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調弦、午前三時

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#さみしいなにかをかく

ツイッターで流れていた診断メーカー #さみしいなにをかく をもとにした小話です。
疲れてるけど気分転換に何か書きたい時に、この手のお題は便利でありがたいなぁと思います。

ログまとめを続きに。




あらしのまえに



「どうすんのおまえ。屋根ないだろ、ここ」
 少し薄汚れた毛玉のふかふかした腹をなでてやると、こちらのことなど露知らずと言わんばかりのようすでいつもどおりにか細く「なぁ」と鳴く。
 これから嵐がくるというのに、こんなちいさな体で吹き飛ばされたりでもしたらどうするつもりだろう
 けもの一匹に義理などあるわけもないけれど、あんまり親しげに身を擦り寄せてくるのできまぐれに撫でてやったらうっかり情がうつったというか、なんというか。
 ……なにかすごく似たケースを経た末に、無駄によくしゃべるおおきな猫に懐かれている気がするのは気のせいだろうか。それはともかくとして。
「どっかあんだろ、どっか」
 猫の行動範囲なんて知るわけないけれど、おそらくは。
「野生の意地とか本能とかなんかあんだろ、な」
 しぶとくつよく生き延びろ、また会えたらにぼしの一本くらいくれてやる。こわごわとやわらかな腹をなでれば、毛玉は少しも変わらない様子で、機嫌よさげに瞳をほそめて「なぁ」と鳴く。
 やっぱり誰かさんに似ている。この妙に能天気なところが。
 ……いちいちそんな風に思わなくもないあたり、なんというか、まぁ。


周さんは台風が来るという前日、立ち枯れた木ばかりの林で猫の腹を撫でている話をしてください。








Orange


 橙の色に染め上げられた街を行き交う名前も知らない人たちの影を追いかけるその時、名前のない寂しさはこんな風に唐突におとずれる。
「それでね、」
「……ああ、ごめん。なんだっけ?」
 ぎこちなく笑えば、呼応するように胸がわずかに軋む。
 こちらの様子に気づいた恋人が、いつものように柔らかに微笑みながら投げかけてくれる言葉はこうだ。
「ジェイの歯がやっと生え揃ってきたって話は前にもしたよね? それで思い出したんだけど。僕の奥歯がね、いっぽんだけ透き通ってるんだって」
「えっ」
 まばたきをするこちらを前に、彼は続ける。
「生まれつき、エナメル質がうすいんだって。だからって特になにか病気だとか、悪いことがあるわけじゃないらしいけれど」
 ぽつりぽつりと穏やかに話すその口元からは、透きとおったその姿はすこしも見えないけれど。
綺麗に生え揃った歯の中に、いっぽんだけある透き通ったそれ。指先でなぞったことならあるのに、そんな秘密を隠し持ってるだなんていままで思いもしなかった。
「ねえ、こんど見せて。帰ってからでもいい?」
「見てどうするの?」
「言い出したのは君だよ」
 半透明のそれは、陽の光を浴びれば橙の色を透かして映し出すのだろうか。
 遠慮がちに覗かせた口元、その奥に隠されたまだ見ぬその姿を僕は思う。いつしか心を覆っていた微かな憂いが、キャンディみたいにあまく溶かされているのにいまさらのように気づきながら。


海吏さんはどうしようもなくさみしい気分になった夕方、パリをイメージしたらしいテラス席で君の左の奥歯が透き通っていることを知ったときの話をしてください。








溶かせない時間


「小学校のころさー、三年だったかな? いっぺん転校してんだけど、そのまえにいた学校で仲良かった子と何人かで、タイムカプセルうめよーってなったのね。よく遊んでたちっちゃいけど手作りの遊具がいっぱいある公園で、そこの椿の木の根元にしよってみんなで話して」
 鼻先をくすぐる甘い香りの漂う中、目の前のチョコレートケーキにすっとフォークを突き刺しながら、忍は続ける。
「まぁさ、よくある話なんだけど。中学んときかなー、ほんとにたまたま思い出して、近くまで来たついでにそこまで行ってみたんだけど。なんかね、ふつうに駐車場になってて」
「何書いたっけとか、思い出せないけど。なんかそうやってぜんぶ一個ずつなくしてくのかなって。なんかさ、急に思い出したんだけど」
 ぽつりぽつりと力なく放たれる言葉に「らしくもない」と笑いとばしてやりたいのに、言葉にならないまま、テーブルの木目模様をぼんやりと眺める。

「でもま、いんだけどね」
 明日からまた、それぞれに向かう場所は違うけれど。それでも少なくとも帰り着く場所はおなじ、その日々が回り始める。だからいまは、もう少しだけ。
「たのしーね?」
 うれしそうに目を細めながら、忍は答える。
「何もなくてもいいけど、たまにこやってると楽しいね?」
 気まぐれに提案したちいさな冒険はどうやらお気に召したらしい。
 答える代わりのようにぎこちなく目をそらしながら、皿の上のタイル状のチョコレートをひとつ手に取る。儚く溶ける甘さの奥で、ゆらりと目の前に差し出された笑顔がにじむかのような錯覚にかすかによいしれる。



忍さんは予定が何もなかった日曜日、古民家を改装して作られたチョコレートショップで子供の頃埋めたタイムカプセルについての話をしてください。







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