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調弦、午前三時

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きょうだい

「ほどけない体温」
周くんと忍と彼らの家族の話。







「うんわかった、あんがと。また連絡すんね。ん、ひろちゃんも元気で。風邪とか気をつけてね。じゃーねー」
 耳に端末をあてたままふらりと廊下から舞い戻った忍は、ぺこぺこと頭を下げながらいつものように気安くふわりと微笑みかけてくれる。その笑い方の端に少しだけ、どこか淡く滲んだいつもとは違う色が浮かび上がっているかのように見えるのは、こちらの思いこみだけではない気がするのだけれど。
「弟?」
「ああうん。ごめんねー」
「いいじゃん別に、謝んないで」
 ベッドに背をもたれさせたままぱらぱら、と見るとはなしに読みかけていた雑誌をめくっていた指先に、忍のそれが淡くとらえるかのような繊細さでそっと触れる。
「周がよくても俺がよくないの」
 いじけた子どもみたいな声が、さわさわと耳をやわらかにくすぐる。すとん、と傍らに腰をおろす時に微かに香るのは、おなじシャンプーとボディソープの香り。
「じゃあなんて言うのが正解なわけ」
「周が考えて」
 めんどくせえなあ(決してネガティブな意味ではないのだけれど)と思いながら、一呼吸をおいて投げかけるのはこんなひとこと。
「……おかえり」
「ただいま」
 うんとうれしそうに瞳を細めながら、すっかり手慣れた手つきで、指先がふわりと少し伸びた前髪のあたりをかすめる。

 忍は律儀なことに家族からの携帯への着信音をいちいち変えているので、いつの間にか無機質な電子音ひとつで誰から連絡が着たのかがこちらにもわかるようになってしまった。(むこうがいちいち教えてくれるのもあって)
 その中でも、佳乃ちゃん(母親のことらしい)と、弟からの連絡は何かにつけて多い。
「もうすぐ母の日じゃん。なもんで、母の日ギフトの手配してたわけね。ひろちゃんもガッコ始まったばっかでまだ色々忙しそうだし、バイトもどうにか決まったばっかでお金そんなないのに『ちゃんと出すから。』って意地はっちゃって」
 困ったように、それでもうんとうれしそうにほほえむ顔はれっきとした「お兄ちゃん」のそれだ。
「周はちゃんとしてる?」
「ああ、まぁ」
 どこかばつの悪い心地を味わいながら、あいまいにそう答える。去年まではアルバイト先のコンビニの母の日ギフトカタログから適当に注文をしていたのだけれど(社割は利くし、何かと好都合ではあった)今年からはそうもいかない。
 一応無事に会社員にはなったので、昨年までよりも多少はランクがあがった品物の手配を先月のうちに予約注文を済ませていた。好意とか慈しみとか感謝とかそういう感情は申し訳ないけれどやや薄く、あくまでも事務的な慣例のひとつとして。
 意味合いがまるっきり違うんだろうな、こいつと「ひろちゃん」の贈るそれとは。咎められているわけでもないのに、どこか気まずいようなそんな心地を隠せないまま、ひとまずは手元の雑誌に視線を逸らすようにしながら周は答える。
「仲いーのな、おまえら」
「佳乃ちゃんと?」
「それもだけど、弟と」
「ちっちゃいころはとっくみあいでケンカしたけど、いまはねー」
 へへ、と照れたように瞳を細めて笑う姿を見て、素直にいいなぁとそう思うのと同時に、とうの昔に捨てたはずの「きょうだい」へのあこがれがふわりと滲んでくる。
 もし忍と自分が他人同士じゃなくて、家族だったら。それも、きょうだいだったら――遠慮したいな、というのが率直な感想だけれども。


 広い海、と書いてひろみ。通称ひろちゃん。忍の会話の端々にしばしば登場する、四つ下の弟だ。

「忍と広海ってなんか、昭和のアイドルみたいっしょ。ぴっちぴちのミニのワンピース着ておかっぱ頭で歌ってそうっていうか」
 父ちゃんも佳乃ちゃんもそこんとこいまひとつセンス古くて。どこか不満げに、それでいて、うれしそうにくすくすと笑いながら答えていた姿は記憶にまだ新しいままで。
「気に入ってるって言ってたじゃん」
「それとこれは別」
 まぶしげに瞳を細めて答える姿は、いつもよりも心なしかどこか幼く見える。
「伏姫ん家はさー、すっげセンスいいんだよ。海吏と祈吏、祈吏ちゃんってのはお姉ちゃんね。あそこん家、双子だから」
「へぇー」
 弟、というのは言われて見ると確かに納得できるところはあった。どことなくだけれど、慈しまれてすくすく育った子独特のオーラが出ているというか、なんというか。まぁ、双子ならば同じ年なのだから、年の離れたふつうのきょうだいとはまた環境も多少は違うのだろうけれど。
 ていうか双子って、それも男女の。
「……すげえ似合う」
「だよねー」
 率直すぎるてらいのあるそんな言葉を前に、どこかうれしそうに瞳を細めて満足げに笑う。さぞかしかわいいんだろうな、あの子の血のつながった双子のお姉ちゃん。「海吏」なんてのも綺麗で、それでいて存分すぎるくらい名前負けしていないあの子に相応しい名前だけれど「いのりちゃん」も綺麗でかわいい。優しい名前だな、と耳にしただけでそう思える。
「おまえは会ったことあんの。その、いのりちゃんには」
「ないんだなーそれが」
 けらけらと、うんと軽い調子で笑いながら忍は答える。
「ぜってー会わせねえって言われてる。何なのそれ、逆に期待あげまくりなんだけどどんだけかわいいの? って聞いたらちょう困った感じで顔赤くしてぷいって目線逸らされて」
「信用されてねえのな、おまえ」
「そーみたい」
 言葉とは裏腹に、どこか誇らしげとも言えるような様子でくすくすと笑いながら傍らでつん、と肩をこずかれる。困ったような、それでいてどこか誇らしげにも見える独特のあたたかな色が滲んだ笑顔が目のふちで微かにぼやける。

 春馬くんには三つ上のお姉さん(下のきょうだいが居そうに見えたので少し意外だった)、伏姫くんには双子のお姉さん、忍には四つ下の弟。周はひとりっこ。
 ……よりによっておまえが「お兄ちゃん」なのかよと、思わなくもないのだけれど。
 家庭環境というのはやはり、如実に生活ににじみ出るものなのか、はたまた、先入観がそう見せるだけなのか。ちょっとした態度の端々に家族という共同体の中で培ってきたものが見える、ような気がするのは確かなことで。

「うちさー、ひろちゃんが四つ下だから。俺もまぁそれなりに物心がついてて、赤ちゃんのころから割とやってたわけね、おにいちゃん」
 半分空いた、といつの間にか感じるようになったシングルベッドに肩を並べて(大の男ふたりなので、当然肩をすりあわせるような距離で眠るはめになる)薄暗がりの中、じっと目をこらすようにしてこちらを見つめながら、忍は言う。
「お昼寝の時とか夜寝る時、絵本読んだり身体さすったりしてあげて、ひろちゃんのこと寝かしつけてあげるのもおにいちゃんの仕事だったわけね。ひろちゃんもそのころはまだ『にいたん』とか呼んでくれてさ。あーかわいいな、こりゃ守ってやんなきゃなって柄にもないこと思っちゃって」
 毛布からするりとはみ出せた、少しぬくまった指先をするりと髪の毛のあいだに滑らせるようにしながら、忍は答える。
「時々周とこやってると、ひろちゃんと寝てた時思い出すんだよね」
 弧を描く唇と、やわらかなまなざし。ただいつくしむだけのあたたかさを届けてくれるそれに射られると、不思議な息苦しさと安らぎが同時にせり上がってくるのを抑えきれない。
「お兄ちゃんですよー」
 子どもじみた口ぶりと共に、さわさわと耳をなぞられる。言葉尻とは裏腹にその手つきには僅かに煽るようなニュアンスが潜んでいるのは、なんども触れあったから、肌と心の両方で知っている。
「こうしてるとむらむらしちゃうだめなお兄ちゃんですよー」
「……おまえなぁ」
 あきれたように笑いながら、こつんと額と額をぶつけあう。
「よかったなー、お兄ちゃんじゃなくて。たぶん家族でも周のこと好きだったけど、さすがにやらしいことしちゃうとやばいもんねー?」
「生々しいこと言い出すんじゃねえよ」
 笑いながら抱き寄せ、布団の下でそっと足を絡め合う。

 自分の中の欠けた何かを育ってきた環境だとか家族だとか、そういった外側に安易な理由をつけてしまうのはきっと簡単で、そんなもの、単なる逃げに過ぎなくて。
 いろんなことが重なり合ったすえに、ところどころが欠けてでこぼこで、棘だらけのまま身体だけおおきくなった周のことを、それでも忍はこんなにも大切に、慈しむように抱きしめてくれる。
 欠けたものは無理に埋めなくてもいい。かみ合うはずもない心と心を、それでも穏やかに寄せ合いたいと思えるこんな優しい関係を築くことだって出来るのだから――この腕の中でみじろぎをする相手は確かに、身体と心の両方ぜんぶで、周にそう教えてくれた。
 だから、いつの間にかこんなにも好きになっていた。

「んー」
 くぐもった、少し甘さを秘めた吐息を洩らしながら忍は答える。
「眠いのかむらむらしてんのかくっついてたいだけなのか、なんかよくわかんなくなってきちゃった」
「つくづく欲望に正直だな……」
 幼い子どもをあやすような、それでいて、少しだけ熱情を潜めたような手つきでパジャマ越しに背骨の上のあたりをそっとなぞる。
「すきだもん」
 首筋にぐりぐり、と顔をおしつけて、熱い吐息をかぶせられる。痕がつかないように気遣ってくれるあたり、案外いじらしい。
 
 やわらかくなくて、すぐに骨にぶつかるこんな抱き心地なんてちっともよくない身体を、それでも忍は、うんと大切に、慈しむみたいに優しく抱いてくれる。それこそ、うんとちいさい子どものころに、きょうだいにそうしたみたいに。
 いいのかな、といちいちためらうのはもう止めた。だって、忍はいちども周から逃げたりなんてしなかった。怖がって指先を震わせるたび、指を絡めてきつく握って、大丈夫だとそう言ってくれた。

 縮こまったふたつの身体が同じ熱を分かち合って次第にあたためられていくそのうち、とろとろと蜜を煮詰めたようなゆるやかで心地よい倦怠の波が身体を掬ってさらっていくのを感じる。ふたりきりで眠りに落ちそうになるこんな瞬間は、いつも少しだけ寂しくて、それ以上にうんと優しい。

「あまね……」
 半分落ちかけた瞼の上に、かすめるみたいに口づける。
「明日また、あそぼーな」
 ずいぶんと子どもじみた言い方になったな、と苦笑いでもこぼしたい気持ちになりがらあやすみたいな手つきで髪や背中をなぞり、とろとろと落ちかけた瞼を閉じる。

 身を寄せ合って夜のとばりをまっさかまに落ちていくおおきな子どもがふたり、静かな寝息を響かせあう。
 また「明日」がちゃんとある。その先も、もっとその先も。
 約束なんてないのに、血のつながりなんてないただの他人どうしに過ぎないのに。
 そのことがこんなにもうれしい。こんなにもあたたかい。

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