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調弦、午前三時

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かわいい人

周くんと忍。
ツイッターで書いたものでした。




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「ただーいまー」
 玄関を開けてそう声を上げたところで、きっちりと綺麗に揃えられたよくよく見慣れた革靴の存在に気づく。ドアの向こう側はこうこうと明るく照らされ、うっすらとテレビの音が聞こえてくる。
 あれ、きょうってそうだったっけ。
 会社の呑み会があるから、とは事前に聞いていたので、週末恒例の待ち合わせが出来ないことを残念に思っていたのだけれど。だめだなあ、こんな大事な約束を忘れてただなんて。
 とはいえ、思いがけないご訪問が嬉しくないわけがない。ゲームにはまっている友達からいつか聞かせてもらった『ログインボーナス』とはこういうもののことを言うのだろうか。はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりとドアノブに手をかける。
「ただいま周。ごめんね、遅くなっちゃって。きょう周来てくれる日だったよなって忘れてて」
「……おつかれさま、おかえり」
 答えながら、手元のリモコンでボリュームをしぼる。
 見慣れた部屋着姿に、お風呂上がりのすこししんなりした髪。すっかり見慣れてしまった――でもきっと忍しか見ることのできない無防備な姿に心はみるみるうちに緩む。
「見てたんじゃないの?」
 いいのに。小声で尋ねれば、ぼそりとかぶせるような返答が投げ返される。
「いいよ別に。つけてただけだし」
「……ありがと、帰ったよ」
 答えながら、ふわりと髪をなぞりあげる。
「……パン」
 じいっと顔を覗き込むようにすれば、ぽつりぽつりと、やわらかな言葉は続く。
「明日の朝のパン、買ってきてるから。あと、アイスあるけど」
「ありがとう」
「なんか飲む? お茶ならあるけど。あと、コーヒーもうすぐ切れそう。買っとこかなって思ったけど、明日にしてもいいし」
 ぽつりぽつりと話す顔は、心なしかいつもよりもぼんやりと赤い。
「周、だいじょぶ? お水飲んだ?」
 もともと弱い方ではなかったはずだけれど、立場上むりに付き合わされたなんてことは大いにありうるのだし。ゆっくりと様子を伺いながら背中をそっとさすれば、気まずそうなまなざしがじっと注がれる。
「話さなきゃと思ってて……帰ってきたら、おまえが」
 すとん、折りたたみテーブルの向かい側に腰を下ろせば、気まずそうに、それでもじいっとまっすぐにこちらを見つめながら、ぽつりぽつりと言葉は続く。
「きょうさ、会社の呑み会だったんだけど。先輩が奥さんの話してて。みんなうちもそんなですね、うちは違うかな〜って、なんか盛り上がってて、それで……」
 気まずさを隠せないようすで、ぼそりとくぐもった声が落とされる。
「『うちもそうですね』ってぼうっとしてたら答えてて。色々突っ込まれて――、」
 俯いたままの顔は、みるみるうちに赤く染まる。
「話してくれたの? 会社の人に」
「……うん」
「周はさぁ」
 うっとりと瞼を細め、すこしだけおぼつかない指先をぎゅっと握るようにしながらとっておきの言葉を告げる。
「いつも教えてくれるよね、そういうの」
「……うん」
「そんなにはずかしい? 俺とつきあってんの」
「……違う」
 ぎこちない言葉に、ちくりと胸が痛む。そりゃそうだ、こんなのただの意地悪だから。
「べつに言うつもりなくて。わざわざ必要ないじゃん。でもなんか黙って勝手に喋んのってよくないよなって思うから……気をつけよって思ってたんだけど」
「まじめ」
 くすりと笑いながら答えれば、赤らんだ顔はすこしだけ不機嫌そうに歪む。……そうそう、そうこなくっちゃ。くしゃくしゃ、とわざとらしく洗いざらしの髪をかき回すようにしながら忍は尋ねる。
「じゃあ俺も話していい? 周のこと。伏姫と春馬くん以外にも」
「……何話すの」
「ご飯作るの上手でしょ、優しいでしょ、ちょっと照れ屋さんでしょ、すごいかわいいでしょ、そんでもって」
声をひそめるようにしながら、耳元でそっと囁くように答える。
「じょうず」
「……おまえなあ」
不機嫌そうな声色とともに、形の良い耳朶は真っ赤に染まる。
「嘘ついてないじゃん?」
まあ言うつもりは勿論ないけれど。色々と差し障りがありすぎるので、そこは。
「ごーめーん」
取り繕う用な笑顔を張り付けながらの間延びした返事とともに、すっくと立ち上がる。
「ごめんごめん、お風呂入ってくんね。悪いけどまっててね」
「おう」
「あとさ、周。あしたなんか用事ある? どっか行きたいとことか」
「前言ってた本屋」
「それってお昼からでもいい? あと、周きょうしんどくない?」
「……ああ、うん」
ぱちり、とゆっくりのまばたきとともに尋ねれば、察しのいい彼氏の顔は途端にさあっと刷毛で塗ったように赤く染まる。ね、そうこなくっちゃ。
「いい子にしててね」
「おまえに言われたくない」
唇を尖らせる仕草とは裏腹のくすぶった熱に揺らぐ声に、愛おしさとしか呼べないものはぐらりと痺れるようにあまく揺れる。

話したいことなんていくらだってある。そりゃそうだ、こんなに大切な相手なんだから。それでも同じだけ、ひとりじめしていたくってたまらない気持ちがこんなにも溢れている。
こんなにも子どもじみた凶暴でどん欲な気持ちで誰かを好きになるだなんて、ほんとうにいつ以来だろう。もしかしなくても、初めてだろうかなんて――
「また後でね、待っててね」
ひらひら、と手を振りながら答えれば、気まずそうに、それでもぼんやりとした熱の余韻に揺らされたまなざしがじいっと注がれる。

――そしてここからは、誰にも明かさない秘密の時間だから。


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