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調弦、午前三時

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傷つかない

「ジェミニとほうき星」より、高校時代の春馬くんと海吏のお話。



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 学年の持ち上がりによってせっかく出会えた親友とクラスが離れてしまった場合、欠点と利点がそれぞれある。
 欠点:行き来がなにかと面倒
 利点:忘れ物があった時でも、貸し借りでなにかと補い合える


 すっかり通い慣れたみっつ隣の教室の扉の前に立てば、途端に耳をつん裂くようなはしゃぎ声に出迎えられる。
 いるかな、いりゃいいんだけど――すこしだけ離れたままようすを伺っていれば、ドアの脇に立っていた、見知った顔とふいに視線が交差する。
「お、どした高垣。伏姫に用事? 呼ぼっか?」
「ああ、うん」
 ありがと。ぼそり、と独り言めいた響きでちいさく答えながら頭を下げてみれば、合図にしたかのようにひときわ大きな声が響き渡る。
「ふせひめー、彼氏が呼んでんだけどー」
 途端に、くすくすとさざめくような笑い声があちこちに起こると、突き刺さるようなまなざしが注がれる――あたかも、納得したとでも言いたげな。
 茶化すような笑い声に相反するように、さめざめと血の気が冷えていくのを感じる。ほんの数秒のはずの時間をあんなにも長く感じたのはきっと、後にも先にもあの時がはじめてだ――考えるよりも先に手が動くことがある、だなんてことを身をもって実感させられたのだって。
 ほとんど反射的に目の前にいる相手の手首をきつく掴むと、吐き出すように言葉を告げる。
「おまえさ、いまなに言ったかわかってる?」
「や、だからふせひ」
「だから言ってんだろ、何言ったのかわかってんのかって」
「いいだろそんな、マジんなんなくたってさ、冗談だし。おまえだってそんくらいわかっ」
「だからふざけんなって言ってんだよ」
 へらへら笑いまじりに返される言葉を前に、反射的にキツく声を上げれば、間近で見つめるまなざしは冷たい色を宿しながらかすかに震えている。
 なんだよ、このくらいで。だったら言わなきゃいいだろ最初から。
「なにが冗談だよ。俺とカイがどうかなんてことおまえに話したことなんて一度も無いだろ? 何も知らねーくせに勝手にヘラヘラ笑ってんじゃねえよ。どんだけ無神経なこと言ってんのかわかってんの?」
 いつの間にか、あんなにも騒がしかったはずの教室の中がしんと静まり返っている。突き刺さるような視線に苛まれるような心地になりながら、ひとまずは掴んだままだった腕を剥がすようにして、ゆるやかに視線を逸らす。
「ごめん、まだ痛かったら湿布貰ってきて」
 ついさっき軽はずみに言ったことだけは許す気なんてないけれど。
「高垣、ごめん……」
「俺はもういいからカイに謝って」
 きっとキツく睨みつけるようにしながら答えれば、ひどく怯えた目をした張本人が彼の背後にいることにいまさらのように気づく。
「伏姫、ごめ」
「いいよ」
 きっぱりと告げられる言葉は、静かな拒絶の意思を伝えている。
「ごめん、騒がしくして」
「いいよ別に、なんか用事?」
「ああ、それなんだけど……数IIの教科書貸してたじゃん? 午後の時間割変更になったもんで回収しに来た」
「ごめん、返してなくて。すぐ取ってくる」
 途端にひどく恐縮したような表情で答えてみせるのだから、こちらもまた、慌ててぎこちない笑みを返す。
「いいって、俺が言い忘れてただけじゃん」
 ぱたぱた、と駆けて行く後ろ姿をぼうっと眺めていれば、いつしか、じろじろと興味深げなまなざしがこちらへと向けられているのに気づく。そりゃそうだ、無理もない。あんな騒ぎ起こしたんだから。
 ――嗚呼、もう。バツの悪さにおそわれながら、ひとまずは俯いたまま髪を掻き回すことでどうにかその場をやり過ごす。
 あとで謝ろう、いくらなんでも良くなかった。
「春馬、これ。ありがとう」
「……あぁ、うん。助かる」
「春馬に借りたやつじゃん」
 もっともなご意見を前に、思わず苦笑いで答える。
「――ありがとう、ほんと。助かった、……ありがと」
 掻き消えてしまいそうなほどの掠れた声が、手の中に落とされた教科書のことを示しているのではないことくらいは言われなくたってすぐにわかる。
「じゃ、また放課後な」
「……うん」
 小さく手を振ってみせる姿を前に、どこか逃げるような心地で自らの教室へと戻ることに必死になる。





「高垣くんばいばーい、また明日ねー」
「ん、ばいばーい」
「春馬おつかれー」
「おう、おつかれ」
 波のようにほうぼうからのざわめきが響き合う中、生返事で答えながらリュックの中へと乱暴に教科書やノートをしまう。
 その間も、ぐるぐると頭の中を駆け巡る
 ――さて、どうしたもんかな。
 午後の授業の間も、ずっとあたまの片隅を巣食っていた懸案事項がそれだった。
 いや、謝るの一択に決まってるけど。それにしたって今日のきょうなわけで、いつもどおりにのこのこ迎えに行くわけにもいかない。
 まあふつうに考えれば、どっかに呼んでからそこで合流して……が無難だよな、とりあえずはきょうだけでも。
 やれやれ、と大げさにため息を吐きながらポケットに仕舞い込んだままのスマホをひらけば、お見通しとばかりに問題の当人からのメールが届いていたことに気づく。

 ――『図書室寄ってく』
 ――『了解』

 さすが、よくわかっていらっしゃる。

 閉ざされた扉に手をかけようとしたまさにそのタイミングで無機質な音を立てながら戸は開かれ、視界のすぐ目の前には待ち構えていた人物が現れる。
 いやはや、タイミングってやつはあるものらしい。
「あぁ、カイ――」
 場所柄、いつもよりもすこしだけ声を顰めながら言葉をかければ、ぺこりとちいさく頭を下げられる。
「わざわざありがと、春馬も寄ってく?」
「……いや、いいけど」
「ん、」
 相槌に促されるままに、体を滑らせるようにドアの脇へと身を避ける。

 ――はてさて、どう話せばいいものか。
 運動部の威勢の良い掛け声と賑やかなお喋りの声、すり抜けるように勢いよく駆けて行く誰かの無数の足音。賑々しすぎるほどのありとあらゆる音に鼓膜を揺さぶられながら、振り絞るような心地でそうっと声をあげる。
「――あのさぁ、」
「道原のこと?」
 あぁ、そんな名前だったかそういえば。行手を阻むようにかけられた言葉を前にぐっと息を飲めば、傍からは、憮然としたようすで言葉が続く。
「言っておいたから、僕にならなんだって言ってもいいけど、春馬のこと侮辱するようなこと言うんなら許さないからそのつもりでいろって」
「あぁ――、」
 どう言えばいいんだろう、こんな時は。無様な迷いに揺らされていれば、釘を刺すように鋭く言葉は続く。
「春馬は悪くないんだから、堂々としてたらいいんだよ。自分がどれだけ馬鹿なのかって思い知らされてればいいんだって。高校生にもなってなんだよあんな言いがかり、脳味噌の成長止まってんじゃないの」
 色彩を失ったように放たれる言葉は、端々が微かに震えている。
「大体さぁ――、」
「カイ!」
 騒めきに押し流されてしまわないように――声を張り上げるようにしてそう呼びかければ、わざとらしく逸されていたまなざしがこちらへと向けられる。
 ほら、やっぱり思った通りだ――つめたい色を宿したまなざしは、痛ましいほどにまざまざと震えているのだから。
「あのさ、カイ。カイの気がすむならそれでいいけど……言わなくていいよ、無理してるんなら」
「春馬――、」
 震える息をぐっと飲み込み、決意を込めるような心地できっぱりと答える。
「ほんとはさ、カイに会ったら謝んなきゃって思ってた。カイはこんなこと言ったらきっと怒るだろなって思ったけど……でも、わかったから。ありがとう、ほんとに。カイが怒ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
「……うん」
「あとさ、さっき言ったじゃん? 自分のことなら何言われたっていいって。お願いだから、そういうこと言うのだけはやめてほしい」
「でも、」
 あぶなげに震えながら告げられる言葉を塞ぐように、震えるまなざしをじっと見つめながら言葉を吐き出す。
「俺がやだからだよ、それじゃ理由になんない?」
「……」
 ひどく気まずそうに口籠る姿を前に、気づかれないようにちいさくそっと息を吐く。
 ――どうしたらいいんだろうな、こういう時って。たった十七年そこそこの人生経験じゃあ、最適解なんてそう簡単に導き出せやしない。
「カイ、あのさ――」
「春馬、」
 ごめん、と言いかけたのを遮るかのように、ぼそりと朧げなささやき声が被せられる。
「いいよ、それで……ありがとう」
 ひどく力なげな声は、鼓膜をやわらかく揺さぶるようにしながら、心までひたひたと染み渡るように響く。

 半歩先を歩く背中は、心なしかいつもよりもすこし小さく見える。
 ほっそりした白い首筋、華奢な肩から滑り落ちそうに見えるリュックの肩紐、光に透けた柔らかそうな漆黒色の髪、長く伸びた睫毛が頬に落とす影。
 ガラス細工で出来ているみたいにあやうい見た目とは裏腹に、驚くほどに気が強くて意地っ張りで――それでいて、そんな自分にいつだって抗い続けるとっておきの優しさの持ち主。
 それが、春馬の知っている<伏姫海吏>だ。
 目の前にいるのは自分達と何一つ変わらない、ただの思春期の少年に過ぎないのに――どうしてあんな風に平気で、傷つけるためだけの言葉をかけられる人間がいるんだろう。どうすればちゃんと、これ以上傷つけずに済むんだろう。
 尽きることのない迷いに揺らされながら、一歩、また一歩と階段を踏み締めるようにしていれば、こちらを気遣うように、いつもと変わらない明るい口ぶりでの言葉が投げかけられる。
「あのさ、春馬。きょう、ちょっとだけ買い物して帰りたいんだけどいい?」
「……あぁ、うん。俺も明日の数学当てられる予定だから予習しときたいんだけど」
「どっか寄ろうよ、クーポンきてないかあとでチェックしとくし」
「ん、」

 甲高い声を上げながら、すぐ傍を見知らぬ女の子たちが通り過ぎていくのをぼうっと見送る。
 ――いまはこれでいい、きっと。目の前にいる相手は、こんな自分でもいいのだとそう言ってくれるのだから。

「うちのクラスの子がさ、また春馬のことカッコいいって言ってたんだけど。いい加減無駄にモテるのやめない?」
「そんな憶えないし……」
 わざとらしく肩を落としながら答えれば、いつもどおりの強気な口調が返ってくる。
「彼女いるよって教えてあげた方がいいの? 僕わかんないからさ、そういうの」
「聞かれた時だけにして」
「だよね」
「いいけどさ、わかってるんなら聞かなくて良くない?」
「勝手に決めんのって良くないじゃん、でも」
 俯きながらかけられる言葉に、思わずさぁっと胸の奥が熱くなるのに身を任せる。
 こういうところなんだよな、ほんとうに。どう言えばいいのかなんて、うまく説明できやしないのだけれど。
「あぁ、うん……ありがと」
 ぎこちなく笑いかけるようにそう答えれば、どこか幼げに見える綻んだ笑顔が穏やかににそれを受け止めてくれる。
 そのやわらかなあやうさを素直にいとおしいと思うことに、特別な理由なんてきっといらない。


 季節はようやく、長すぎる夏の役割を終えて、秋へと差し掛かろうとしていた。
 春馬が親友のなによりも大切な『秘密』を知ることになるのは、もうすこしだけ後の話だ。


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