のそのはずなのに。
「俺も大好きだよ、周のこと。こんな好きんなったことないくらい好きだもん、知ってるよね?」
「……あんま言われてもこまんだけど」
 観念した、とばかりにゆるゆると答えれば、うんと得意げな笑い顔がこちらを包み込む。
「いいじゃん、ほんとのことなんだし。仲良しだから気が合うんだよね、俺たち」
 ああもう、ほんとうに。敵うわけなんてなかった。
 知るはずがなかった、時を重ねるほどにこんなにも深まるばかりのやさしい魔法にかけられていただなんて。
「いつもありがとう周、大好きだよ」
「……こっちのせりふだよ」
 必死に平静を装うようにしながら、わざとらしくぶっきらぼうに答える。
 そこはまあほら、ここではお姫様とそのご両親の見守りもあることだし。まぁ。
 
 誕生日おめでとう、そして何よりも、ありがとう。
 どうかすこしでも、君の人生の幸福に貢献することができますように。


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