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調弦、午前三時

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ひとのうわさ

「ほどけない体温」周と忍。忍のうわさ話にやきもきするおはなし。


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「じゃあ今年も色々あったけど都合の悪いことは忘れて楽しもうってことで!」
「かんぱーい!」
 威勢の良い掛け声に押されるまま、ぎこちない仕草でグラスをぶつけ合う輪に交わる。
 人数合わせに過ぎないとはわかっていても、こうして『仲間内』に入れてもらえることは素直にありがたい。じきに生活環境が変わることを思えば、これが最後になることだって容易に想像できるのだし。
 ……それでもさほど寂しくはないあたり、薄情だな、なんてのは置いといて。
「時間制とかじゃないから気にしないでね、飲み放題だけ二時間限定らしいけど。きょうってこのあとなんか予定とかあったりした?」
「や、別に……」
 言葉を濁すようにひとまずは答える。忍はほかから呼ばれているらしいし。(無駄に交友関係が広いのでそこは仕方あるまい)
「シュウっていける方だっけ?」
「……まぁまぁ」
 強くもなければ弱くもない、と自認していたけれど、長時間あれやこれやと呑まされた挙句に醜態を晒したので警戒はしているけれど。
「シュウは顔に出ないタイプだからねー」
「そっか、じゃあ気をつけないとね」
 気さくに笑いかけてくれる顔に曖昧な笑顔で答えながら、とりとめもない話に相槌を打つ。
 あまり得意ではないとはいえ、こうした場が用意してもらえるのは素直にありがたいな、といまさらのように思う。
 ことさらに話題が豊富なわけでもないし、場を盛り上げることが出来るわけでもない。まったくもって面白味のある人間なんかではないのに、なぜだかこうして『居場所』をくれる相手がいる。
 それが『あたりまえ』ではないことは、二十二年の薄っぺらい人生経験でもなんとなくわかっていることだ。
 ──だから出会えたんだし、あんなにも不釣り合いなはずなのに、なぜだかいるだけで安らげる相手に。
 不思議だよな、巡り合わせって。
 どこか落ち着かないぼんやりとした気分のまま鴨のロースト(らしきもの)をちびちび摘んでいれば、不意打ちのように、よくよく馴染んでしまった相手の名前が飛び込んでくる。
「そういや忍ってきょう来てないよね? 声かけなかったの?」
 ──そりゃそうだよな、共通の知り合いの仲間内なわけだし。
 (たしかバーの方のバイトの集まりに呼ばれてるとか言ってたような)
 答えないままでいれば、横からは援護射撃のごとき声があがる。
「あー、なんかバイトがあるとかなんとか」
「まあ年末なら仕方ないよね。しのぶんなら分刻みでスケジュール入れてそ」
 いや、家でダラダラしてることもわりと多いから実際にはそうでもないのだけれどそう見えるのは認める、うん。(言わないけれど)
「彼女とか大変そうじゃない? 心配ごととか多そう」
「別れたって話じゃなかったっけ? あれでしょ、読モやってたって子」
「なんか向こうから振られたんだっけ。一時ちょっと元気なかったよね」
 途端に、端の席に座った女の子は身を乗り出すようにして声をあげる。
「え、なにそれ聞いてない」
「なに、狙ってたわけ?」
「別にそんなじゃないけどちょっといいなって、でもなんかひっきりなしに彼女いるじゃん」
「まあー放っておかれない感じだかんね。でもその前の子の時もチャンスあったんじゃないの? ことちゃんだっけ? 保育課の子」
「あー、あのほわんとした感じの子ね。子猫ちゃんって感じ」
「なんか結局友達でいいじゃんってぐだぐだになっちゃったとかそういう話だったよね。そういやそのちょっと前か後になんか修羅場ってなかったっけ?」
「あー、それはなんか向こうも悪いんだけど忍もまぁまぁ問題ありみたいな。ほら、被害妄想激しいタイプっているじゃん。忍も忍でなだめたりとかしてどうにか頑張ってたんだけどやっぱ付き合いきれなくなってくんじゃん。したらなんか逆上されちゃってLINEブロックしてあることないこと言いふらされてたんだって」
「まじそれ? メンヘラじゃん。こっわ」
「まーあんだけあちこち愛想が良すぎるとメンヘラ製造機なとこもあるっていうかさー。忍くんは私なんかいなくても平気なんでしょーだって。まあそれ言われちゃうとそうだよなって感じだよね。なんていうかお互い不運みたいなとこはあったと思うけどね」
 どうしたらいいんだろうな、こういうのって。いや、ある程度は仕方ないと思うのだけれど。
「すみません、ビールおかわり」
 残りわずかになったグラスを、やけ酒とばかりにぐっと飲み干しながら声をあげる。
「残り減ってんじゃん、おまえらもなんかいる?」
「あぁ、ありがと。じゃあ次来たときでいいけど」
 ざわつく店内をすいすいと踊るように人波をかき分けるエプロン姿の店員の背をぼうっと眺めながら、ぼんやりと息を吐く。
「てかピッチ早くない?」
「こんなもんだよ」
 とはいえ、指摘通りではあるので(こんな場面、呑まないとやっていられないので)悪酔い防止に水をごくごく飲みながら周は答える。
「ていうかそやっていない奴の話すんのもほどほどにした方がよくない」
 俺なら嫌だし。酒の力を借りての本音を漏らせば、周囲からは不服そうな声が方々からあがる。
「まじめ」
 茶化すような言葉に、さぁっと顔が赤くなる。いやいや、そういう問題じゃなくて。そこはほら、人間としての常識ってやつだから。
「仲いいもんね、ふたり」
「え、そうなんだ? なんか意外」
「おまえらだってそうだろ」
 どことなく居心地の悪さを感じながらぽつりと答える。
 まあ、今朝だっておなじベッドで目覚めて朝食もいっしょに摂って、別れ際にはつかの間の別れを惜しんでキスする程度には。(言わないけれど、もちろん)
「それよりさー」
 いつのまにか話題がバイト先にテレビのロケが来たこと、VR体験に行ったこと、流行りのドラマあたりに流れ始めたところで、懐のスマホがかすかな振動を告げるのに気付く。
「ごめん、メール」
 一応の断りを入れて画面を開けば、当本人からのメッセージに気付く。

 ──『こっちもう抜けれそう。家で待ってていい?』
 ──『こっちもぼちぼち抜ける』
 ──『へいき?』
 ──『気が済んだ』
 ──『三茶だよね、迎えに行くね』

 はやる気持ちを抑えながら画面を暗転させれば、周囲からはどことなく浮ついた好奇を交えた笑顔が向けられる。

「え、いまのって彼女?」
「ナニ」
「いやだってなんか楽しそうだし」
 楽しいに決まってんだろそりゃ。だからって気安く土足で踏み込まれるのはいい気分ではない。
 苦笑いで誤魔化すようにすれば、遠慮のない追従の声が覆いかぶさる。
「シュウってあんまそんな話きかないよね、そういや」
「言いふらすもんじゃないし」
不可抗力の事故で『バレて』しまったケースを除いては。
「ごめん、ちょっと先に抜ける」
「あー、デートだ」
「お呼び出しだー」
「だったら何なわけ?」
 不服そうに答えながら、手短にコートを羽織る。もたもたと行き来するエレベーターを待ちきれずに飲食店ばかり入ったビルの非常階段へと出れば、とたんにきん、と冷えた冷たい風が肌をさらう。
 日が落ちると一気に冷え込むな、家を出た時はそうでもなかったのに。
 ちゃんと手袋して行ったよな、あと、マフラーと耳当ても。忍は寒がりなので(その割に忘れっぽかったりするのでその都度叱っている)いちいちそんなことが気にかかる。
 危ないからやめた方が、とわかっていても、ついこの季節はポケットに手を入れて歩く癖は抜け切れない。気にせず手を繋げたらいいのに、だなんて手持ち無沙汰な気持ちがおさまるから、だなんていうのも少なからずはあると思うから。
 履き潰したスニーカーが、カンカンと小気味良いリズムを刻むのを耳にしながら階段を一段一段、ゆっくりと降りる。
 ほんの数時間前まですぐそばにいたはずなのに──もうこんなにも、会いたくて堪らない。

 ──『もう出た』
 ──『二十分くらいで着くと思う、ごめんね待たせて』
 ──『家でいいよ、寒いだろ』
 ──『俺が会いたいだけ』

 吹き出し越しに告げられるメッセージに、外気に冷やされたはずの顔がぼんやりと熱くなる。
まったくもって、反則みたいにかわいい。



「あーまねー!」
 指定された通りの場所で待っていれば、家を出た時に見たのとおなじ、ファーの耳当てにダウンコート、犬のぬいぐるみモチーフのついた分厚いマフラー姿の満面の笑みがこちらを捕らえてくれる。
 挨拶がわりに手の甲をぶつけ合えば(このくらいはコミュニケーションのはんちゅうで捕らえてもらえるだろうし、たぶん)、すれ違いざまにちらちらと女の子がこちら、というか向かい側の忍の方を見ている(気がする)
 ──これにはもうはや慣れている、多少身なりも目立つことだし。(本人の好きに任せているので、文句などあるはずもない。多少やきもきはするけれど)
「迎えに行こっかなって思ったんだけどちょっと良くないかなーって思ってさ、がまんしたんだよ。えらくない?」
「えらいとかえらくないの問題?」
「そうじゃんだって」
 話しながら、人並みをかきけわけるようにしながら足早に改札へと向かう。
「だって周もてるし」
「んなことねえよ」
 こっちのセリフだそれは。ぶつぶつと喉の奥だけでつぶやきながら、ICカードをリーダーへと叩きつける。
「酔っぱらうとお持ち帰りされそうだし」
「その前に帰るから」
 とりなすように答えれば、わざとらしく不服そうなトーンを含ませた声が被さる。
「俺にあっさりお持ち帰りされたくせにそゆこという」
「不可抗力だろ」
 そもそもそれを言うか、こんな時に。おかげさまで冷えたはずの頭はぶり返すみたいにぼうっとのぼせる。
「でもすき」
 小声でささやかれる言葉に、かっと耳が熱くなる。ほら、そういうところ。
 階段を登るうち、ぼんやりのぼせた頭はほどよく外気に冷やされていく。隣には、不揃いなリズムを立てる音の主。
 まったく、こんなに乱気流みたいに上下を繰り返していたらきっと心臓に悪い。果たして、ちゃんと長生き出来るんだろうか。
 どこ吹く風、とでも言わんばかりの涼しい顔をした横顔を眺めながら、思わず気付かれないようにため息を漏らす。すこし歩調を緩めて、一段下から見上げた時の横顔の滑らかな鼻筋や頬のライン、やわらかな髪がふわふわ頼りなげに揺れるさまをぼうっと眺めているのが好きなことは知られなくていい。はずかしいから。
 人波に押し流されるようにホームに滑り込んできた電車に乗り、うまくドアの前を陣取ると、途端にひと心地ついたような安堵感に襲われる。

「てかさぁ、」
 迷いながら、それでも恐る恐ると話を切り出す。
「おまえ来なかったじゃん、噂になってたけど」
「え、まじで」
 途端に真正面の相手の瞳には好奇の色が宿される。そりゃそうだよな、まぁ。
「なんの話?」
 まあおそらくは不本意な話題が色々と、こちらも触れたくないような。迷いながら口籠っていれば、いつものあの得意げな笑顔がかぶさる。
「仕方ないよね、聞いても」
「適当なとこでやめさせたから、そういうのよくないだろって」
「さすが周だ」
 うれしそうに瞼を細める姿に、かっと胸の奥は熱くなる。
「ていうかさぁ」
 こちらをじいっと覗き込むようにしたまま、僅かばかりに声を潜めて忍は尋ねる。
「言っちゃってくれていいのに、付き合ってんだけどって」
「……言ってどうすんだよ」
「俺の男に手ぇだすんじゃねえよってあれ」
 小声でささやかれる言葉に、俯いたままの耳が途端にかっと熱くなる。

 ──もどかしくない、わけではないのだ。
 これが男女の関係ならどうってことなどないはずなのに、『そう』じゃないだけでとたんに話は入り組んでくる。秘密にするつもりはなくて、かといって特別なつもりもかけらもないのに。
「まぁーいいけど、そのうちね」
 わかんないけど。頼りない小声で漏らされる声に、なぜかぐっと息が詰まるような心地になる。
「……しのぶ、」
 かすれる声で名前を呼びながら、コートの袖口からそっと姿を覗かせた指先に自らのそれを遠慮がちに絡める。人もそれなりに多いし、ドア側ならうまく隠せるはずだから。
「周、」
 ぱちぱち、とゆっくりのまばたきとともに、遠慮がちなささやき声が落とされる。
「どしたの」
「こっちの扉、しばらく開かないから」
「そゆんじゃなくて、」
「……がまん出来なかったから、うちまで」
 やだった? 遠慮がちに尋ねてみれば、すべて塗り潰すみたいなやわらかな笑顔がそこにかぶせられる。

 知らないんだよな、みんなきっと。
 好き放題に言われる忍の姿、それが嘘偽りない物であることは確かだけれど、それ以上の誰も知らないたくさんの顔があることを周はちゃんと知っている。
 傷つけたこと、取り返しのつかないことをしたこと、忘れられないこと、それ以上に、幾度となく救ってくれたこと──そのぜんぶがあったからこそいまこうしてふたりでいられることを、ほかの誰でもない目の前にいる相手は、なによりも知ってくれている。

「周さ、もしかして酔ってる?」
「酔ってない、おまえは」
「ちょっとだけ、でもへいき。抜けたから。周さ、ご飯食べれた?」
「そんなに」
「じゃあ駅前で焼き鳥買って帰ろうよ。ぼんじりまだあるかな」
「あとつくねな」
 笑いあいながら、確かめ合うように指先をそっと絡めあい、僅かに潤んだ瞳でじいっと見つめ合う。
 早く家に帰って、ふたりきりになって──はやる気持ちは、まなざしの奥に宿るあたたかな光になって言葉以上に心を伝え合う。

 こんなもどかしさが存外嫌いではないあたり、げんきんというか、なんというのか。





2019年の書き納めでした。
今年もたくさんこのふたりを書いていきたいです、よろしくお願いします。



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