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調弦、午前三時

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Sister

「ジェミニとほうき星」海吏と春馬くん。
本編よりもすこし前のお話です。



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 放課後の教室にはいつも、うすだいだい色の緩慢とした空気が満ちている。
「なー春馬、こないだの土曜に池袋のマルイに居た?」
「ああ、」
 忙しなく提出用のプリントや予習のために必要な教科書を通学リュックに詰め込んでいれば、意味深なにやにや笑いとともに、問いかけは続く。
「あん時いっしょにいたJDって彼女? ベージュのトレンチで水色のシフォンのワンピースで巻髪のすげえ綺麗なおねーさん」
 向かい合わせにした机の片側からは、下世話な好奇心を隠そうともしない質問が覆い被さる。
「え、なにそれ。春馬って彼女いんだ」
 なぜ咎めるように言われなければいけないのか。思わず口をとがらせるようにしながら、吐き捨てるみたいに「ちげーよ」と答える。
「ねーちゃんだよ。だいたいなんだよJDって、略しゃいいってもんじゃねえだろ」
「え、てか春馬ってお姉ちゃんいんだ。いいなー、しかも美人かよ。紹介してくんない?」
「つか、仲良くない? ふつう高校生になって姉弟で出かけるもん? そっか、春馬はシスコンかー」
「いちいち決めつけんじゃねえよ、てか別に仲もよくないし。人づかい荒いんだよあいつ」
 そろそろあしらうのもうっとうしくなってきた、一本メールでも打って外で落ち合えばいいか。カバンの持ち手にぎゅっと手をかけたところで、遠慮がちな音を立てて、教室の扉が開く。
「春馬、そろそろ帰ろ」
「ん、」
 居心地が悪そうに覗き込む姿にヒラヒラと手を振って応えれば、好奇を帯びたまなざしがちらちらと扉の向こうを捉える。
 あんまじろじろ見んじゃねえよ、同級生だろ。いい加減慣れろや。
 とは思うけれど、口には出さない。当人だって言われても嬉しくないはずだし。
「おうカイ、おつかれ」
「ごめん遅くなって、ちょっと先生のとこ寄ってた」
「いいって、しゃあないじゃん」
 それじゃまた、明日。決まり文句とともに教室を後にしようとすれば、覆い被せるみたいにらんぼうな言葉が降り注ぐ。
「なー、伏姫って春馬のお姉ちゃんに会ったことあんの?」
「……ああ、」
 すこしだけ怪訝そうに眉根を寄せ、ぼそりと吐き捨てるようにカイは答える。
「綺麗な人だよ、春馬にちょっと似てる」
「へー、そういや伏姫んとこってたしか」
 何かを察したのか、途端に社交じみた愛想笑いはあっさりと消える。
「帰ろ、春馬」

 運動部の威勢のいい掛け声と四方八方から聞こえるはしゃぐ声をBGMにしながら、やわらかに西陽の差し込む廊下をゆっくりと歩く。
「お姉さんの話してたの、さっき」
「あぁ、」
 ばつのわるい心地のまま、くしゃりとあたまをかき混ぜながら答える。
「こないだ、買い物行くからって付き合わされてたのが見られてたらしくて、それで」
「ふうん」
 ちら、とこちらを一瞥したのち、遠慮がちに問いかけは続く。
「よく行くの」
「……まぁ、たまに。よくってほどじゃないけど」
 奢ってあげるから、と恩着せがましく連れて歩かれることに割が合っているとはすこしも思っていない。
 はじめから拒否権などあるはずがないのは、生まれてこの方染み付いてしまっているから。

 三つ歳上の姉は、時折ボディガードがわりに春馬を連れ回す。
 なんでも姉曰く『街中を女ひとりで歩くのはなにかと危ないから』だそうだ。
「あやしいスカウトとかナンパとか、あとはわざとぶつかってくるやつとかがいんだって。そういうのも男がいると寄ってこないらしくて。あと、荷物持ち」
「……そうなんだ」
 大変だね。苦しげにぽつりと洩らされる言葉に、なぜかちくりとこちらの胸が痛む。
「祈吏ちゃんからは聞かない? そういうの」
「聞いたことない」
「うちのねーちゃんハデだからさ、たぶんそのせいだよ。相手だって選ぶんだと思う」
 吐き捨てるように投げやりに答えれば、少しだけ咎めるようなつめたい口ぶりの言葉が返される。
「だからってそんなことしていい言い訳にならない」
「……うん、」
 ぽつり、とぎこちなく答えれば、どこか気まずそうなくすんだ瞳が遠慮がちにこちらを捕らえる。
 ――ごめん、じゃなくて。こういう時には。
「――ありがと。そういうの、言ってくれて」
「べつに」
 いじけた子どもみたいに、不機嫌そうなようすのかすかな声が洩らされる。


 男子高校生という愚かな生き物はどうしてああも『姉』という生き物に夢を見られるのだろうか。三つ歳上の姉と共にいるところを目撃されるたび、うんざりするほどに実感させられた感情がそれだった。
 ゆるく毛先を遊ばせたふわふわの栗色の巻髪、念入りに色と影を塗り重ねた努力の成果か、平常時の1.5倍くらいにはぱっちりと見開かれて見える瞳、鮮やかな色を纏った上に、蜂蜜みたいに艶めいたグロスを塗り重ねたぺらぺらとしきりによく動く唇。
『完全武装』としか例えようのないよそ行きの身なりに身を包んで歩く姉の姿は、世間一般的なものさしから見れば、どうやら『美人』に分類されるらしい。
「いいなー、うらやましい」
「どこがだよ」
 すっぴんヘアターバンに中学時代から着てるテロテロのパーカー姿で美顔ローラーぐりぐり押し付けてる姿見てからでも言えんのかよ、同じこと。
 そのカッコでファッション誌とプリンと美容液と生理用品買ってこいって命令してくんだぞ。あとはワンピースの背中のチャックきついからあげろだの言ってくるし(痩せろと言ったらパーで叩かれた)、下着のカタログ見せながらどれがかわいいかだなんて聞いてくんだぞ。
 人のことどう見てもパシリ兼オモチャかなんかとでも思ってんだろ、こっちだってもう子どもなんかじゃなくて、立派な思春期の青少年なのに。

 元来の勝気な性格で、小学生の頃には近所の有名ないじめっ子に狙われたのを怒鳴り散らして蹴散らしてくれたのはいまや遠い昔。気が強ければ言葉も手も早い(家族だから遠慮がないだけ、という言葉を信じ、外では器用に猫を被ってくれていることを祈るばかりだ)性格はそのままに、生まれてこの方十六年とすこしばかりの期間をひとつ屋根の下で暮らす姉は、いつしか『女性』のアバターを身に纏うようになった。

 なるほど、みごとに化けるもんだな。
 感心くらいはすれど、殊更に特別な感情などは抱くはずもなかった。あたりまえなはずだ、『姉』という生き物はいつでも、それ以上でもそれ以下のものでもなかったからだ。

(そりゃあそうに決まってんじゃん、うちのはああなんだし)

 すっかり氷が溶けて水っぽくなったメロンソーダを吸い上げながら、向かい側で問題集を睨みつける色素の薄さを感じさせるヘーゼルブラウンの瞳をぼんやりと盗み見る。
 高校に入って出来た大切な親友が胸のうちにずっとしまい続けているのだという秘密――それが、生まれてこの方、ずっと共に生きてきた双子の姉を特別に好きなのだということだった。
「引いたんなら言っていいからね」
 慎重な予防線を張るようにしたまま、言葉尻をぶっきらぼうに震わせて告げられた『告白』の場面のことは、いまでもはっきりとよくおぼえていた。
 どれだけの不安をたったひとりで抱えて、そのことによってどれほどの傷や痛みを胸のうちに抱いて――それでもどうしても、『想う』ことを捨て去ることなんて出来なくって。
 ひとりではきっと抱えきることなど出来なかったはずのそれを告げてもらえたのは、何よりもの信頼の証のように思えたのだった。
「……まあ、あるんじゃん? そういうのも」
 焦るように口走ってしまった言葉が適切だったのかは、いまでもよくわからない。
 それでも、なによりも感じたことは、不思議な安堵感にも似た感情だった。
 まるい肩の上をさらりと流れ落ちる艶やかな髪、彼にもよく似た面影を落としている透き通るような滑らかな白い肌、猫みたいに綺麗なアーモンド形のきらきらとまばゆい光を放つヘーゼルブラウンの澄んだまなざし、姉とはまるで違う、ゆっくりと言葉を区切ったやわらかな話し方――内側からきらきら光っているみたいに見える女の子ってほんとうにいるもんなんだな。握手会で間近に見たアイドルならともかく、あたりまえみたいにこんなふうにおなじ次元のすぐそばで。
 初めて彼女を目にした時、率直に感じたものがそれだった。
 決しておしつけがましくなんてない、心地よくたおやかな親密さを身に纏ったその態度は、生まれてこの方ずうっとともに生きてきたのだという『家族』の隣にいる時、新たにまた、異なった色や光を帯びる。
 互いを赦し、受け入れあい、共にいることで溢れ出す喜びを余すことなくやさしく分け合う。
 木洩れ日のようにあたたかくあまやかな色を帯びたその空気は恋人同士のそれにも似たどこか似た、ひそやかな親密さを纏っているかのように見えた。
 生まれたその時から共に育ってきた相手だなんて、なによりも特別で大切に思える相手に決まってる。
 たとえそれが、彼にとっては抱えきれずに持て余すほどの息苦しさを伴う思いなのだとしても――切実すぎるほど真っ直ぐなその想いは、部外者がとやかく口を出せるはずのものではあるはずがなかった。

「……どうかした?」
 ぱっちりとした切長のアーモンド型の瞳を縁取る長い睫毛を静かに震わせながら、やわらかな声が届けられる。
「ああ、いや」
 やっぱり雰囲気あるよな、そんじょそこらの高校生にはない類の――と、いまさらながら思っていたとは言えない。当人にしてみれば、きっとうんざりしているんだろうし。
「いや、明日当たったらやだなって思ってて――」
 取り繕うように答えながら、どうにか隙間を埋めたノートをしげしげと眺める。
「カイは終わった?」
「まぁ、なんとか。春馬は」
「一応は」
 よかった。ひとりごとめいた無防備さで囁きながら、すっかりさめて油の染みたしなびたポテトにそろりと手を伸ばす。
「……聞きたいこと、あって」
「なに? いいけど」
 ぶつからないように。丁重に反対側の山からしなびたポテトを引き抜きながら尋ねれば、いつものあの、ひどく遠慮がちな問いかけが投げかけられる。
「言ってたじゃん、お姉さんと買い物行くって。よくあるの、そういうの」
「よくっていうか……たまに? 中学の時とかはそんななかったけど」
 中坊の子どもを連れ回すのははずかしかったのか、友だちと遊びたい盛りであろうことをすこしは考慮してくれていたのか。いや、いまも大した進化があったとは思っていないのだけれど。
「仲いいよね、ほんと。お姉さん、春馬のことすごく好きみたいだし」
「ないないない」
 仲がいいっていうのはむしろ――きっと『理想のお姉さん』にも相応しいはずの同い年の女の子の姿をぼんやりと思い浮かべながら、ぐっと言葉を飲み込む。
 それは言うべきじゃない。さすがに。
「まあさ、」
 くしゃり、と頭を掻き回し、取り繕うようにうっすらと笑いながら答える。
「……嫌いじゃないよ、べつに。姉ちゃんが俺の姉ちゃんで良かったって思ってるし、結局のとこは」
 こればかりは偽りのない本音だ、当人に言うつもりはかけらもないけれど。
 どこか気まずい心地のままぼそりと答えれば、向かい側からは、安堵の色を帯びたゆるやかな笑みが返される。
「ていうかさ、カイは出かけたりとかしないの、祈吏ちゃんと」
「しない」
「へえ」
 意外だな、あんなに仲がいいのに。
 疑問の浮かぶようすを隠せないこちらを前に、ひどく苦しげに息を洩らすようにしながら親友は答えてくれる。
「小学校の六年生の春休みだったんだけど。お父さんとお母さんが、もう春からは中学生なんだからふたりで出かけてきなさいって。子どもだけで電車に乗るのは危ないからだめってずっと言われてたんだ。絶対はぐれないようにするのと知らない人にはついて行かない、夕飯までに帰ってくるならなんでも自由にしていいって言われて、じゃあ映画に行こうってなって。……楽しかったよ、すごく。こんどはどこに行こうか、なにをしようかって話してて……浮かれてたと思う、でも――中学に入ってすぐ、クラスのやつらに言われたんだ。女とデートしてただろ、生意気だって。違うよ、祈吏は家族だよって言ったら、そんなのおかしいってばかにされた」
「カイ――、」
 伸ばそうとした掌をきつく握りしめ、爪を立てるようにしてやり過ごす。鈍い痛みとともに、じわじわと胸の中の水が迫り上がるような息苦しさを味わう。
 どうすればいいんだろう、こんな時は。気まずそうに逸らされるまなざしをそれでも怯まずにじっと見つめ返せば、わずかに震えた、それでも、確かな意思を込めた言葉が静かに落とされる。
「祈吏はすごく怒ってた。おかしいのはそっちの方だ、どうかしてるって。僕だってそう思ったよ、でも、祈吏みたいには怒れなかった。春馬だって前に言ってたじゃん、恋人同士みたいに見えるって。みんな僕のせいだと思った、僕がおかしいから、当然だって。きっと僕のせいだと思った、僕のせいで家族に見えなかったんだろうなって、――でも、」
「……カイ、」
 いびつに震える指を握りしめ、ゆっくりと息を吐く。大丈夫、大丈夫。おまじないみたいにそう唱えながら、不器用にもつれた言葉を手繰り寄せる。
「――ごめん、ほんとうに。いまさらだけど。カイはなにも悪くないし、なにもおかしくなんてない。お願いだから、それだけは信じてほしい」
「春馬、」
 不安げに揺らぐまなざしをじいっと見つめ返しながら、きっぱりと、わざとらしいくらいに明るく答える。
「だいたい家族で出かけんのの何がおかしいんだよ、んなのどう考えたってふつうのことじゃん。自分がろくに家族とコミュニケーションも取れないくせにやっかんでんじゃねえよって話だよ。そもそも家族の常識なんて家の数だけあってあたりまえなんだしさ。ふつうに仲良くしてるだけじゃん、ふつうに。それの何で迷惑なんてかけてんだよ」
 理不尽に踏みにじられた心をこんなささやかな言葉なんかでかんたんに塞ぐことなんてできないことは痛いくらいに知っている。それでも。
「俺だって姉ちゃんが好きだよ、そうじゃなきゃ付き合ってやんねえよ。だって心配じゃん、姉ちゃんが女ってだけで嫌な目に遭うっていうんだからさ。だったらそのくらいお安い御用だよ、こっちの事情も知らないくせに茶化してくるやつがおかしいんだよ」
「……ありがとう」
 振り絞るように力なく告げられる言葉に、胸が締め付けられるような息苦しさを味わう。
 どうしようもなくむかむかする。この世界のくだらなさに、そのせいで背負わなくていいはずの傷を負わされてこんなにも苦しんでいる目の前にいてくれる友だちのことをすこしも救ってなんてあげられない自分の情けなさに。
「いいよ、そんなの。こっちだってありがと」
「……うん、」
 言葉を詰まらせる姿をじいっと見つめたまま、すっかり水っぽくなって炭酸も抜けた、歯茎まであまったるくなるような味のコーラをぐっと吸い上げる。





 ✳︎


「ひどいんですよ、『にいちゃんの言うことは絶対だ』って。たかだか二年早く生まれてきただけじゃないですか!?」

 つけっぱなしにしていたテレビ画面の中では、この後すぐに放送予定のドラマで活躍する若手女優と、苦笑いで彼女をいなす『お兄さん』の姿が映し出される。
 人気イケメンモデル、Kanatoはシスコン!? 仰々しいテロップと囃し立てるような笑い声に包まれながら、渦中の『お兄さん』は困り笑いを浮かべ、『妹』の方はと言えば、あながち満更でもなさそうなようすで責め立てる声をあげる。
 こういうのだよ、ほんとうに。
 やれやれ、と大袈裟にため息を吐きながら、手元のチャンネルを引き寄せてボリュームをぐっと絞る。
 家族の仲がいいことの何がそんなにおかしいことなんだか、ほんとうに問題があるのならこんなところで軽々しく話題に出せるわけなんてないんだし。
 それにしても血の繋がりってほんとうに色濃く感じられるもんなんだな。女の子が化粧しだいでいくらでも雰囲気を変えられることは身近な例を見ていれば百も承知、とは言え、そこかしこには隠せないレベルの特徴がありありと見受けられることに、こうしてふたり並んでいるとあらためて気づかされるんだから。
 縦長のぱっちりとした大きな瞳、上唇がやや薄めできゅっと口角の上がった唇の形、鼻筋や頬のなだらかな隆起を描くライン。言われてみればなるほど、と思うほどに、仲睦まじく痴話喧嘩を繰り広げる見目麗しい『兄妹』からはその証がありありと伝わってくる。
 カイと祈吏ちゃんだってそうだもんな。本人は似てないだなんて言い張るけど、やっぱりところどころには似通った面影がきちんと宿されている。同じ歳なのだから、それはもうより一層と。
 自分と姉もまた、はたから見ればそうなのだろうか。自分のことだなんて、いざとなるとすこしもわからないのだけれど。

「あ、Kanatoだ。かわいい~」
 ぼんやりとくぐもった思考の波をさらうように、背後からはすっかり聞き慣れた声が響く。
 パステルカラーのヘアターバンに、色褪せてくたびれたワッフル地の部屋着用のたっぷりしたワンピース。潔いほど色気もへったくれもない格好は、いっそ安心感をくれる。
「ねー、春馬。アイス食べるでしょ? 半分あげる」
 ぽすん、と音を立ててソファの片側に腰を下ろしながら、真ん中から割ったチョコモナカジャンボの片割れを差し出される。
「どしたの、めずらし」
「いっこ食べたら太るじゃん、だから道連れ」
「冷凍庫入れときゃいいじゃん」
「したら夜中に食べちゃうし」
「……だらしねえな」
「ほ~らそうやってお姉さまの好意を無碍にする。なんでそんな子に育っちゃったかなあ~?」
 わざとらしい泣き真似ポーズを横目に見ながらアイスに齧り付けば、いつか聞かせてもらった言葉がふいに頭を過ぎる。

「アイスが食べたくなった時はいつも半分に分けれるやつにしてて、祈吏と食べるから」

 さもあたりまえ、と言わんばかりに囁かれた言葉が、胸をにぶく突き刺すように心の中でやわらかに響く。
 生まれたその時からいちばん近くで共に育って、おなじものを美味しいね、なんて言い合いながらふたりで分け合って。
 ……誰よりも大切に思うようになるに決まってる、そんなの。
 ふたりがただあたりまえに『ふたり』だったこと。そんなふうにして、誰よりも大切な、かけがえのない優しい絆で結ばれていることを。
 そこに宿るものをとやかく言っていい権利だなんて、世界中の誰にもあるわけがないのに。

「……どうかした?」
「別に、」
 わざとらしくぶっきらぼうに答えながら、すこしだけ溶けかけてゆるくなったアイスに歯を立てる。
「それよりねーちゃんさ、こんど服買いに行きたいんだけど。付き合ってくれる?」
「いいけど、どっか行きたいとこでもあんの」
「こないだ雑誌で見たんだけど、渋谷の」
「じゃあ終わったらこっちもいい? ちょうどいまポップアップショップがきてんのね。たしか来月までとか――ちょっと待ってね」
 答えながら、ところどころの欠けたペールイエロー地にレース模様を描いた爪が器用にスマートフォンの画面を操るさまをぼうっと横目に眺める。
「にしてもどしたの、あんたから誘ってくるなんてめっずらしー。あ、もしかして好きな子でも出来たとか?」
「いいじゃん」
 ……いるけれど、いまはべつの話だから。
 ぼんやりと赤くなる耳を気づかれないようにそっと隠しながら、いつの間にかCMに切り替わったテレビ画面をぼうっと眺める。

 大丈夫だよ、なんにもおかしくなんてないよ。だって、毎日こうやってずっといっしょに暮らしてる相手じゃん。
 いつかは離れるのかもしれなくても、大切に出来るほうがずっといいに決まってる。なんにもおかしくなんてない。なんにも不自然なんかじゃない。
 ちゃんと言えたらいいんだろうな、こういうの。

「ねーちゃんさぁ」
「ん、なに?」
「……その、なんていうか。ありがとう、頼ってくれて」
「どしたの、なんかあったんでしょ」
 察しの良さの滲むまなざしからわざとらしく目をそらすようにしながら、力なく吐き捨てるように答える。
「そのうち言うから、気が向いたら」

 いくつもの飲みくだせない感情をないまぜにしながら、ありふれた夜がこうしてまた、通り過ぎていく。



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