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調弦、午前三時

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予定通りに偶然に

久しぶりの友達に会った時のお互いの「変化」のこと。
(あましの)



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「え、しーちゃん?」
 人通りも賑やかなショッピングモールの雑踏の中、驚きを隠せないようすの、ややハイトーンの澄んだ呼び声がこちらを呼び止める。
 耳慣れない呼称を前に戸惑いを隠せずにいれば、傍らを歩く相手もまた、ぴたりと足を止めて、ぱちぱち、とおおきなまばたきで応えてみせる――幸いなことに、どうやら人違いではなかったらしい。
「えっ、そよちゃん? たぶんあれだよね、成人式以来?」
 ごめん周、ちょっと。小さな声と目配せでそっと合図を送った後、ベビーカーを引く女性のほうへとそろりと近づく。
「あぁうん、だよねえ。だったら七・八年ぶり? びっくりだねえ、しーちゃんは買い物?」
「ん、見たい映画があったからその帰り。そよちゃんもおでかけ? てか、こっち住んでんの?」
 思わず身を隠すように背後へと立つようにしながら、にっこりと会釈を送ってくれる相手のようすをそっと盗み見る。
 ベージュのキャップ、黒髪に金のメッシュの入った顎までのボブヘア、鮮やかなグリーンのオーバーサイズのパーカーに黒い細身のパンツ――年の頃はたぶん、こちらと同世代だろう。
「そー、旦那さんがこっちの人でね。仕事の関係で知り合ったんだけど、結婚した時に引っ越してきたからもう三年くらい? 案外会わないもんだよね。まぁそっかぁ。のんちもいまこっちだよ、エステサロンやってんの。あとはたーちんが仕事の関係でちょくちょく来るからそん時よく会うかな。しーちゃんは?」
「あー、竹っちとぺぇちゃんはたまに連絡するけど、後は向こうに帰った時に会ったり会わなかったりとかかなぁ。女の子はほぼ連絡とかもないかも。ねえほんと、びっくりだよね。てかさ、全然知んなくてごめんね。いくつなのかって聞いてもいい?」
 笑いかけながら、たまご色のタオルケットにくるまれてベビーカーの中ですやすや眠るおちびさんへとやわらかな視線が向けられる。
「ごめんね~、こっちも言ってなかったもんね。いまね、一歳と三ヶ月。ゆづきちゃん、女の子で~す」
「へえ、かわいい名前だね。ゆづちゃんかぁ」
「よかったねえ、ほめられちゃったね~? てか立ち止まらせちゃってごめんね、しーちゃん急いだりとかしてなかった? じゃましてない?」
 恐縮したようすでこちらへとぎこちなく送られる視線を前に、ちいさく首を横に振ってみせることで応えてみせる。
――いささか自意識過剰だろうとは思うけれど、それでも。咄嗟に握り込むように覆い隠した左手の薬指では、揃いの銀の指輪が鈍く食い込む。
「いーよ別に、このあと晩ご飯の買い物して帰ろかってだけだったしさ。ね?」
 目配せとともに送られる言葉に、ひどくぎこちない会釈で応える。
「てかさ、またゆっくり連絡していい? しーちゃんLINEとかって聞いても平気?」
「ん、りょーかい。ちょっと待ってね」
 案外身近にあるもんなんだな、こんな出来すぎた偶然って。
 どこか他人事めいた惚けた心地におそわれたまま、賑々しい周囲の騒ぎ声など気にも留めない様子ですやすやと安らかな眠りにつく赤ちゃんのふくふくしたほっぺたをぼんやりと眺めることでその場をやり過ごす。


「ごめんね周、待たせちゃって」
 すっかり姿が見えなくなるまで見送った後、ぺこりと頭を下げながらの言葉をかけられる。
「あぁ、別に――友達? 地元の」
 幸いなことに(?)元カノではなさそうだったけれど。分かり切ったことを尋ねてみれば、すこしはにかんだ様子の言葉が返される。
「高校ん時さ、ガッコは違うんだけど塾で仲良くなって。結婚したらしいよーってのは友達づたいで聞いてたんだけどさ、特にそんな連絡とかもとってなくて」
「よかったじゃん」
「ねえ?」
 嬉しそうに瞼を細めた笑顔を向けながら、しばしばそうしたように、こつんと手の甲をぶつけられる。いままでなら感じたことのなかった揃いの指輪が立てるカチリと鈍い金属の感触に、言いしれようなどないまま、心は淡く浮き立つ。
「女の子ってちょっとびっくりだよね、いつのまにかママになっててさ。まぁさ、そりゃそうだろって感じなんだけど」
「あぁ、――うん」
 曖昧に答えれば、やわらかに瞼を細めたいつくしむような笑顔がそれを受け止めてくれる。
「この後さ、ちょっと本屋さん寄ってもいい? 周は行きたいとこってある?」
「――あぁ、別に。任せるけど」
「ん、ありがと」
 すこしだけいびつに震えた指先を握りしめながら、ゆっくりと息をのむ。
 視界の端では、はしゃぎ回る幼い子どもの姿がゆっくりと通り過ぎていく。




「ねー周、ちょっといい?」
風呂上がりにリビングに顔を出したところで、すでに寝間着姿に着替えてくつろいでいる忍に声をかけられる。
「ん、なに?」
 ぽすん、と音を立ててソファの片側へと腰を下ろせば、ちらひらと光を放つスマートフォンの画面を見下ろしながら言葉は続く。
「ほらきょうさ、昼間に赤ちゃんつれた友達と会ったっしょ、そよちゃんね。さっき連絡くれたんだけどさ」
 何のためらいもないようすで差し出されたスマートフォンの画面の中では、猫のキャラクターのスタンプを交えながらのメッセージがつづられている。

――『しーちゃん、きょう言うの忘れちゃったけど結婚してたんだね! おめでと~! 早とちりとかだったらごめんね。もしそうならお祝い送りたいんだけど、ほしいものってなんかある?』

 さすが女の子だ、目ざといというか、なんというのか。
どこか感心したような心地にさせられるこちらを前に、瞼を細めた笑顔とともに、おだやかな言葉が届けられる。
「びっくりしちゃったよね。こっちもお祝いしたかったからさ、周に相談して決めよっかなって思ったんだけど」
やわらかにそっと指と指とを絡めるようにしながら、上目遣いのまなざしとともに、おだやかに言葉が続く。
「話してもいい? 周のこと」
「……あぁ、うん」
 満足げな笑顔でそう告げるやいなや、すっかり手慣れた手つきで、指先はスマートフォンの画面をなめらかにタップする。
「ね、確認してほしいんだけど」
 目の前へとかざされたメッセージを前に、思わずさぁっと顔が熱くなる。
「送んの、それ」
「嘘ついてないでしょ?」
「……おまえがいいならいいよ、それでも」
「ねえ?」
 くすくす笑いながら、弾むような手つきで送信ボタンが押されるさまをぼうっと眺める。
「あ、返事きたよ」
 どうやらちょうど間がよかったらしい、すぐさまリアルタイムで送られてきたらしい返答を前に、目の前の相手はと言えば、ひどく満足げな笑みを浮かべてみせる。
「周も見て、ね」
 促されるままにのぞき込んだ画面の中、弾むような軽やかなメッセージの文面を前に、心の内は否応なしに泡立つ。

――『ごめんねゆってなくて。ちょっと前だよ~。きょういっしょにいたすごいかっこいい人が俺の旦那さん。すっごいカッコいいし優しいんだよ~。』
――『ええ~そうなの!? おめでと~! ちゃんと挨拶したかったなぁ、ごめんね~。よかったらまたいろいろ聞かせて! 自慢大会しよう~!』

 明るくはずんだおしゃべりの聞こえてくるような文面と共に、うさぎのキャラクターの跳ね回るスタンプが続く文面からは、あふれんばかりのあたたかな思いがこみ上げるようにこちらへと伝う。
「そよちゃんはさ、すっごいいい子なんだよね。むかしっからずうっとね」
「……みたいだな」
 たとえなにひとつ知らなくたってこんなにも伝わる。たった一言のやりとりからだけでも、こんなにも痛いほどに。
「なんかほしいもんってあった? フライパンとかお鍋とかは足りてるよね。お皿とかも……やっぱ消えもの? ちょっといいお肉とか」
「あぁ……、うん」
「うちも贈りたいんだけどさ――あ、俺のお小遣いから出すから安心してね? 赤ちゃんがいるおうちならタオルとかがいい? あー、でもたぶんもういっぱいもらってるよね。レトルトのスープとかのほうがいいのかな、ちっさい子が食べれるのと大人用のとさ」
「いいよそんな、気にしないで。家の財布から出せばいいから」
「ん、ありがと」
 笑いながら、目を合わせて静かに頷きあう。
「やっぱよかったな、指輪。してて」
 満足げに洩らされる言葉に、ただ静かに心は温められる。
 休日のほんの短い時間だけの、ごくごくささやかすぎるほどの〝証〟――それがこんな思いも寄らない効能をもたらすことがあるだなんて。
 しずかに瞼を細めながら、確かめ合うように指と指とをきつく絡め合う。



――『わざわざありがとう~うれしい~! うちからも贈るからちょっと待っててね、何がいいか考えとくからね。うちはお肉とかだとうれしいです。図々しくてごめんね』
――『そんなことないよ~、言ってくれたほうが助かるしね。おいしいの贈るからいっしょに仲良く食べてね。ちょうかっこいい旦那さんによろしくね』
――『そよちゃのちょうちょうちょうかっこいい旦那さま&ゆづちゃんのちょうちょうちょうカッコいいパパにもよろしくだよ~』

 画面の中では、若草色のワンピースに身を包んだちいさなお姫様を囲んだお似合いの夫婦の、ひどくありふれた幸福にあふれた光景が光輝いている。

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