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調弦、午前三時

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When I call your name.

ピアニストの恋心、桐緒と荘平




「前から聞いてみたかったんですけどね」
「はい」
 いやにかしこまった表情でそう答える彼を前に、私は尋ねる。
「なんで桐緒さん、なんですか。私の事」
「桐緒さんが荘平さんって呼んでくれるからですよ、駄目ですか?」
「だって荘平さんは年上じゃないですか。その、失礼ですし。あと、その丁寧語も。別にいいんですよ、普通で」
 まるで懇願にも似たぎこちないそんな言葉を前に、どこか遠慮を隠せない様子で彼は答える。
「なんていうかその、人の喋り方が移っちゃうもんで。よそよそしいとかわざとらしいとか、そう思いますか? 普通に喋った方がいいならそうしますけど……じゃなかった。そうするけど」
「なんか、ごめんなさい」
「……謝らないでください」
「あ、まただ」
 ここまできたらこらえきれず、思わず目をあわせたまま笑いあう。そこまできてようやく、少しだけ互いの距離が縮まっている事に気づく。
「何が言いたかったと言えばまぁ、その」
 こほん、とわざとらしく咳払いをひとつしてから、私は言う。
「気をつかってくれてるならね、嬉しいんですよ。でも、なんか申し訳ないなーって思って。だって、私の方が年下なんだから、そこはちゃんとするのが普通じゃないですか。あんまりなれなれしくするのもなんかこう、ふざけてるみたいで」
「ええ」
「だからちゃんとしなきゃって意識してたんだけど。なんか、そういうのが逆に荘平さんに気を使わせてるのなら悪いなってそう思ったんです」
 話すうち、いつしか耳が微かに熱くなっている事に気づいて、俯いた顔があげられなくなる。どうかこの肩の上に落ちた髪が無様な赤い耳を隠してくれますように。くだらない事に、私は願いをかけるみたいに真剣になる。
「……真面目だね、桐緒さんは」
 優しい声。優しい言葉。耳がくすぐられるみたいな途方もないその心地よさに、火照った耳が余計に赤くなる気がする。(見えないけれど)
 顔をあげられない自分が、少し悔しいほどに。

 こほん、と軽い咳払いをひとつこぼした後、荘平さんは答える。
「俺は必要以上に気を使ってたつもりはないし、いやでもないです。でも、普通に話した方がいいならそうするね。確かにその方が、桐緒さんと仲良くなれる気がするし」
「仲良くして、くれるの……?」
「桐緒さんがいやじゃなければ」
 おずおずと顔をあげれば視界に飛び込んでくるのは、とびっきりの穏やかなその笑顔。焦げ茶色の丸い瞳に映る自分を確認する勇気は、私にはないけれど。
「……でもやっぱり、荘平さんって呼んでていいですか? ほら、なんか周りの人みたいに荘平くんって呼ぶのはなれなれしい気がするっていうか、なんか恥ずかしくて」
 精一杯のそんな言葉を前に、にこやかに微笑みながら荘平さんは答える。
「じゃあ俺もこのまま桐緒さんって呼んでていい? 久瀬さんって呼ぶのは今更逆によそよそしいじゃない。だからって呼び捨てにするのも、ちゃんづけで呼ぶのもなんか妙に照れくさくて」
「……荘平さん」
「どうしたの、桐緒さん」
 ほら、やっぱりしっくりくるじゃない。
 無邪気にそう答えたあの時の笑顔を、私は今でも時々思い出したりする。(その時に感じた、僅かな胸の痛みも含めて)




(2014/08/03)

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