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調弦、午前三時

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ライラック・タイム

高校入学後に間もないころの海吏と春馬くんと「お姉ちゃん」の話


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「そういえばさ、お母さんにこないだ言われたんだけど。春馬くんに今度うちに晩ご飯食べに来てもらいなさいって」
 なんか食べられないもんってある? アレルギーとか。
 いつしか見慣れてしまった、カフェのテイクアウトメニューみたいなやけに小洒落て彩も綺麗なお弁当(今日は胚芽入りのサンドイッチにこれまた色鮮やかなサラダだった)に口をつけながら、ぽつりとそう尋ねられる。
 あ、てか『お母さん』って呼んでんのな。まあいかにもそんな感じはするけれど、今どきの男子高校生にしたらちょっと珍しい。いや、そんなこと言ったらまた気にするんだろな。
 瞬時に駆け巡る雑多な思考の渦をらんぼうに追いやるようにしながら、ぼんやりとした生返事で答える。
「すごい辛いのとすごい酸っぱいのとすごい苦いの。あと、なまこ」
「ふぅん」
 相槌とともに、華奢な指先がすっと水筒へと伸ばされるのをぼうっと眺める。
「ていうかさ、なんでそんな話でたわけ」
 そもそも顔を合わせたことだってまだないのになぜこちらの名前を知られているのかが気になるのだけれど。
「あぁ――、」
 どこかしら気まずそうに俯きながら、ぽつりと小さな声での言葉が返される。
「うちでさ――ご飯食べてるときって学校の話とかするじゃん、それで……」
 ごめん。ひどく恐縮したようすでささやくようにそう告げられると、途端にざわりと胸の奥が疼くような感覚におそわれる。
 ちっとも似合ってなんていない太いセルフレームに度の入っていないプラスチックのレンズの伊達眼鏡の奥では、明るいヘーゼルブラウンの瞳が物憂げに揺れる。そういうとこだよ、ほんとうに。精一杯に強気に笑いかけるようにしながら、続く言葉を紡いでいく。
「そんなじゃないって、むしろ嬉しいくらいだし。俺だってふつうに話すしさ」
 両親はさておき、姉になら相談らしきこともしたくらいだし――と、そこまではさすがに当人には言わないけれど。桜海老入りの卵焼きを箸で一口サイズに切り分けるようにしながら、じっとようすを伺うように言葉を切り出す。
「じゃあうちにも来る? ひとまず放課後とかでもいいけどさ」
「いいよそんな、でも――ありがと」
 俯きがちな姿勢のままこぼされる言葉には、おだやかな安堵の色が滲む。
 いつも遠慮がちでひどく恐縮したような態度を取られることばかりだけれど、どうやら迷惑に思われているわけではないらしい。些細な視線や言葉尻に浮かぶ感情の機微は、いつだってこちらの心のうちをやわらかに波立てる。
「あー、でもうちねーちゃんがいっからなぁ。たぶんカイのこと見ると無駄にテンションあがりそう。うちの弟になれとか春馬と交換しよーとかぜってー言うからさ」
 軽口混じりに答えれば、向かい側からこちらをじいっととらえるまなざしには、わずかな好奇の色が顔を覗かせる。
「……お姉さんいるんだ、春馬」
「そっか、言ってなかったっけ? みっつ上でジョシダイセー」
 化粧は日に日に濃くなるし、子どもの頃から常に態度はデカいし人使いは荒いし、やたら妙なちょっかいはかけてくるし、話を聞く限りは同じ『お姉ちゃん』なんて言ってもカイのそれとはまるっきり違う物だろうとは思うのだけれど。
「仲いいの? お姉さんと」
「……どうだろ。たまに買い物行ったりとか、映画おごってくれたりとかはあるけど」
「ふぅん」
「なんつうかさ、姉貴ヅラしたいみたいなとこあんだと思う。やたらパシらされたりとかもすんだけどさ、お釣りで自分の分もアイス買っていいからとか言って、ショーガクセイかっつうの」
 苦笑いまじりに答えれば、瞼を細めたおだやかな微笑みがおだやかにそれを受け止めてくれている。
「春馬のことがかわいいんでしょ、要するに」
「……いや、まぁ」
 この15年あまりの中でかわいげのある弟だった瞬間があるとは到底思えないのだけれど――いや、ギリ小学校低学年くらいまでならまだいける?? お姉ちゃんってちゃんと呼んでたし。
 思わず箸を止めて真剣に考えあぐねていれば、じっと興味深げなまなざしがこちらを捉えていることに気づく。いつもならどこか強張ったように見えるそれが、いやにおだやかに綻んでいるように見えることにも。
「おかしかった? そんなに」
「うん、すごく。主に春馬の顔が」
 真顔で答えられてしまうとこちらも困るのだけれど。つくづくこういうとこあるよな、ほんとうに。いや、素直なのはいいことだけれど。思わず黙り込むこちらを前に、やわらかな言葉が続く。
「なんかさぁ、いいなって思って。春馬ってちゃんとしたいい弟なんだなぁって思ったから」
「……どういう意味?」
 口籠るこちらを前に、どこかうっすらと寂しげな口ぶりでの答えが返される。
「だってさ、うちだと一応僕が弟ってことになってるけど、歳はおなじなわけじゃん? 意味なんてあるのかなってずうっと思ってるけど、祈吏は自分がお姉ちゃんだからっていっつもお姉ちゃんぶろうってしてて。祈吏のこと守らなきゃいけないのは僕のほうなのにだよ? たぶんさ、やりづらいなぁってすごい思われてる。僕がちゃんと弟っぽくなれないから、ずうっと」
 俯いたままぽつりぽつりと語られる言葉は、次第にぼんやりと滲んで薄れていく。

 ああ、そうか――きっと、こんな迷いや不安をずっとひとりきりで背負っていて、それでも打ち明けられる相手なんて見当たらなくて。それで――ひどく息苦しげで不器用な言葉に、なぜだかこちらの胸を淡く締め付けられるような心地を味わう。
「――あのさぁ、」
 ふう、と深く息を吐き、ゆるやかに続く言葉を紡ぐ。
「そんなさ、そこまで気にしすぎなくていいんじゃん? カイはカイだし、祈吏ちゃんだって、カイのことが本当に大切だから自分なりに大事にしたいって思ってくれてんだよきっと。『お姉ちゃん』だからっていうのもそういうことなんじゃないの? 別に正解なんてないじゃん、そういうのって」
「そうならいいけど……」
 尚も気弱な口ぶりで告げられる言葉を前に、精一杯の強気な態度で答える。
「だってカイって家族のことほんとに好きじゃん、カイの家族だって話聞いてる限りだとみんなそうだしさ、結局はそれが答えなんじゃないの」
「……ありがとう」
 俯きながらちいさな声で告げられる言葉は、さわりと心地よく心を揺さぶってくれる。
「ドーイタシマシテ」
 照れ隠し混じりに答えながら、くしゃりと無造作に髪をかきあげる。
「なんでカタコトなの」
「なんとなく?」
「――いいけど」
 言葉につれるようにしながら、プラスチックのレンズの奥で、ヘーゼルブラウンの瞳にやわらかな灯りがともるさまをぼうっと眺める。

 きっと、これ以上のいくつもの絡まり合った糸がカイの心の内にはたくさんあって、それらすべてを見せる必要なんてあるはずもなければ、無理やりにほどこうとすることがどれだけ乱暴なことなのか、だなんてことくらい痛いほどにわかっていて。それでも――。
「どうかしたの、春馬」
「いや――、」
 真っ直ぐすぎるまなざしからわざとらしく目を逸らすようにしたまま、曖昧な言葉で取り繕うように答える。
「……そういやさ、午後の数2当てられる日だったなって思い出したから。予習してたけど、あんま自信なくて」
「僕もやってあるよ、68ページの続きからでしょ?」
「あぁ、ありがと」
「丸写ししていいって言ってるわけじゃないからね、一応言っておくけど」
「言ってないし、んなこと」
 笑いながら、気づかれないように浅く息を吐く。


 もっとこういう顔するようになればいいのにな、ほかのみんなの前でも。
 言葉になんて出来ない思いのカケラを無理やりに飲み下せば、かすかな苦みだけが胸の内で広がるばかりだ。




【どうでもいい設定】
時期は一年生の6月ごろ。海吏は一学期の間は伊達眼鏡をかけて登校しています。
(「眼鏡キャラは近寄りがたく見える」って少女漫画で読んだから×顔も名前も女みたいって散々いじめられたから顔を隠したい)

春馬くんには中3の時に告白されて付き合っていた彼女がいたけれど高校に上がったタイミングで疎遠になり、向こうに好きな男の子が出来たので振られました。

春馬くんのお姉さんの名前は美波ちゃん。三つ年上で気が強い性格の綺麗系ギャル。なんだかんだで可愛がられているし、仲はいい。

伏姫姉弟と春馬くんは学区違いで小学校は別々、中学は同じだけど春馬くんといのりんは同じクラスになったことがないので面識がない。

小学校の頃は伏姫姉弟はワンセットで認識されていたけれど、中学に上がって他の学区の子達が入ってきたことから、海吏は何かとやっかみを受けるようになる→二学期から父親の単身赴任について行く形で英国留学。





「春馬くんって好き嫌いとかある?」
「強いて言えばなまこ」
「食べなくてもいいんじゃん?」
って会話を周くんとしたことがあります。笑

読んでくださった方に「海吏くんみたいな子が中学にいたらいじめられるのはわかる」「海吏のことが気になるのを認められなくていじめに加担してた子がいそう」
って言われて、すごくつらい気持ちになったわたしは作者です。

海吏は自分が学校の中で排除されて、その結果大切な家族にも迷惑をかけるようなことになったのは自分が『普通じゃないから』だと責任を感じていて、『普通になりたい』と自分に呪いをかけてしまっていたような子だと思います。

高校入学時には自尊心が複雑骨折しているような状況だし、相当な人間不信で誰にも心を開かないと決意していたようなところがあったと思います。
極力他人とは関わらない、口も聞かない、と決意していたところでひょんなことから隣の席だった春馬くんと仲良くなり、高校時代には春馬くんに以外に友達がいない子です。
特に男の子からはこっぴどくからかわれた経験があることやそのほか色々なことから春馬くん以外の男子全般が苦手で、女子の方が話しやすいところがあります。
(ので、やたら顔が綺麗で女子と親しげに話してる=気に入らない、とますます男子から目の敵にされてしまう)
(大学に入ってからは色々とわだかまりが溶けて肩の荷が降りたので普通に男の子とも話すようになっています。忍と知り合ったのは三回生になってから。学部は違うけれど校内で会うと喋るし、時々春馬くんとも三人で遊ぶ関係。忍と周くんが知り合うのはその一年後、四回生になってから)



読んでくださった方からは海吏と春馬くんはなんで付き合わないのってすごく言われて、正直わたしも書いている間に思ったんですけど(笑)春馬くんにとっての海吏はどこまでも『繊細で放って置けなくて、なにかと面倒だし正直に言えばイラっとすることもあるけれど一緒にいて楽しい愛すべき友達』で、恋愛感情に発展する可能性は一切ないと思います。
海吏はアンバランスさ故に隣にいてくれる春馬くんに縋りたい気持ちはあれど、それが恋愛感情ではないことは分かっているから安易に頼ってはいけないと思っている感じ(なので、肝心なところで心を閉ざされてしまいがちで春馬くんはいっつも内心傷ついている)

この子たちに関しては掘り下げたいことがたくさんあるので、時々こうして書きたくなります。
自分にとってはすごく大切なことなので書けて良かったな、という気持ち。
ここまで読んでいただきありがとうございました。



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