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調弦、午前三時

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むすんで、ひらいて

周くんと忍のバレンタインデー。
テキレボEX2の購入特典でした。





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 無事に手に入れたところまではともかく、こういうのってどうやって渡すのが「正解」なんだろう。誕生日とかクリスマスだとかとは色々と勝手も違うわけだし、そもそも向こうだって予想もしてないだろうし。
 いやに豪華な金箔のロゴの入ったサテンのリボン付きの紙袋(この袋代だけでいくらかかっているんだか、だなんて無粋なことを思ったりもする。なにせ、小市民なので)を眺めながら、思わずぼうっとため息を洩らす。
 なにかもっとこう、ムードを作って? いやいや、幸いなことに週末とはいえただの平日だし、むこうに食事当番をお願いしてる時点でそれはもう。
 どうせなら一緒に花束でも渡す? 駅前までUターンすればまだ開いてる店はあったろうし。
 いやいやいや、キャラじゃないだろそんなの。そこまで大袈裟にされたってきっと困る。クリスマスとおなじく、世間一般のお祭りムードに便乗させてもらっているだけなうえに、事前に予告も何もしてないわけだし。
 いまさらだけれど、プレゼントってなかなかどうして難しい。喜んでもらいたい、だなんて下心ありきのものではあるけれど、結局はこちらの自己満足に付き合わせているわけだし。いままで積み重ねてきた少なからずの場面を思い起こしながら、焦茶のサテンリボンの持ち手を掴む手に思わずぎゅっと力を込める。
 喜んでくれたよな、いつだって。なによりもの安心を分け与えてくれるかのような、あのひたひたと染み渡るようなおだやかな温もりに満ちた笑顔で。
 向けられた気持ちに応えられる、まっすぐな想いを投げ返してくれる―そのすべてがみんな、あたりまえのことなんてなにひとつありやしない、類い稀なる才能だ。
 あんなにも剥き出しの感情でまっすぐに向き合ってくれる相手だなんて、忍のほかには誰ひとりだって思い浮かぶはずもなかった。
(そういうとこだよ、ほんと)
 思わず浮かびそうになるぎこちない歯に噛み笑いを必死に噛み殺しながら、階段を一段一段、踏みしめるように昇っていく。
 渡したっていいよな。だって、一年にたった一度きりの大切な日なんだから、きょうばっかりは。


「ただいま」
 いつものようにガチャガチャと乱雑に鍵を開ければ、ぱたぱた、と軽やかな足音と共に、部屋着に着替えた恋人に迎え入れられる。
「おかえり周、お疲れさま。晩御飯もうすぐできるよ、コロッケとメンチカツね。かぼちゃ味とカレー味だよ、ぜんぶ半分こずつしようね」
「おう、」
 矢継ぎ早にかけられる言葉に、静かに心を温められていくのに身を任せる。ほんとうに、ばかみたいにいつまで経っても慣れたりなんてしない。
「遅くなってごめんな、ありがと」
「いーよべつに」
 にいっと子どもみたいに無邪気に笑う顔を見つめながら、堪えきれずにそっと手を伸ばす。
「お米もうすぐ炊けるよ、先に着替えてくるよね」
「うん、」
 荷物を持とうとしてくれるのを制止しながら答えれば、ぱちぱちと、ゆっくりのまばたきを繰り返すまばゆい光を放つ瞳は、見慣れない紙袋をそっと捉える。
「ねー、それってさあ、もしかしてバレンタイン?」
「……あぁ、」
 ぎこちなく答えれば、途端にうんと得意げな笑顔がそうっと覆い被さる。
「やっぱそうだよね、周きっといっぱい貰ってくんだろうなって思ってさぁ。どんなのだった? 俺もいっしょに見ていい?」
 ―なんでそんなに嬉しそうなんだよ。
 呆れ混じりに笑いながら、それでも、堪えきれずにふつふつと込み上げてくるいとおしさにぐらりと胸の奥があまくしびれる。
 反則だよな、なにひとつとったって。
「忍、」
 きっぱりと頭を振り、手にした紙袋をそっと差し出すようにしながらささやき声を落とす。
「そうじゃなくて、これはおまえに、俺から。いいよな、渡したって。おまえ嫌いじゃないだろ、チョコ」
「……いいの」
「いいかどうか決めんのはおまえだろ」
 精一杯の強気の態度で答えれば、背後では間を読んだかのように炊飯器が炊き上がりの知らせを教えてくれる。
「ひとまず飯にしよ、な」
「うん、」
 笑い合いながら、静かに掌を重ね合う。



「かんたんなのでごめんね、市販のチョコならいっぱい貰うだろうなって思ってさ」
「謝んなくていいって」
 手分けしての片付けを終えた後、忍が作っておいてくれたチョコレートのプリンをそっと金色に輝くスプーンで掬い、口元へとはこぶ。
 滑らかな口当たりとふわりと香る濃厚なチョコレートの風味は目の前にいてくれる大切な相手が作ってくれたことも相まって、どんなに有名な高級ショコラトリーのパティシエの作品なんかよりもずっと特別なものに感じられる。
「お返しってどしたらいいんだろうね、こーゆー場合。相殺になっちゃうの? でもそれじゃつまんないじゃん」
「買いに行けばいいだろ、いっしょに。作んのでもいいけど」
「楽しそうだね」
 子どもみたいに無邪気な笑顔には、やわらかな思いがしずかに溶かされている。
「白いもんがいいの? ホワイトシチューとか、白菜のクリーム煮とか」
「そーゆーのだったっけ?」
「わかんないけど」
「まあいいよ、でも」
 楽しいのはわかりきっているから、ふたりですることならきっと、なんだって。
 やわらかに細められたまなざしは、言葉よりもなによりも如実に、飾り気なんて一欠片もない想いを伝えてくれる。



 バレンタインだなんて行事には特にこれといった思い入れはない。
 ありがたいことに幾らかもらったこともあるし、(率直な意見を言わせてもらえば、『お礼を用意するのが面倒だな』どまりになってしまうのはゆるしてほしい)いまこの瞬間だって、鞄の中には挨拶がてらにと渡されてきたいくばくかのチョコレートの包みが入っている。
 気持ちは嬉しいのだ、素直に。大半が不特定多数に配るためにまとめて買われたものなのはじゅうじゅう承知の上で、自分のために、と貴重な時間とお金を割いてくれた恩義がそこに込められているのは伝わるのだから。
(それにしたって、まぁ)
 デパートの地下売り場、ここぞとばかりに競い合うように並べられた色とりどりの宝石のように光り輝くチョコレートを眺めながら、思わずぼうっとため息を吐き出す。
 上階の特設売り場からは、あまりの賑やかさとひしめくような女性たちの群れを目の当たりにして思わず怯むように退散してしまったのだけれど、なかなかどうして、ここだってすごい品揃えだ。
 寧ろ選ぶ側の女性に好まれそうな色鮮やかな愛くるしいパッケージに包まれたものから、高級ブランドのようなうんとシックなものまで、目移りするほどのありとあらゆるチョコレートたちの洪水とむせかえるようなあまい匂いに思わず怯みそうになる。
 冷静に考えてみればなかなかすごいお値段なのに、ここぞとばかりに購買意欲を掻き立ててくるんだからあらためてすごい。
 ショーケースにずらりと並べられた一粒二百円のチョコレート(ここでは寧ろ手頃な値段に値するのだから、あらためて驚かされる)をしげしげと見つめていれば、きっちりとした結い髪にまばゆい純白のエプロン姿の店員はこちらを見つめながらにっこりと品の良い会釈を投げかけてくれる。
「そちらはバレンタインの限定商品となっております、ご試食もございますのでご遠慮なくどうぞ」
「……どうも」
 精一杯の取り繕うような笑顔で答えながら、色とりどりの宝石のようなチョコレートたちに見惚れる。
 ふだんならコンビニで二百円あまりのものを買うだけでずいぶんな贅沢をしたものだと思うほどなのに、一箱五百円のギフトセットでは随分と貧相に感じてしまう。
 自分用のお楽しみと贈り物では重みがまるで違うだなんて前提はさておき、お祭りごとの魔法ってすごいよな、ほんとうに。
 どこか浮き足立ったような心地を隠せないままに、ポップに書かれた宣伝文句をじっくりと読み込んで比較検討に明け暮れる。
 あまり奇を衒いすぎないもの、味に関しては無難な方がいいから―高価すぎるのもきっと良くない、下手に気を遣わせる羽目になるし。苦手な風味のものは避けて―どうせなら、種類は多い方がいい、選ぶ楽しみがあるはずだし。慎重な吟味の末に、中身と予算、双方に納得のいったものを手に取り、こわごわと差し出す。
「すみません、こちらで」
「ありがとうございます」
 にこり、と隙の無い整った笑顔を向けながら、滑らかに言葉は続く。
「こちら、リボンをおかけしましょうか」
「――ええ、お願いします」

 とっておきの贈り物の証のように包まれていくパッケージを眺めながら、思わずぼうっと息を吐く。
 誰かのために贈り物を選ぶのってこんなに楽しいものなんだな、ああ、だからみんなこんなに夢中になるのか。
 いまさらみたいに芽生えたちいさな思いの芽に、ふつふつと心を温められるのを感じる。

「お待たせいたしました、こちらになります」
「ありがとうございます」
 金色に光り輝くロゴマークに艶めくサテンのリボンの持ち手。まるで宝石でも入っているかのようなご立派な紙袋を前に、こわごわと指をかけるようにすれば、カウンターの向かい側からは品の良い微笑みがそっと手渡される。
「どうぞ、素敵なバレンタインをお過ごしください」
「……ありがとうございます」
 ぎこちない笑顔で答えながら、みるみるうちに脳裏に浮かぶ大切な相手の笑顔にそうっと手を振る。

(ごめんな、待たせて)

 きっと会える。あともうすこしで。


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