忍と海吏の奇妙な友情をなんとなく横から眺める春馬くんのお話。
「前から気になってたんだけどさぁ」
トイレに、と席を立ったタイミングを見計らったかのように、わずかに声を潜めるようにして投げかけらたのはこんな一言だ。
「伏姫の彼氏ってどんな人? 春馬くん会ったことあんの?」
――ああ、そうきたか。気になるよねそりゃあ。説明する手だてはいくらでもあるだろうけれど、ひとまずは単純明快なほうが良さそうな気はするから。
ふっと息を呑むようにしたのち、吐き出した答えはこうだ。
「なんていうかその……ひとことで言うと王子様、みたいな」
「まーじかー」
予想通りの答えに、思わずどこか強ばっていた表情がゆるむ。ああ、やっぱりそうだよね。
「伏姫だって王子様みたいなとこあんのにねー。ていうかあの子さ、ガッコで英文の王子様って言われてんだけどさぁ」
「また?」
思わず口をついて出た言葉を前に、興味深げな色をしたくるくるとよく動く瞳の奥に、やや鋭い光が宿る。
「また……?」
オウム返しのように返された言葉に、ふぅ、と思わず肩をおろしたのは言うまでもない。
「――これ言うとさ、あいつ、いやがるからあんま触れないようにはしてんだけど」
やや大仰に思えるそんな前置きののち、春馬は答える。
「あいつさ、高校入ったばっかん時。帰国子女って言うのと双子の片割れらしいってので目立ってて。あんましクラスのやつともなれ合わないみたいな感じで。で、影で言われてたんだよ。王子様って」
羨望のまなざしを向けられる人気者――だなんてニュアンスではなく、異質な存在として遠ざける為の、どこか侮蔑の意味がそこに込められていたのは確かで。
大学生にもなってそんな子どもじみたあだ名が使われているとは、なんともまぁ。
「……なるほどねえ」
カクテルグラスのふちについた塩を指先でするりと掬い取る仕草とともに、忍は答える。
「だいじょぶだよ、今はそゆんじゃないから。あの子ね、あのルックスだし、あれでいっつも成績トップランクあたりにいるからやっぱ目立ってんのね。学内で表彰とかもされてて。で、誰かが王子様みたーいって言い出したってだけの話」
……文字通りのいやみややっかみのない無邪気なニュアンスだというのなら、まだ安心できるというか、なんというか。
「ふつうの生身の男の子なのにねー。ま、わかんなくもないけどさぁ」
飾り気のない口ぶりで告げられる言葉に、ふつふつと気安く『王子様』だなんて単語を口にしてしまった自身のおろかさのようなものがこみ上げてくるのを感じる。
「あ、ごめんごめん。そゆんじゃなくて」
こちらの意図に気づいたのか、いつものように気さくに笑いかけながら子告げられる言葉はこうだ。
「王子様には王子様が相応しいもんね、いやみとかじゃなくて」
どこかまぶしげに瞳を細めるようにしながら、忍は続ける。
「ね、どういうとこがそう見えたの? 聞いてもいい?」
「――まぁ、その」
そろそろ王子様一号が帰還されるお時間だと思うので、あんまり詳細な説明をするのは難しい。面と向かってこんな話してたなんて聞いたら怒るし、絶対。(目の前の彼だって、きっとそれをわかって聞いてくれているわけで)
それならせめて、一言だけ。振り絞るような心地で告げるのはこんなひとこと。
「まーなんていうかなぁ……わかってるんだなって感じ? たぶん誰も敵わないっていうか、だめなんだろなっていうか」
そうでなければ、地球四分の一周分の距離を隔ててもあんなに確かな絆を繋ぎ続けることなんて出来るはずもないから。
ゆらり、と心の隅に浮かぶわずかな曇りに、ぶざまに思わず苦笑いでも浮かべたいような心地になっていれば、時折顔を覗かせてくれる、あのどこか曖昧なぬくもりにくるまれた笑顔がそっと傾けられる。
「――ちょっと寂しい?」
「……まぁ」
ぎこちなく口をつぐむようにして視線を揺らせば、視界の端にちらり、と見なれた影がよぎる。
「ふーせひめー」
少しだけ揺らいだ足取りで近づく姿を前に、にいっといつものように得意げに笑いかけるようにしながら目の前の彼は答える。
「遅かったよね、もしかして迷ってたの?」
「……ちょっとだけ」
椅子を引きながら、いつも通りにわざとらしく不機嫌を張り付けたみたいな顔で答えるのはいつまで経っても変わらない。
「まーいんだけどね、そのぶん春馬くんと仲良くしてたし」
ちら、とどこか不安げに揺らされたまなざしを前に、打ち消すように曖昧に微笑みかける。―別に悪いことなんてなにひとつ言ってないけれど、なんというか。
ぷい、とわざとらしく視線をそらすようにして、無事帰還した『王子様』は答える。
「ていうか春馬になんか変なこと吹き込んでない? 春馬もまともに聞かなくていいからね。この人どうせろくでもないことしか言わないから」
「なに伏姫、やきもち?」
「なんでそういちいち短絡的な物言いになるわけ?」
わざとらしく子どもじみた不機嫌を張り付けて答える姿を前に、思わず笑い出しそうになる衝動をぐっと抑える。
大学での様子がどうかなんてことは伺いしれないけれど、この調子ならきっと大丈夫、だなんて思えるのがなんだかおかしい。
少なくとも、少しも似合いもしない伊達眼鏡の下でポーカーフェイスを気取っていた『孤高の王子様』からは想像もつかない、むき出しの感情でつき合える友達はいるようだから。
どことなく安堵したかのような心地でゆらりと微かに口元を緩ませるようにすれば、目の前の彼からは微かなアイコンタクトが投げかけられる。
ありがとう、良い友達でいてくれるようで。こんな風に思われたって、おかしな話とは思うけれど。
――それはともかくとして、親友の恋人が『王子様』の照合に相応しいだけの相手に見えることに関してだけは譲るつもりはない。(容姿から物腰から含めて、すべて)
大阪文フリとテキレボの無配でした。
My Shooting Starで忍と海吏が出会って暫くしてからのお話。(周くんとは知り合う前)
海吏は春馬くんにとって本当に大切な友達で、それゆえに『恋人』にしか預けられない気持ちがあることも彼にしか出来ない役割があることくらい分かっていても、やっぱりどことなく寂しいし、敵わないなーってもどかしさはどうしてもあるんじゃないかと思います。
忍は海吏と春馬くんに色々あったのを海吏から聞いてるので内心「春馬くんってこの子なんだなぁ」って思ってるし(態度には出さないけど)、春馬くんは春馬くんで、忍が気さくだけれどさりげなく聡い子なのには気づいているんじゃないかな、と。
なので、このふたりの関係はちょっと微妙。
というのは作者は分かっていても、初めて読まれる方的にはどうなんでしょうかねという。
テキレボさんはひとまずのお試し読みに無配を取り寄せる方たくさんいらっしゃいますし。個人的にはすごく楽しく大切なことを書いたので、気に入っていただけるとうれしいです。
PR